第三話① はじまりの村
「これが外の世界……?」
俺はダンジョンコアを見つめながら目を見張った。ダンジョンの外には鬱蒼と生い茂る森林地帯がが広がっていたからだ。
「少なくとも人通りの多いところではなさそうだね」
優香がホッとしたように言う。
捜索隊は3方向に分かれて歩き出す。ダンジョンの入り口は山の麓から洞窟のように繋がっているようだ。外は森林地帯のだが土地自体に凹凸はない。
「四方を山に囲まれた盆地になってるみたい。自然の要塞だよ。すごく運が良い」
大きな木に登った一つ目小僧の視界を確認しながら優香が分析する。
しばらく探索を続けると赤鬼グループが小川を発見した。さらに青鬼グループが野生モンスターと遭遇した。モンスターとは言ってもツノの生えたウサギのようなもので槍を持つ一つ目小僧に串刺しにされた。
「イッカクウサギ。本来ダンジョンでも20DPで召喚できるモンスターだよ」
「ジャッカロープみたいだな。アメリカのUMAの一種だが……。いや、ツノが一本? だったら中東の伝説アル=ミラージの方が近いか」
「妖怪考察は今はいいから。大型動物の痕跡はほとんどなあたね。辺りを山に囲まれてるからかな、小さな生態系みたい」
強い野生モンスターがいないのはありがたい。優香が言うにはダンジョンの敵は人間だけでなく、クマのようなモンスターに襲われて、そのままねぐらにされてしまうこともあるらしい。
『主よ。聞こえるか?』
唐突にダンジョンコアが音声を発した。声は若干のノイズがかかっているが、紛れもなくお凛のものだ。
「お凛か。聞こえるぞ」
『わらわ達は反対側の山に向かったのだが……』
俺はダンジョンコアを見つめた。
「なっ!」
「見ての通りじゃ。どうしたものかのぅ」
お凛達は山の方に登っているらしく、山際の盆地を見下ろしていた。山の麓は少し切り開かれており、木製らしい家が十数件あった。
家々の中心部には大きく場所の取られたひらけたスペース。そこに数十人の人が座り込んでいた。人だかりの周囲には槍を持つ数人の男達。
『どうやら盗賊が集落を襲っているらしいのぅ』
お凛に言われるまでもなく、状況は察することができた。
「てか……あれ人間じゃないよな」
「うん、獣人みたいだね」
広場の真ん中に座り込んでいる人々は明らかに人間とは体が違っていた。頭から猫の耳が生えている者もいればその辺にいる犬が服を着て立ち上がっただけのように見える者もいる。
「獣人は獣人でも【雑種獣人】と言われる種族みたい」
「雑種?」
「獣人は文字通り人間と獣の特徴を兼ね備えた種族のこと。そんな獣人なんだけど、大きく分けて二種族に分けられるんだ。一つが【純血獣人】もう片方が【雑種獣人】と呼ばれるの。純血はミノタウロスや人魚のように種全体が同じ形態を示すんだけど、雑種は親子でも形質は全く違う。獣の性質を示す程度も個人差が激しいんだ」
確かに、ダンジョンコアに映し出される映像では猫、犬、ウサギ、タヌキと様々な動物の特徴が確認できる。
『おや、あんな所にもおるのぅ』
お凛が集落の端の方に目を向けると、十数人の若い女性が鎖に繋がれている。体に占める獣の割合が低く、かなり人間に近い。
「あれは奴隷にするつもりかも……」
「奴隷?」
「この世界には奴隷制度が存在していて、一大市場を形成してんの。雑種獣人は人間より価値が劣るけど、それでも人気のある種族なんだ」
「無理やり連れていってるみたいだけど大丈夫なのか?」
「そんなわけないでしょ。たぶんあのまま闇市場行きだよ」
「ああ……」
「お兄ちゃん! 助けようよ!」
優香の言葉に同意する。倫理観が弱められているとはいえ、さすがに看過できない。
「ちょうど追加のDPが欲しかった所だ。なるべく生け捕りにして引っ張ってきてくれるか?」
『承知したぞよ。あの獣人達も捉えた方が良いのかの?』
「いや、野党達だけで十分だ。赤鬼グループと青鬼グループと合流次第突撃してくれ。無理そうだったら引いていいから」
『了解じゃ』
通信が切断され、残り二つのグループも移動を開始した。あまり広い盆地ではないのですぐに妖怪達は合流する。
こちらの戦力は一つ目小僧15人。鬼2人。二口女1人。
対して盗賊は30人ほどの規模だ。数の利はあちらにある。
「奇襲に成功すればなんとか……。村の獣人達も協力してくれればいいんだけど」
●○
雑種獣人が自治を行う小さな村はもはや壊滅の危機を迎えていた。大都市の比較的近くで、自然に紛れた小さな村だったため、平和に暮らしてきた村。平和ボケしすぎていたのかもしれない。突如押し入ってきた野盗達にあっという間に村は占拠されてしまった。
そのあとはされるがままだ。住人たちは村の中央広場に集められ、若い少女達は首輪をつけられ連れ去られた。居住区からは騒がしい音が聞こえる。おそらく金目のものを物色しているのだろう。
タイバスは咆哮したい衝動に駆られた。
タイバスは屈強な体つきをしたトラの獣人である。暑い毛皮と鋭い爪、そしてナイフのように鋭い牙を持つタイバスは用心棒として商人ギルドで働いている。この村には39人の男がおり、そのうち36人が商人ギルドで用心棒として雇われている。
そのため村に残っている者は女性か子供か老人のみ。大人の男はタイバスしかいなかった。腕には自信があるが30対1では分が悪いどころの話ではない。おまけに事実上他の村人全員が人質である以上タイバスは奥歯を噛み締めつつも大人しく縛り上げられるしかなかった。
「うっ……うっ……うっ……おねーちゃん……」
隣を見るとまだ5歳ほどの男の子がしゃくりを上げて泣いている。
「おい!うるせぇぞ!!」
村人達の周りに立つ1人の兵士が槍の柄で男の子を突いた。
「うぐぅっ!?」
男の子がごろりと後ろに転がった。
「も、申し訳ありません!」
母親らしき女が男の子に覆い被さりつつ、頭を下げる。野党は露骨に舌打ちをした。タイバスは自慢の牙を割れんばかりに食いしばった。
その時。
「ぎゃああああああっ!!??」
周囲を取り囲んでいた1人の野盗が地面を転げ回った。何事かと見てみれば男の足を矢が貫通している。
「お、おい!?」
「敵か!?」
「てめえら立つんじゃねぇ!」
他の野盗達の顔にも動揺の色が見える。突然の出来事に村人達もパニック状態だ。
「なんだぁっ!?」
野盗の1人が悲鳴に近い声を上げた。野盗の視線は倒れた野盗と反対側に向けられている。タイバスは野盗の目線の方に首を向けた。
「!?」
タイバスはその鋭い目を丸くし絶句した。
そこに現れたのは数人の人間……らしきもの。子供のように体は小さく髪の毛は綺麗に剃り込まれている。そして何より異様なのはその顔面についた大きな瞳。
5人の一つ目小僧達は各々の武器を構え、一つだけの瞳を炯炯と輝かせていたのだった。
モンスター豆知識コーナーNo.2 【獣人】
「獣人って言葉って私達の世界にもあるの?」
「ああ、沢山あるよ。ありとあらゆる時代のありとあらゆる地域に獣人伝説は残っている。その例は挙げだしたらきキリがないな」
「そうなんだ。確かにこちらの世界でも獣人と一口に言っても多岐に渡るよ。今回登場した【雑種獣人】を始め、【純血獣人】のミノタウロス、人魚、人狼、リザードマン……。キリがないね」
「純血獣人の具体的な種族についてはこっちの世界でも聞いたことがあるな。だが、雑種獣人については民俗学的には聞いたことがない。強いて言うなら現代の創作的な獣人に近い」
「なるほど。何から何まで伝承になっているわけではないんだ」
「みたいだな。ちなみにだが、精神病の一つに【人狼症】と呼ばれるものがある」
「人狼といえば獣人の代名詞だよねどんな病気なの?」
「文化人類学や精神医学の分野の話だから俺も門外漢だが……自分が人間ではなく他の動物と思い込んでしまう病気だな。日本では【狐憑き】なんて呼ばれることもあった」
「なるほど、体でなく心に獣の特性が現れるってことか。獣人と言えなくもないのかもね」