第八話② その後の勇者パーティ
お凛と共にダンジョンの方を見て回ったが、女僧侶の姿はどこにもない。
「一つ目どもも誰も見ていない、と言っておる。やはり、ダンジョンの外に出たのではないか?」
走り回って息を切らしている俺に、お凛はいつも通り涼しげな顔で言った。妖怪の体力恐るべしである。
「確かにその可能性の方が高そうだな。お凛、念の為ここに残って捜索を続けてくれ。俺は一つ目小僧達を連れて外に向かってみる」
「承知じゃ。——時に我が主人よ」
「なんだ?」
「あの小娘、こんなに躍起になって探す必要があるのかの? 死にたいなら、死なせてやれば良かろうに」
「……理屈じゃねーんだよ、こんなのは。目の前に救える命があれば、手を差し伸べるのが人情ってもんだろ?」
俺がそう言うと、お凛は目を細めた。
「そうかそうか、まだ、人間のことを思いやれるのじゃな。安心したよ」
「……当たり前だろ。何年人間として生きてきたと思ってるんだ。倫理観が多少弱まったくらいで、俺は判断を間違えないさ」
何より、非倫理的な行動をとりまくって優香に迷惑をかけるわけにはいかない。
「それは何よりじゃ。たのむから、その調子でご主人様らしくあってくれよ」
お凛は踵を返すと、ダンジョンの闇に消えていった。妖怪に心配されるとは、前の世界じゃ夢にも思わなかったシチュエーションである。
●◯
一つ目小僧軍団を引き連れて、ダンジョンの外に出る。
激しい雨に打たれながら、たくさんの獣人が女僧侶を探しているようだった。
「まだ見つからないのか?」
近くにいたユーリンに聞いてみるが、彼女は首を横に振った。
「だめ、この雨じゃ視界も悪いし、匂いも消えちゃうし……」
そこまで言ったところでユーリンは耳をぴくりと動かした。
「みんな!静かにして!」
ユーリンの声にピタリとみんなが動きを止める。雨が葉っぱを叩く音が一層強まった気がした。耳を澄ますが、当然雨音以外は何も聞こえない。
「優香さんの声! マコトさんのこと呼んでるよ!」
「はあっ!?」
なんの音も聞こえなかったぞ? と言いかかったが、獣人の聴力は人間の何倍もあるのだろう。走り出したユーリンを追いかける。
森がひらけた。と言うか、ひらけた土地に出た。こんな山の中に開けた土地など自然にできるわけもない。
「ここは……」
獣人達の村。魔法使いによって一晩で消滅してしまった廃村だ。焦げついた木材や焼けこげた地面に雨がうちつけ、ドロドロとした黒い液体が広がっている。
そこに、女僧侶はいた。真っ黒な地面とは対照的な白い服。僧侶の顔色は真っ白だ。きつく下唇を噛み締めている。
「お兄ちゃん! みんな!」
意外なことに、と言うべきか、優香は僧侶から20メートルほど離れたところに立っていた。手にはなぜか拳大の石が握られている。
「どうしよう、これ以上近づけないよ!」
優香の言葉の意味はすぐにわかった。僧侶に近寄ろうとしたタイバスがまるで見えない壁にぶつかったかのように弾かれたからだ。
「結界……」
ユーリンが呟く。優香に詳しい解説を求めるまでもない。バリアってことだろう。
「早く止めないとまずいぞ!!」
僧侶は焼け跡を物色しているようだった。そして、瓦礫の隙間から、ずるずると何かを取り出す。それは彼女の腕ほどもありそうな太いヒモだった。人1人がぶら下がっても千切れそうにないほど。
僧侶はぼんやりとした瞳で辺りを見渡し、まだ原型をとどめている家の軒下に目をやった。
タイバス達が必死にバリアに体当たりをしているが、全く効いている様子はない。そうこうしてる間にも、紐は軒下の雨どいに括り付けられ、僧侶はずるずると大きめの椅子をどこからともなく引きずってきたところだった。
これは、間に合わない……。俺はバリアから離れた。優香に彼女の最後の姿を見せるのは酷だ。この場から引き離さなければ……。と、思い、優香の方に目をやった。
「逃げるなああ!!!!!!!!!!!」
石でガンガンとバリアを叩きながら、優香は叫んでいた。
「逃げるな! 逃げるな!! 逃げるな!!! 諦めないことから、立ち直ることから、前向きになることから、逃げるなああああ!!!」
僧侶の動きが止まった。壊れかけの椅子に足をかけたところだった。
「聖クリミナ教典、第6の章第8節を言ってみなさいよ! 雨なき世界がないように、過ちなき人生はなし。故に万物はその崩壊の日に評価をされ、これは人にも同じ! 自殺は10戒律の中でも最大禁忌でしょうが!!!」
知らない世界の知らない宗教の話が始まった。異世界知識ってのは本当にすごいらしい。優香の言葉に僧侶はゆっくりとこちらに目線を向けた。
『私は、罪を犯しすぎました。私がこれからの人生を賭けても償いきれないほどです。私は地獄に落ちるでしょう』
ボソボソと僧侶が喋る。こな雨の中、この結界を間に挟んで聞こえるはずのない声。しかし、その言葉は確かに俺の耳に届いた。
『神は私に言うでしょう、今死になさいと』
「誰もそんなこと言ってないっての!! 気持ち悪い妄想を喋らないで!!!」
優香の言葉だった。獣人達も呆気に取られている。こいつ、キレるとこうなんだよな。というか、プロレスの影響だ。マイクパフォーマンスってやつだ。
「いつ、言ったんだ! いつ神が言ったんだよ!! 神はそんなこと言ってねえ! てめえの考えを神に押し付けんなよ!」
『私は……』
「神は生きろって言ってるよ!」
優香は空を指差した。驚くことに、いつのまにか雨は止んでいた。神の加護のおかげで雨が止んだ。つまり、神も生きろと言っていると言うことか?
いや、違う。優香の指さす方向には馬がいた。
羽の生えた、白馬だ。
つまり、ペガサスだった。
僧侶の顔が一気に紅葉し、瞳孔が見開かれる。椅子から文字通り転がり落ちると、地面を這いずり、空を見上げる。
ペガサス。最近どこかでみた覚えが……
あ、思い出した。
ギャル神のガラケーについてあったストラップ。アホみたいに大きなペガサスのぬいぐるみだった。
えーっと、つまり……。
「見ろ! 女神アーシ神の使いが114年ぶりに顕現された!! 生きろ!!! そう命じてあられる!!!!」
僧侶の両目から大粒の涙が溢れる。天を仰ぎ、大きく両手を突き出した。
「ああ、女神様!! ありがたき、ありがたき幸せでございます! 必ず、必ず、この身が滅ぶときまで、教義を体現いたします!!!」
ギャル神、ほんとに神様だったんだな。周りを見渡すと、獣人達は全員膝をつき、深く首を垂れている。ペガサスのお腹を見上げているのは神に宣誓する僧侶と、神を讃える優香、そしてポケーっとしてる俺。
バチ、当たらねえよな?