第七話③ 村づくり
優香、お凛、アンゴリー、ユーリンの4人は冒険者達の監視。俺はタイバス、村長と共に妖怪達を引き連れて村へと向かう。
村は昨日の夜からほとんど状況が変わっておらず、獣人達は焼け野原から使えそうな備品を掘り出していた。足元に地面に半分埋まっている黒い塊が見える。試しに引っ張ってみると曲がったフライパンだった。もう使えそうにはない。
「全員が祭りに出ていたので、死傷者がいないのは不幸中の幸いでした。……しかし、見ての通り私たちの村は貧しいものでして。明日からどうやって生きていくべきか……」
あいにく、ダンジョン食べ物や金を作り出すのにはDPがかかる。魔物召喚やダンジョン生成に比べてコスパがかなり悪い。パン1個を作り出すのに800DPほどだ。正直言って、この人数の獣人を養う余力はない。
「この村は商人ギルドの護衛で生計を立てているんだったんだな。ギルドに前借りとかはさせてもらえないのか? あるいはこの辺を収めている領主様とか……」
「ええ。すでに足の速いものをギルドに向かわせています。足元は見られるでしょうが……長い付き合いです。なんとかなるかもしれません。ただ、領主はダメです」
「ダメ?」
「ええ、正確に言えば領主様のご令嬢は血も涙もない冷血な人柄で……間違っても我々のような獣人に領家の資金を貸し与えるような事をよしとはしないでしょう」
悪役令嬢ってわけだな。まったく、気に食わない話だ。
「先日は野盗にに襲われ、今日は冒険者に村を破壊され……治安の悪化をひしひしと感じますね。これ以上悪いことが起きなければ良いんですが……」
空を見上げると分厚い雲が太陽を覆っていた。
◯●
その日のうちになんとか獣人全員の引っ越しを終えた。外は雨が降り始め、ゴロゴロと雷もなる始末だ。ここが洞穴の中と言うこともあり、獣人達は皆不安そうだ。優香の話ではダンジョンが自然災害の影響で壊れてしまうってことはないらしい。
以前野盗たちから奪った金貨を選別に獣人達に寄付すると、タイバスはお礼に自分が死んだ時には毛皮を剥いで使ってもらっても良いとか訳の分からん事を言い出した。怖すぎだろ。
腹の空かない俺は獣人達の夕飯の誘いを丁重に断る。ユーリン達に夕食を届けるタイバスの手伝いをし、小屋へと向かった。
ノックをすると中から優香の返事。
「優香、変わりないか?」
「あ、お兄ちゃん。ちょうど良かった」
女剣士、女僧侶はまだベッドに横たわっていたが、魔法使いの女の子が上体を起こしていた。
「おお、気が付いたのか」
「うん、そうなんだけど……」
エルトリアはベッドに腰掛け、魔法使いの少女の手を握っている。優香とユーリンはベッドの脇でその様子を不安そうに見つめ、アンゴリーは壁にもたれかかっていた。
「…………………………………」
「シュシュはあの男に魅了をされ、4年間もの間付き従わされていたのです。9歳から13歳までの4年間を」
こちらの世界じゃ小学4年生から中学1年生の4年間か。思春期。4年間。いったいどれほどの苦しみなのだろうか。
小学生4年生から中学1年生。優香が俺と離れて暮らしていた時期とも重なる。呆然とする魔法使いの表情を見て俺はただただ胸を痛めた。
「そいつが村を破壊したんだな?」
アンゴリーの声だった。
「優香から詳しく聞いた。【魅了】……恐ろしいスキルだが、『本人が本当に嫌なことはしない』らしいな。現にお前は人前で脱糞はしなかったが、私達の村は破壊した」
アンゴリーは歯軋りをする。
「私達の村はクソ以下か! 人間!!!」
初めて魔法使いに反応があった。すこし、頭が揺れただけだったが。
「おちつけ、アンゴリー」
アンゴリーの気持ちも分かるが、今この状況で魔法使いを攻め立てるのはあまりに酷だろう。タイバスがアンゴリーを止めようと一歩踏み出した瞬間。
「お前に何が分かる! 獣が!!!」
アンゴリーの頬に拳が突き刺さる。200キロはありそうな巨体が大きく傾いた。
アンゴリーに攻撃を加えたのは女剣士。どうやらタヌキ寝入りをかましていたらしい。目にもとまらぬ速さでベッドから跳ね起き、すぐさま攻撃に撃ったらしい。
「命令に従わなければ! 私達は辱めを受けた! その苦しみが! その辛さが! お前には分からない! 自分の命すら! あの男に握られた! 私達が!
「!」マークのたびに女剣士は拳をアンゴリーに振るった。肉同士がぶつかりひどい音が響く。
「他人の家より! 他人の命より! 自尊心を優先して! 何が悪……」
ここで殴られているだけだったアンゴリーが動いた。女剣士の拳を受け止めたのだった。
2人の動きが止まる。女剣士は肩で大きく息をしていた。さすがに大きく動きすぎたようだ。
鈍い音。女剣士の体が吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
「知ったことか。そもそも、お前達人間は何もなくても我々から奪っていくだろう。被害者はこっちだ。被差別はこちらだ」
被差別種族。獣人はそう言われていた。俺が思うよりも根深い隔絶があるらしい。
「やめろ! アンゴリー!」
「やめなさい! ライア!」
タイバスとエルトリアが間に入る。なんとか、これ以上の殴り合いは見なくて済むらしい。
冷静になった俺はふと優香の方を見る。優香はアンゴリー達の方ではなく、空になったベッドを見つめていた。
「お兄ちゃん、大変……」
「え?」
「あの子、僧侶の女の子がいなくなっちゃった!」
俺は慌てて振り返る。扉は開け放たれていた。