表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

1000文字小説集

ワクチン

 新型コロナに次いで猛威を振るった新型SARSが制圧され、日常が戻ったその年の秋。行動制限も完全に解かれて街に戻った雑踏の中を私は歩いていた。

 疫病の混乱の中で、もうこんな賑わいは二度と戻って来ないような気さえしていた。しかしそれでも社会は、世界は息を吹き返すように活動を再開していた。

 それにしても凶悪な病だった……なにしろ致死率95%超というまさしく死の病。

 ロシア極東で流行が確認されると、新型コロナの教訓が活かされる形で世界は迅速に動いた。日本国内でも行動制限が敷かれ、そしてワクチンも急速に接種が進んだ。

 コロナの時以上に反ワクチン運動は盛んになり、ワクチン接種に対する妨害も頻発したが、それでも全国民の8割方が1回以上の接種を受けた。

 その効果もあり初期の流行はボヤのように鎮圧された。

 しかしそこでSARSが牙を剥いた。

 変異株は瞬く間に感染の連鎖を繰り返した。1回でもワクチンを接種した者は感染しないか感染しても無症状だったが、ワクチン未接種の集団で急速に感染が広がった。

 初めのうちこそSNS上では「反ワク連中ざまぁ」などと嗤い嘲る声が溢れたが、事態は急速に悪化した。国民の残り2割が3か月足らずの間に感染し、もがき苦しみ死んでいったのだ。コロナでもなんとか持ちこたえた医療体制は瓦解し、社会は混乱を極め、遺体安置所に収まらない遺体は冷蔵倉庫で長期間火葬を待った。

 その混乱も収束し、また酒場に行けるようになった。

 待ち合わせたのは高校時代からの旧友。地元大学の医学部の研究者。

 彼と久々に飲む酒はことさら美味かったが、しかしふと彼が漏らした。

「なあ……いずれ世界中の研究機関から発表されるだろうことだけど……」

「なんだい」

 私はジューシーな唐揚げを口に放り込みながら聞き返した。

「今回の新型SARS感染について、新しい知見が明らかになってきたんだ。この病気の悪質さが……」

「ほうほう」

「ワクチンを受けた集団、つまりSARSサバイバーに、ある傾向が現れ始めている。それは、遺伝子の変異だ」

 私は口に含んだハイボールが喉につかえそうになるのを飲み込み、彼の顔を見た。

「ワクチンの接種時期が早いほど、接種回数が多いほど、そして若年層ほど顕著にそれは現れている。それも、どこまで拡大するか、まだわからない……」

 冗談ならそうと言ってほしかったが、彼は絶望混じりの真顔だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ