第四話② 勇敢で聡明な侵入者
第二階層に迷路を作り続けて早3日。飲まず食わず休まずにも関わらず、不思議と疲労はない。これもダンジョンマスターパワーだろうか。
「随分と大きく作ったね。縦1071メートル。横992メートル……」
「いや、でかすぎじゃろ」
優香が関心したように、お凛が呆れたように言う。
巨大迷路は真新しい石造りの壁と地面で作ってある。古ぼけたデザインの方が雰囲気が出るのだろうが、俺の創造力では時間がかかってしょうがなかったので仕方なく妥協した。
「でもさ、こんなに大きかったら私たちでも迷っちゃうんじゃない?」
「チッチッチ。ちゃんと対策は考えてあるぜ」
俺は迷路の中へと入り一番目の角を右に、そして奥の方へ進む。1分もかからないうちに行き止まりにたどり着いた。
「行き止まりじゃぞ?」
「チッチッチ。甘いな」
「そのチッチッチって奴やめて。腹立つから」
俺は壁に手を押し当てる。
「おおっ!」
壁はいとも簡単にくるりと半回転した。壁の向こう側に見えるのはさらに奥に続く通路。
「この通路は第二階層のボスエリアにつながっている。いっきに巨大迷路のショートカットをできるわけだ。ダンジョンボスを誰にするのか決めてないけどな」
「余ってるのは鬼たちだけど、DPにもまだ余裕があるし、もうワンランク上の妖怪を召喚できるね」
「鬼達にはこの迷路を巡回してもらおうと思う。今は3匹しかいないから、もう少し増やす必要があるが……」
「先の見えぬこの迷宮で彼奴らと出くわしたら……ふぬぅ、わらわでも度肝を抜くのう」
俺たちはダンジョンの一部だから光源がなくても辺りが見えるか侵入者の方はそうはいかない。ランプのようなものを持っていくしかないのだろう。
「じゃあ早速鬼を召喚してみるか。えっと、あとDPはどれくらい残ってるんだっけ?」
「えっとね……あ、あれ!?」
「ん?どうした?」
「なんじゃ? 故障か」
「いや、ロボットじゃ無いから」
「大変!!」
優香が俺に詰め寄った。
「ど、どうした?」
「侵入者が入ってきたみたい!」
「ええっ!?」
「敵は二人だけみたいだけど……かなりレベルが高いよ!現在の総戦力でも倒せるかどうか……」
優香は顔を青くしている。
「お凛、配置に戻ってくれ。優香、取り敢えずこのままに改装のボスエリアに行くぞ。ダンジョンコアはそっちに移してある」
「承知じゃ」
「分かった!」
●○
「ふむ、間違いない。ここはダンジョンだな」
厳つい鎧を見にまとった虎。その虎は二本足で立ち上がり眉間にしわを寄せて辺りを見渡している。盛り上がった筋肉に、2メートルを越す巨体。さらに子供の身長ほどはありそうな大剣を背中に抱えていた。
彼の名はタイバス。付近の雑種獣人の村に住む傭兵である。
「それにしても悪いな、アンゴリー。いきなり呼びつけてしまって。忙しい時期だっただろう」
タイバスは隣に立つ獣人に声をかけた。
「なに、村のためだ。貴様のためでは無い」
タイバスの言葉に応答したのはこれまた筋骨隆々としたゴリラ。名前はアンゴリー。防具は革製のものでトラバスに比べるとずっと身軽だ。
アンゴリーの冷ややかな言葉にタイバスは少し肩をすくめる。
「ここの住人はかなり特殊な見た目だ。さらに独特の武器を使う。間違っても倒されたりするなよ」
「……戦場に間違いもクソも無い」
タイバスはニヤリと笑った。
「警告は無用か。さあ、さっさと行くぞ」
「ああ」
二人の武人は慎重に歩みを進めるのだった。
○●
「どうだ、結構広いだろ。やっぱり巨大妖怪を召喚してみたいんだよな」
「今はそんなこといいから!早く敵情報を確認して!」
優香にせっつかれながら俺はダンジョンコアに触れる。ダンジョンの様子をリアルタイムで確認することができるのだ。
「……これって……」
ダンジョンコアに映し出されたのは武装した虎とゴリラ。虎の方には見覚えがある。
「この前襲撃を受けていた村にいた雑種獣人だ……」
「そうだよな」
虎とゴリラはズカズカとダンジョン内に入ってくる。分かれ道は左に曲がったようだ。
「おそらく、あの虎一人でも鬼3人と互角に戦えると思う」
「そりゃとんでもねーな」
ひたいに汗が吹き出た。
「だがこっちも相当戦略は練ってるんだ。そう簡単に突破はされないよな?」
「だといいんだけど」
俺は鎌鼬に通信を繋げる。
「鎌鼬、侵入者だ。行けるか?」
『キュー』
愛らしい声が聞こえてきた。
「なるべく初手で決めてくれ。一人を倒せばすぐに撤退しろ。正面きっての戦闘じゃ勝ち目はない」
『キュキュッ』
「命を大事に!」
『キュッー!』
鎌鼬は高速で走り出した。肉眼で捉えられるとはいえかなりのハイスピード。100kmくらい出てるんじゃないか? 風と表現されるのも頷ける。
鎌鼬は高速で通路を通り抜けると侵入者の背後に早くも接近していた。侵入者たちは気づいていない。
鎌鼬は大きく飛び上がり、ゴリラの首筋に鎌を振り下ろした。
「速い!」
「もらったぁ!」
俺とアリアは思わず声をあげる。
『ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ……』
「うそ……」
「ま、まじかよ」
鎌鼬の苦しそうなうめき声。鎌鼬の鎌はゴリラに届くことなく終わった。ゴリラはまるで後ろに目が付いていたかの如く、正確に、そして俊敏に鎌鼬の体をその大きな手で掴んだのだった。
「甘い……スピードはあるが気配が消しきれていない……」
ゴリラはぼそりと言った。
『ぎゅー……』
動きを封じられた鎌鼬は苦しそうに呻く。このままでは殺されてしまう。
「一つ目小僧! 突撃だ! 鎌鼬を救出しろ!」
俺の声を合図に一つ目小僧は武器を手に取り狭い通路になだれ込む。槍が剣が棒が拳が、二人の獣人に迫り来る。
にも関わらず、ゴリラは興味深そうに鎌鼬を見つめるだけで全く反応をしない。虎の方に至っては腕を組み、仁王立ちしたまま眉ひとつ動かさなかった。恐怖で立ち止まったわけでもない。防御に徹しようとする風でもない。
間違えた?
よく考えたら相手は獣に近い。今までと同じ人間が相手ではないのだ。怪異と獣。ぶつかりあった時、先に壊されるのは——。
そう思い至った時にはもう遅かった。虎の獣人は腕組みを解き、包丁の切先を彷彿とさせる犬歯を剥き出して笑った。
妖怪解説⑤ 【一ツ目入道】
「新たに一ツ目入道が仲間に加わったね。一つ目小僧が成長したら一ツ目入道になるの?」
「うーん。確かに理論的に考えたらそうかもしれないが、妖怪が成長して別の妖怪になることはないだろうな」
「そっか。じゃあ一ツ目入道と一つ目小僧は全く別の妖怪ということなんだね」
「ああ。一ツ目入道の発祥は比叡山の【一眼一足法師】と言われている。なんでも、修行を怠ける修行僧を睨みつけ、比叡山から追い出したという逸話があるんだ」
「なるほど、じゃあ別に悪い妖怪ってわけではないんだ」
「そうだな。だが、一ツ目入道と一口に言っても【一眼一足法師】の他にも【一目入道】【目一つ坊】【見越し入道】【目一つ五郎】など元になった伝説は各地に残っている。妖怪の性格なんて捉えようのない話なのかもな」