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仮題「偽勇者」  作者: 東間侑
4/8

友達

――荒い息づかい


「ほい、お疲れさん。お嬢は飲み込みが早くて叩き甲斐があるね」


青年は笑顔を浮かべながら手に持った木剣をくるくると回している。

彼の名前はディーク。アンリに連れて来られた闘技場で出会った青年で、剣闘士をしているらしい。

らしいと言うのは、私は彼が闘技場で戦っているところを見たことがないからだ。


「私、強くなれますかね」


乱れた息を整えつつ、私はこの一週間でどうしても気になっていたことを率直に聞いてみた。


「そうだなー。まぁお嬢の努力次第ってのが大きいと思うけど・・・」

「努力次第・・・」


「さっき言った通り、お嬢は飲み込みが早いし、筋はいいと思う。本当だよ」


私の顔を覗き込みながらディークは笑顔を浮かべていた。


「はぁ」

「はいはい、ため息つかない、つかない。努力次第って言ってるでしょ」


彼は私の前に回り込むと手を差し出した。

私がその手を掴むとグイっと引っ張られて私は立ち上がる。


「お嬢は目が良いみたいだからね。頑張れば実力はついてくると思うよ」


そういうと彼は私の肩をポンポンと叩く。


「さてと、今日はこの辺にしようか。部屋まで送るよ」


そう言って歩き出した彼の背中を私は追った。


「おかえりなさいませ、アンネローゼ様」


闘技場の地下、私はそこに部屋をあてがわれていた。


「うん、ただいま、アンリさん」

「やぁアンリちゃん、今日もお疲れ様」

「ディーク様、本日もご指導、ありがとうございます」


アンリはそう言いながら、ディークに軽く会釈をする。


「それじゃお嬢、寝る前の身体解し忘れないように」


ディークはそういうと部屋から出ていった。


「アンネローゼ様、湯浴みの用意をしております。どうぞこちらへ」


アンリはあの夜以降、ずっとこんな感じだ。気丈に振舞ってはいるが無理をしているのが端々に見えていた。


「うん、いつもありがとう、アンリさん」


私はこの状況をどうにかしたいとは思っているが、どうしたらいいのかわからないでいる。

部屋の奥、衝立の向こう側に人ひとりが座って入れる程度の桶がおいてあり、ゆらゆらと湯気が立ち上っている。

私は服を脱ぐとアンリがそれを受け取る。桶の中に座ると服を置いたアンリが布を手渡してくれた。

布をお湯に浸けて軽く絞り、私は身体を拭いていく、女同士とはいえ、ちょっとだけ気恥ずかしい。


「お背中お流しします。布をお貸しください」

「あ、うん、ありがとう」


私が布をアンリに渡すとアンリは私の背中を流してくれる。

最初の二日ほど、アンリにはそんなことしなくてもいいと言ったのだが、仕事だからと押し切られ現在に至る。


「終わりました。替えの服はそちらにおいてありますので、終わられましたらそちらにお着替えになってください。何か御用がありましたらお申しつけください」

「あ、あの、アンリさん」

「ハイ、何か御用でしょうか、アンネローゼ様」

「う、ううん、なんでもない、ありがとう」

「それでは、一旦失礼いたします」


アンリはそういうと私の脱いだ服を持って部屋から出て行った。

本当にこういう時どうしたらいいのか。ここ数日頭を悩ませているが、まだいい解決法は思い浮かんでいない。

私は桶から出ると布で身体を拭き、アンリが用意してくれた服に袖を通す。

この服もたぶん私が稽古をつけてもらっている間に洗ってくれているのだろう。

このあとは決まってアンリが用意してくれた夕食を食べ、軽く身体を解してから眠りにつく。


「それでは、おやすみなさいませ」


アンリが部屋を出るとカチャリと鍵音がする、もう逃げるつもりなどないのだが。





「アンリちゃんをどうにかしたい?」


翌日もアンリに送り出され、いつも通りディークに稽古をつけてもらいながら、休憩の合間に彼に意見を聞いてみることにした。


「アンリさんが無理をしているのは分かっているんですけど、どうしたらいいかわからなくて……」

「無理してる? でもアンリちゃんは嬢ちゃんの使用人だろ? 何もおかしくないんじゃないの?」


いつものように木剣をくるくると振りながらディークは不思議そうな顔をしている。


「えぇと、彼女と私は主従関係ではなくて……、うぅーなんと言ったらいいのか……」


もちろん、事情を話す訳にはいかない、そんなことをすればディークにどんな災難が降りかかるかわからない。


「ふぇー、俺はてっきり嬢ちゃんの召使なんだと思ったけど違うんだ」


ディーク心底驚いていたようで、腕を組むと、うなりながら空を見上げた。


「俺はあんまりそういうのはよくわからないんだけど、結局嬢ちゃんはアンリちゃんとどうなりたいわけ?」


しばらくうなったのち、ディークは私の方に向き直りながら、そう言った。

私、私はアンリちゃんとどうなりたいんだろう。

アンリは私が罪を犯した人間だと言うことを知っている。本来、そんな人間とはかかわりあいになりたくないだろう。

けど、あの男の命令と命を握られているから、私の監視の役目をこなすついでに身の回りの世話をしてくれているのかもしれない。

だとしたら、私があの子に何かをしたいなんて思うのはお角違いも甚だしい。


――軽い衝撃


「なんか、ムズカシイ顔してるけど、もっと率直に考えてみたらいいんじゃない?」

私はそんな顔をしていたのか、つっつかれたおでこをさすりながら、ディークの顔を見るといつものようにニコニコと笑っている。


「友達に……、友達になりたい」


口を突いて出た言葉に、我ながら驚く。そうか、私は彼女と友達になりたかったんだ。私にその資格があるのかわからないけど。

でも少なくともあの夜、私の胸で泣いていたあの子を心から支えてあげたいと思ったのは確かなのだ。


「なんだ、そんなの簡単だよ、とりあえずそのアンリさんってのやめたらいいんじゃないかな」


ディークはそういうとくるくる回していた木剣をぴたりと止めて私の方へ突き出す。


「そして今、思ったことを伝えてみる、あとはアンリちゃんの気持ち次第だよ」

「さてと、休憩は終了。さくっと揉んであげるから打ち込んでおいで」


胸につっかえていたものが取れた気がする。もちろんアンリが受け入れいてくれるかどうかはわからないけど、それでもこの気持ちに偽りは無いと思った。


「よろしくお願いします!」


私はすっくと立ち上がると手にした木剣を構え、ディークへと向かっていった。






で、で、なんて声かければいいの!?


稽古を終えて部屋に戻ると、いつものようにアンリがお湯を沸かしてくれていた。

私は声を掛けるタイミングを計っていたが、なかなか言い出せずに今に至る。


「終わりました。替えの服はそちらに置いてあります。終わられたらそちらにお着替えになってください。何か御用がありましたら・・・」

「アンリさん、じゃなくて、アンリ!」


思ったより大きな声が出て、私自身驚いてしまった。


「ハイ、何か御用でしょうか、アンネローゼ様」


「あの、えっと、その」


「ごめんなさい!」


「急に何を謝られていらっしゃるのですか。どうか頭をお上げになってください」


「全部、全部だよ。私がこんなところに来なければ、あなたは私なんかの面倒を見なくてもよかったし、リリーナちゃんだって死なずにっ」


そこまで言ったところで私はアンリに突きとばされて桶の中に尻もちをついた。


「そんな事、そんな事言わないでよ! 私は主命でやってるの! 私はあなたの監視役なの! だから朝ごはんを用意して、あなたを送り出して、部屋を片付けて、洗濯して、晩御飯の用意をして、着替えを準備して、湯浴み用のお湯を沸かして、あなたの背中を流して、晩御飯を食べさせて、片付けして・・・全部仕事なの!! だから・・・」


アンリはその小さな身体から想像できないような大きな声で捲し立てるように叫んでいた。


「だから・・・、私はあなたの敵なの!! 謝らないでよ!! 構わないでよ!! 優しくしないでよ!!」


顔をあげたアンリはあの夜と同じようにボロボロと涙をこぼしていた。

私は思わずアンリに駆け寄ると彼女をぎゅっと抱きしめる。


「やめてよ! 離してよ! 離し……」


そこまで言ってアンリは声を上げて泣き出した、私はもう少し強くアンリの小さな身体をぎゅっと抱きしめて、謝罪と感謝の言葉を繰り返していた。





「アンリ、あのね。私じゃダメかもしれないけど、私、あなたと友達になりたいんだ」


ひとしきり二人で泣いて、互いに少し落ち着きを取り戻したところで、私は昼間にディークに言われた通り、自分の気持ちを打ち明けた。


「友達? でも、私はあなたの監視役なんだよ? 敵なんだよ?」


ぐすぐすと目を擦り、鼻をすすりながら、アンリはまっすぐな瞳で私を見ている


「敵とか味方とか、私はそんなのはどうでもいい。そんなの全部ひっくるめて、私はアンリと友達になりたいと思ったんだ」

「本当に?」

「うん、本当に」

「そっかぁ友達かぁ、嬉しい、嬉しいなぁ」


――くしゃみ


今更ながら、私裸だ。なんだかおかしくなって私は笑ってしまった、アンリもつられて笑っている


「アンネローゼ様……。えぇっと、アンネ様、風邪ひきます、お湯を沸かし直しますので、とりあえず服を着ていてください」


アンリは涙を払い、笑いながら私に言った。


「アンリ、またいつもみたいになってるよ」

「ふふ、一応仕事ですから」


そう言って顔を見合わせると、また笑いがこみ上げてきて二人で笑った。




「よかったじゃん、お嬢」


ディークはいつものように木剣をくるくると回しながら笑顔で言った。


「うん、ディークのおかげだ。ありがとう」

「やめろぅ、くすぐったいわー」


鼻の下をごしごししながら、ディークは空を見上げる。


「さてとーそしたら、後顧の憂いも無くなったことだしー、ちょっとペース上げて行こうかー」


ディークの木剣がピタリと私に向かって止まる。


「はい! よろしくお願いします」


私は傍らに置いていた木剣を握り立ち上がると、構えた。


――木剣の打ち合う音


――木剣の打ち合う音


――木剣の打ち合う音


誰もいない闘技場にただただ音が響く。


「ほらほら、もっとどんどん打ってくるー」


ディークはニコニコと笑みを浮かべながら、私の剣を受け流したり、ひらりと避けたりして、苦もないようにあしらっている。

しばらく打ち込むと今度はディークが攻めにかわり、彼の木剣が縦横無尽に私に向かって振るわれる。

私は必死にそれを受け止め弾く、これをずっと繰り返していた。


「ほら、そこ、脇が甘い」


私の木剣を軽く受け流したディークの木剣の柄が私の脇腹を狙ってくる。

私は身を捩るようにそれを躱し、回転を乗せてディークの首を目掛けて木剣を振りぬいた。

ディークはそれを少し引いて軽々と躱す。


「いいね、いいね、これだから叩き甲斐のある子は好きなんだよ」


日が暮れるまで、ひたすらに打ち合いを続け、今日の稽古は終わりとなった。


「おかえりなさいませ。アンネ様」

「うん、ただいまアンリ」

「ディーク様も、今日もご指導ありがとうございます」


部屋に戻ると、笑みを浮かべたアンリが出迎えてくれた。


「どういたしまして。うんうん、元気が一番」


ディークはアンリの頭をポンポンとするといつものように部屋を出て行った。


「えっと、今のは?」

「なんでもない、なんでもない、気にしなくていいの」


不思議そうなアンリに私はそういうと、アンリの背中をおして部屋の奥へ向かった。




――ノックノック


いつものようにアンリのご飯を食べたあと、身体を解していると、部屋の扉が叩かれた。

こんなことははじめてのことだ、少し身構えながら扉を開けるとそこには枕を抱えたアンリが立っていた。


「あの、あのね、今日一緒に寝てもいいかな?」


アンリは必死な様子で私の顔を伺っている。


「うん、もちろん」


私に断る理由は無かった。

二人でベットに潜りこむとさすがにちょっと狭い。アンリのぬくもりが伝わってきて少しくすぐったかった。


「あのね。リリーナともケンカして仲直りした時は一緒に寝てたんだ」


ゆらゆらと揺れるランプの明かり。アンリの顔はやはりまだ少し悲しそうだった。


「それで、今日は私のところに来てくれたんだ。仲直りの証だね」

「うん、でもそれだけじゃないの」

「?」


アンリはごそごそともう少し私の方へ近づくと、私の目を見て言う。


「アンネはどうして終身奴隷になっちゃったのか、教えて欲しいの」


アンリは真剣な眼差しで私を見つめていた。それでも私はそれについてどう返せばいいか迷う。


「リリーナを連れていってくれた日から、今日までで思ったの、アンネは凄く優しい人なんだなって、でもクローネ様は終身奴隷って言ってた、終身奴隷って凄く悪い事をした人がなるやつでしょ。どうしてアンネみたいに優しい人がそんなことになっちゃったの?」


アンリは絞り出すように言うと、相変わらず真剣な眼差しで私を見る。


「あまり気持ちのいい話じゃないよ? もしかしたら私の事嫌いになるかもしれない」

「大丈夫だよ、だって私たち友達でしょ! 友達の事はちゃんとしっておきたいの」


これは勝てない。私は意を決すると口を開いた。

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