表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮題「偽勇者」  作者: 東間侑
1/8

プロローグ

あぁ。早くその日がこないだろうか。


暗闇の中、ぼんやりとそう思った。

ガタガタと揺れる真っ暗な空間、私たちは金属で出来た箱に押し込められどこかに運ばれているようだった。

小さな空間だが、ひしめき合うように10人ほどの人間が押し込められていた。

私を含めて、皆一様にところどころ擦り切れたボロ布のような服を着て、手、足、そして首に頑丈な首輪を嵌められている。

――終身奴隷

いくつかある奴隷の中でも、取り返しのつかない罪を犯したものに課される、刑罰。

終身奴隷に落ちたものに自由は無い。身体に付けられた拘束具には命令に逆らう事の出来ない呪いが掛けられている。

終身奴隷の唯一の解放条件は【死ぬこと】だ。

ただ、命令によって自ら死ぬことは許されていない。

そして、終身奴隷は殺しても罪に問われることがない。

それゆえ、多くの場合、危険な鉱山での採掘を当てがわれたり、最悪見世物として死を強要される事もあるという。

終身奴隷に落ちてしまった私にも碌な運命は待っていないだろう。

終身奴隷を言い渡され、牢屋から引きずり出された私達は荷台に金属で出来た箱の据え付けられた馬車に乗せられ、そんな【死】へと運ばれているのだ。

どれほど運ばれたのだろう、かなり遠くまで来たと思う、馬車が停まり、扉が開かれ降りろと命令された。

降りた先はどこともわからない森の中だった。いつの間に合流していたのだろう、私たちが乗せられていた馬車と同じような馬車が2台30人ほどの人間がその場で降ろされた。


ここからは歩いて行くのだろうか。


空腹と疲労で朦朧とした頭でそんな事を考えていると、見張りであろう兵士が大きな声で叫ぶ。


「しばらく休憩する。命令だ、我々の目の届く範囲にいろ」


休憩? 意味がわからない。ここに来るまで数日は経っているだろう、その間あの空間に閉じ込めておいて、今更休憩って。

訝しげに互いに目を合わす奴隷達、だがすぐに私は兵士たちの思惑に気が付く事になる。


――悲鳴


甲高い女の声があたりに響きわたる、慌ててそちらを見ると男が女に馬乗りになり、女の首元に噛みついていた。


――悲鳴


男が太い木の枝を手にして、周りに居る人を殴り始めた。


――悲鳴


女は金切声を上げながら首を掻き毟りのけぞるようにその場に倒れた。


――悲鳴


兵士に襲いかかろうとした男は、兵士の持っていた剣で切り伏せられた。


私は目の前で起こっている様に理解が追いつかず、その場にただ立ち尽くす。


――衝撃音


私は気を失った。





――水

顔に勢い良く水を掛けられ、私は意識を取り戻した。


「おい、この女生きてるぞ!」


私を覗き込むように見下ろしていた兵士が顔を上げ大きく叫ぶ。

後頭部に鈍い痛みがある。どうやら誰かに殴られて気を失っていたらしい。

重たい頭を抱えながら身を起こす。眼前に広がった光景に思わす吐き気に襲われる。


多分あの場に居た全ての人間が欲していたであろう【死】で辺りが埋め尽くされていた。


男も女も老人も若者も一切関係無く、皆死に絶えているのだ。

兵士たちはその一つ一つに水を掛けたり、小突いたりしながら生者を探しているようだった。

私は自分の身に起こった事を理解出来ずに呆然と座りこんでいた。


「おい、聞いているのか」


最初兵士が自分に声を掛けていることに気が付かなかった。

どうやら、私の後ろに立っていたらしい。鞘の先で軽く小突かれて正気にもどった。

見上げると兵士は手に持っていた少し大きなボロ布をこちらに投げてよこした。


「これを着ろ。移動するぞ」


この時はじめて、自分の衣服が無残に裂かれていることに気が付く。

気を失っている間に自分に起こったであろう事を想像するのは容易いことだった。


「貴様を犯そうとした男は切り捨てた」


兵士はそういうと剣で近くに倒れていた青年の骸を指した、うつ伏せに倒れた青年の背中には大きな裂傷、辺りには血だまりが出来ている。


「命令だ。早くしろ、あの馬車に乗れ」

「は、はい」


兵士が言う、命令に逆らえない私は渡された布を肩から纏うと、指示された馬車へ向かう。

行きに乗ってきた馬車とは違い、幌のついた普通の馬車だった。


兵士達は手分けして骸を鉄の箱に投げ込んでいるようだった。


「あ、あの私」


やっと少し余裕が出てきた私は近くに居た兵士に声を掛けようとした、だがそれを遮るように兵士は


「命令だ、しゃべるな」


私は口をつぐむ。しゃべりたくても口がいうことを聞かない。


骸を全て積み込み終わると、兵士達は足早に幌付きの3台の馬車に乗り込み、6台の馬車は隊列を組んで走り出す。

馬車に揺られながら、これから何が起こるのかわからないことに不安を感じていた。

流れる景色を見ながらただただ馬車に揺られていた。


日が沈みかける頃には一団は森から抜け出し、小高い丘の上で陣を張っていた、兵士の話だと今日はここで野営するらしい。


様子を見ていると兵士達はいくつか穴を掘っているようだった。

一体何をしているんだろうと思っていると、例の鉄の箱から骸を引きずり出し、その穴に投げ込む。

そういうことか。

全ての骸をいくつかの穴に投げ込んだあと、兵士達は上から多分油のようなものを掛けて火を放った。

勢いよく炎が立ち上がり、宵闇迫る丘の上を赤く照らす。


そんな様子を見ていると、兵士が手にパン粥と干し肉を持って私のところにやってきた。


「命令だ。食べろ」


確かに空腹ではあったが、食欲は無かった。だが命令には逆らえず、吐きそうになりながら、胃に押し込んだ。

そのあと、急激な眠気に襲われて私は眠ってしまった。




「おい、起きろ」


またも鞘の先で小突かれ私は目を覚ました、すでに夜は開けていて、兵士達は昨晩燃えたであろう穴の中のものを木槌のようなもので叩いていた。

しばらくののち、上から土をかぶせて踏み固めると、また各々馬車に乗り込み、馬車は走り出す。


それから7日馬車に揺られた、不思議だったのはいくつかの街を通ったが、街には泊まらず毎晩野営していた事だった。


7日目の日が暮れようとした頃、丘の向こうに今までに見て来た街とは明らかに違う大きな大きな街が見えてきた。


「王都だ」


兵士の一人がそういうと、それを皮切りに他の兵士達が各々に喜びの声をあげていた。

日が沈みかけるギリギリのところで、隊列は王都の門をくぐり、まっすぐ王城に向かって進んでいる。


どうして、王城に・・・これからどうなるんだろう・・・


私はしばらく押し殺していた不安が大きくなるのを感じていた。

馬車が停まる、王城にほど近い場所だった。


「命令だ。降りろ、ついてこい」


兵士の言葉にしたがって馬車をおり、あとに続くと小さな石造りの家に連れて行かれた。

そこには3人の女性がいた、皆、女中服を身にまとっており、私の身形を見ると怪訝そうな顔でいう。


「それが候補者ですか」

「あぁ、そうだ。用意をさせろ」


それだけ言って兵士は家から出て行った。すると女性達は私を取り囲む、何をされるのかと身をすくませていると、一番年長そうな女性が口を開く


「命令です。衣類を全て脱ぎなさい」


一瞬の抵抗感。それと共に激痛が私を襲った。

これがこの首輪の呪い、命令に対して抵抗すると拘束具が反応し、身体に激痛が走る。


「もう一度命令します。衣類を全て脱ぎなさい」


私には、身につけている衣類を全て脱ぐ以外の選択肢はなかった。


「アンリ、リリーナ、隅々まで綺麗に洗いなさい、いいわね」


え?


年長そうな女性の言葉に私の左右に居た二人の女性が答え、私の腕を掴んで引っ張る。

そのまま、中庭に連れて行かれ、二人がかりで身体を洗われた。

身体を拭いて乾かすと小奇麗な服を着せられベットのある部屋に連れていかれた。


「命令です。今晩はこの部屋から出ないように、あと騒がないでください」


綺麗なブロンドの髪を後ろでまとめた女性はそういうと部屋を出て行った。

まぁ、しゃべるなと命令されているので、私はしゃべれないのだが。


――鍵音


どうやら、外鍵らしい。

でもそんなことはどうでもいい。

目の前にはベッドがあるのだ!

私は歓喜のあまりベッドに飛び込む。久しぶりだ。

ほどなくして私は眠りについた。



「起きてください」

私は身体を揺すられ、虚ろな目を薄く開く。

そこには、昨日私を洗った二人のうちのブロンド髪じゃない方、黒髪を三つ編みにし、肩から垂らした女性が立っていた。

「おはようございます。朝食の用意が出来ています、お起きになってください」

優しい声、とても丁寧な口調だ。


ん?朝食?


言われるがまま、黒髪の女性についていくと食卓の上には綺麗に焼き目のついたパンと、目玉焼きに腸詰めを焼いたものまで用意されていた。

あまりの衝撃にその場に立ちすくんでしまった、明らかに終身奴隷に出される料理ではない。

一体、自分の身に何が起こっているのか、正直不安はぬぐえない。

ただ、久しぶりのまともな食事はとても美味しかった。


―ドアの開く音


玄関のドアが開くと、昨晩の年長そうな女性とブロンド髪の女性が入ってきた。

年長の女性は私が食べ終わりかけている皿を見ると足早に黒髪の女性に近づき平手で頬を思いっきり叩いた。


「アンリ、一体あなたは何を考えているの!!」

「も、申し訳ございません、朝食を用意しろとのことでしたので」

「これは終身奴隷です。適当にその辺の残飯でもたべさせておけばいいのよ!」


そう吐き捨てて年長の女性は私の方を蔑んだ目で私を睨む。

ほんの短い時間だったとはいえ、私に優しくしてくれたアンリと呼ばれた女性に手をあげた年長の女に私は怒りを覚えた。


「っ!!」


身体に痛みが走る、拘束具はそんな心さえ許してはくれない。


「リリーナ! 早くそれを連れていって着替えさせなさい」

「は、はい!」


玄関を入ったところに立っていたリリーナと呼ばれたブロンド髪の女性は私の腕を軽く掴むとベットのあった部屋に連れていった。


「こちらに着替えてください」


部屋の戸を閉めるとリリーナと呼ばれた女性は、手に持っていたカバンから服を取り出す。

受け取って広げてみると、庶民が着るにははばかられるくらいの綺麗なシャツとパンツだった。


「リリーナ、早く着替えさせなさい!」

「はい! ただいま!」


扉の向こうであの年長の女が叫んでいる。そして鈍い物音。

リリーナは服を着た私の周りをぐるりと一周回ると、ところどころ服の乱れを直してくれた。

そして、最後にローブを取り出し私に着せてくれた。


「クローネ様、終わりました」


そういいながら扉を開ける、私はお礼を言いたいが口が聞けないので、頭を下げた。

部屋から出ると、アンリは床に座り込み、嗚咽をもらしていた。どうやらクローネと呼ばれたこの女に折檻されていたらしい。

私が駆け寄ろうとするとクローネは強い口調でいった。


「命令です。その場で動くな」


その言葉に反応して、私の身体は動かなくなった。怒りの感情がこみ上げるが身体の痛みにかき消される。


「命令です。フードを被ってついて来なさい」


クローネはあの目で私を睨みながら、言い放つ。


「アンリ、リリーナ、ここを片づけてから来なさい」

「はい」

「は、はい」


アンリさんとリリーナさんはその場に残り、私はクローネのあとについていく。

クローネは迷うことなく王城へと向かっていた。

王城の裏、水の取り込み口の横にあった扉のところまで来ると、見張りであろう兵士に声を掛けてどかせ、扉の前で何かを呟く。


――鍵音


どうやら施錠の魔法が施されていたようだ。

クローネに続き扉をくぐると薄暗がりに階段が見えた。

クローネは入ってきた時と同じように扉を閉めて呟くとロックがかかる。そして、踵を返して階段を上り始めた。私もあとに続く。

階段の先には細い通路が続いていた、あちらこちらで分岐したり更に階段があったり、正直どちらの方向に向かって歩いているのかわからない。

クローネは確かな足取りで進んでいる、全て覚えているのだろうか。

私はそんな事を考えながらあとをついて歩く、どれくらい歩いただろうか、そこは行き止まりになっていた。

クローネは壁にあった窪みに手を掛け引っ張った、すると行き止まりだと思った壁が開いた。

出た先は小さな部屋だった、ちょっとした炊事場に大量に積まれた薪、設置された棚には瓶が置かれている。


「こっちです」


クローネはそういいながら、先にある2枚の扉の片方を開ける、するとそこは美しい装飾で飾られた場所だった。

見回すとどうやら廊下らしい、床には絨毯がひかれところどころに綺麗な器や花が飾られている。

私はそこで改めて自分が王城の中にいることを認識した。

クローネは歩を止めず、足早にすぐ先の廊下の突き当りにある部屋の前まで進んだ。


――ノックノックノック


「クローネでございます。例のものを連れてまいりました」


扉の前でクローネがそういうと、部屋のなかから入れと返事が帰ってきた。

クローネは大きな扉を開けて部屋に入る。私もついて入った。


「クローネご苦労」

「いえ、とんでもございません、閣下」


部屋には一人の初老の男性が居た。身形は綺麗で明らかに地位の高いのが見るだけでわかる。

私のような奴隷が普通会える人物ではないのは明確だ。酷く嫌な予感がする。


「命令だ。ローブを脱いで顔をみせなさい」


男は重い声で言う。私はローブを脱ぐとそばに立っていたクローネがローブを取った。


「女か。えらく若いな」


男は私の事を見定めるように上から下へ視線を走らせる。


「歳は18。殺人と放火で終身奴隷に落とされたものです」


クローネは冷たい声で言い放つ。私の罪を。


「ふむ、ちょうど良い。貴様、名をなんという」


無言の私に男はふと気が付いたように眉を動かすと続ける


「命令だ、名を名乗れ」


「私は……」


何日ぶりだろうか、自分の声を発したのは。

私は、男の顔を見上げる。


「私は、アンネローゼです」


この時の私は知らなかった、この世界が抱える大きな闇に。

そして、私自身の辿る運命を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ