決意
――木剣が打ち合う音
「いいね、だいぶ様になってきた」
私は目の前にいる青年に向けて、必死に木剣を振っていた。
「ほらそこ、脇が甘い」
私の木剣を軽く受け流した青年の木剣の柄の部分が私の脇腹に突き刺さる。
「げほっごほっ」
私は肺に加えられた力のせいで呼吸が出来ず、むせる。
青年はそれほど力をいれているわけではないだろう、私自身の体重がそこにかかっているのだと思う。
「ふぅ、よしお嬢、少し休憩にしようか」
あれから一週間、私は街の郊外にある闘技場で戦闘訓練を受けていた。
「二週間だ。貴様には戦い方を覚えてもらう。簡単に死なれたのではこちらも困る。せいぜい頑張りたまえ」
あの日、男はそういうと部屋を出て行った。
クローネが私の近くまでやってくると
「命令です。背中を向けて膝をつきなさい」
私は言われるがまま、背中をむける
「ファイシャリア」
――鍵の開く音
クローネがそう言うと、私の首についていた奴隷の首輪が前後に割れ、床に落ちた。
「枷は外しました。手足の枷も外れます、外しなさい」
私は構わず立ち上がるとクローネの襟首を掴み叫ぶ
「彼女はあなたの部下ではなかったのですか! どうしてあんな事を」
――手を払う
「私への狼藉がどういった意味を持つのか、今一度良く考えなさい」
冷たくこちらを見下すような目だった。そうだ、私もアンリも生殺与奪をこいつらに握られているのだ。
「アンリ!」
クローネは鋭い声でリリーナの骸の横に座り込み放心しているアンリの名前を叫ぶ。
だが、彼女には聞こえていない様子だった。
クローネは足早にアンリの元へと歩いて行くと、彼女の襟元を掴み頬を強く叩いた。
「呆けていないで、それを片付けて、この女を着替えさせて闘技場へ連れていきないさい。いいわね」
「は、はい。クローネ様……」
クローネの言葉に私の中で怒りの感情がぐつぐつと湧きたつ。ただ、ここで暴れても意味が無いのは私も分かっている。
「全く、使えない娘ね、ゆめゆめ閣下のご命令に逆らう事の無いように勤めなさい」
クローネはそれだけ言って部屋から出て行ってしまった。
アンリはポロポロと涙を流しながらリリーナの亡骸を運ぼうとするが、自分と同じ程のリリーナを運ぶことなど無理だろう。
「アンリさん、大丈夫、私が連れていくよ」
私はアンリの傍らに行くと彼女の肩に手を置き言う。
アンリは涙が止まらないまま私の顔を見上げか細い声でハイと言って立ち上がる。
私はリリーナの亡骸をアンリに手伝ってもらいながら背負う、私より一回り小さな身体に改めて胸が締め付けられた。
「こちらへ」
アンリはそういうと部屋の扉を開き私を促す、私はそのあとについて行くと先ほど、この城に入って来た際に通ったあの小さな部屋へ案内された。
廊下へと通じる扉とは別、もう一枚の扉をアンリが開けるとそこには少し小さめの二段ベットが置かれていた。
私はリリーナをゆっくりベットに寝かすと口元についた血を拭った。
「あのこちらにお召替えください」
アンリはそう言いながら、その場に置かれていた服を差し出す。
「それと、すいません……少しだけリリーナと二人にしていただけますか……」
私はうなずくとアンリから服を受け取り部屋を出た。
渡された服はどこにでもある庶民には一般的な服だった、私は手早く服を着替え、そこにあった小さな二人掛けのテーブルに座る。
扉の向こうからは小さな嗚咽が聞こえていた。
その後、しばらくしてアンリが部屋から出てくるとアンリも女中服から普通の服に着替えていた。
アンリに促され部屋に入るとリリーナも同じように普通の服に着替えさせられていた。一人では大変だっただろう。
私達はリリーナと共にアンリの案内で例の通路を通って城外へ、人通りの少ない道を通って王都の外にある墓地にいき、リリーナを埋葬した。
その日は城門近くにあった小さな宿をアンリが借りてくれた。
アンリは城を出る際、それほど大きくない手提げ鞄を提げていたが、どうやらそれにあの男のいった“援助”の品が入っていたようだ。
中身は少量のお金と通行証だった。
あの男の金だと思うと使う気にもならなかったが、女二人で野宿はさすがに王都といえど危なすぎる。アンリもそう考えたのだろう。
部屋には重苦しい空気が立ち込めている。ランプの明かりがただただちらちらと揺れる。
私はこんな時、どう声をかければいいのか、わからなかった。しばらくしてぽつりぽつりとアンリの方が話だした。
アンリとリリーナは同い年で今年15になるという。リリーナの方がひと月程早くお城に召し抱えられており、いつも困ったら私に頼りなさいと先輩風を吹かせていたらしい。
実際、アンリが困るとリリーナは飛んできて、小言を言いながらも助けてくれたという。
あの小さな部屋に置かれた二段ベッドで寝食を共にし、短い期間ながらも仲良く仕事をしていたのだろう。
「これ、こないだのお休みにリリーナと二人で出かけてお揃いで買ったんです」
胸元から堀柄の入った小さな木製のペンダントを取り出すと手のひらにのせて私に見せる。
そういえば、埋葬する時にリリーナの胸元に木製のペンダントが置かれていた、あれは二人の絆の証だったのだ。
「次のお休みには、お城の近くにある、おいしい屋台に行こうって……話して……」
そこで堪え切れなくなったアンリはぽろぽろと大粒の涙を目から溢れさせ、小さな肩を震わせだした。
私は彼女の横に座り直し、肩を抱いて自分の胸へ引き寄せた。
彼女が泣き疲れて眠るまで私は胸を貸すことしかできなかった。
翌朝、私が目を覚ますとアンリはすでに起きて身支度を整え終えていた。
「アンネローゼ様、おはようございます」
「アンリさん、おはようございます」
アンリは昨日来ていた服ではなく、地味な女中服を身にまとい、背筋を伸ばして私を見ている。
そこにあの理不尽な形で大切な友を失い、泣きじゃくっていた15才の少女はもういなかった。
アンリは突然深々と頭を下げいう。
「昨晩は大変失礼いたしました。ありがとうございました」
「いや、その、うん。どういたしまして」
つくづく、自分の語彙の無さを恥ずかしく思う。
「主命に従い、アンネローゼ様を闘技場にお連れいたします。ご準備をなさってください」
私もベッドから起き上がり、さっさと身支度をすますと、アンリに連れられ闘技場へと向かったのだった。
「さて、お嬢、そろそろ稽古に戻ろうか」
木剣をくるくると振り回しながら、青年が言う。
「はい。お願いします」
私も傍らに置いた木剣を持ち直し、構える。
「よーし、気を抜かずに打ち込んで来い」
「はい!」
――木剣を打ち合う音
あの夜、私は決意した。自分が生きる為だけでなく、あの子達の為にも強くなろうと。
必ず仕事をやり遂げて、あの子にも掛けられている、呪いの鎖を断ち切るのだと。