好奇心は日常を殺した【後編】
非日常の渦の中で、必死にあがく。
今はただ、手足をばたつかせてもがくしかない。
たとえその結果がどうなろうとも。
声劇台本:好奇心は日常を殺した【後編】
作者:霧夜シオン
所要時間:約60分
必要演者数:4~6人(1:3:0)
(1:3:1)
(1:3:2)
●登場人物
更科 杏梨・(さらしな あんり)・♀:木城 (きじょう)短大付属高校2年。
どこか冷めている。伊月とは中学からの
付き合いで、毎度彼女が持ってくる話に
嫌々ながらも結局は付き合うなど、優し
い一面も。
なお、一部のセンスが独特。
都沢 伊月・(とざわ いつき)・♀:木城短大付属高校2年。杏梨とは中学から
の仲。ノリが軽く、あちこちから怪しげな
ネタを仕入れては毎度の如く杏梨を巻き込
んで呆れられている。性格的に憎めない部
分を持つ為、杏梨との友達仲も長続きして
いる。
“黒”の魔導書・♂♀:杏梨と伊月が図書館の奥深くで見つけた、半分に引き裂かれ
た黒い装丁の皮の表紙を持つ書物。初めは杏梨達に協力的な
態度を装っていたが、徐々に本性をむき出しにする。
“白”の魔導書・♂♀:黒の魔導書ともともと一つだった、半身とも言うべき存在。
互いにしか使えない系統の魔術があり、それゆえに黒の
魔導書から覚醒せぬうちに力だけ奪おうと狙われる。
白い装丁の革の表紙を持つ。
大迫 緯美那・(おおさこ いみな)・♀:木城短大付属高校図書室の司書。1年
前に赴任。以来、広大な図書室の主と
なり、集められたまま放置プレイされ
ている膨大な数の書籍仕分け作業に勤
しむ日々を送っている。ドМ(マゾ)
の極み。
如月 悠樹・(きさらぎ ゆうき)・♂:木城短大付属高校と同じ敷地内にある木
城短大の1年。昔も今も杏梨と伊月の良
き先輩。司書の大迫からはお師匠様、と
呼ばれているが・・・。
看護師・♀:台詞が1しかないので、大迫役と兼ね役になります。
病院内では静かにしましょう。
●キャスト(4人)できなくはないです。
杏梨♀:
伊月♀:
大迫・黒魔導書・看護師♀:
悠樹・白魔導書♂:
●キャスト(5人)多分一番ベスト。
杏梨♀:
伊月♀:
黒魔導書・白魔導書♂♀不問:
大迫・看護師♀:
悠樹♂:
●キャスト(6人)台詞配分悪いです。
杏梨♀:
伊月♀:
黒魔導書♂♀不問:
白魔導書♂♀不問:
大迫・看護師♀:
悠樹♂:
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
伊月(N):失われた日常、訪れた非日常。
進むしかない道、後戻りできない道。
杏梨(N):君子は、自ら危うきものには近寄らない。
けれど私達は、火中の栗を拾ってしまった。
悠樹(N):後悔は先に立たない。
だが、始末は付けてもらわねばならん。
火遊びの…代償だ。
大迫(N):「好奇心は日常を殺した」
杏梨(N):魔導書の本当の目的、日常という仮面を取り去った人達から突き付け
られる現実。
あまりの目まぐるしい展開に、私の頭は混乱しかけていた。
けれど、事態は待ってくれない。
容赦なく、躊躇なく、私は選択と決断を迫られることになる。
大迫:さて、どこから説明したらいいかしら…。
そうね、まず、あの魔導書について話しましょうか。
…今さらこの世に魔法は…なんてことは言わないわね?
杏梨:否定したいところですけど、もうすでに色々見てきてますので…。
大迫:そうね。あの魔導書…さっきも言ったけど、
名は誰も知らないから通称、“黒の魔導書”と呼ばれてるわ。
本来はお師匠様…如月君の所有だったのだけど…。
………。
悠樹:【溜息】
…いちいちこっちの様子をうかがうな…。
言い直さなくていいから続けろ。
大迫:は、はい。
それである時、私の曽祖父…うちの高校の初代校長ね。
曽祖父がお師匠様から研究を口実に借りてたのだけど、
ある時、実験に失敗しちゃってね。
杏梨:伊月から聞いた怪談の方だと、魔導書の力を使って好き放題した、となって
ましたけど…。
大迫:【苦笑しながら】まさか。
曽祖父は優れた魔術師ではあったけど、あの魔導書を制御するには力量不足
だったの。
悠樹:…優 れ た?
大迫:っ、っ、っ、ゴホン!
おまけに知ってるだろうけど、魔導書のあの性格でしょ。
実験を逆に利用されかけたのよ。
それでも途中で気づいて曽祖父は抵抗した。
で、実験は失敗、魔導書は半分に分かれたあげく、あなたがこれまで関わっ
た方が暴走し始めた。
責任を感じた曽祖父は、みずからの命と引き換えに、二つに分かれた魔導書
をそれぞれ別の場所に封印したの。
杏梨:それを私たちが解いてしまった、と…。
悠樹:更科、それは気に病まなくていい。
もともと”未熟”な術師が施した、”半端”な封印だ。
経年劣化は早かっただろう。
現に黒の魔導書は自然覚醒して、お前達に接触を図ってきたのではないか?
杏梨:確かにそうですけど…。
大迫:そ、そんな…ひいおじい様をそこまでぇ…んぅぅ…。
悠樹:なじられるのが自分でなくてもいいのか、救いようのない奴め。
ああ、気にするな。
こいつは生粋のドMでな。少しばかりこうされただけで、このザマだ!
ッ!!
【頬をねじりあげる】
大迫:んぎィッ!!……ん、んふぅぅ…。
杏梨:(うわあ…頬をねじられてうっとりしてる……ヤバい…。)
と、とりあえず、魔導書が封印された経緯は分かりました。
それで、その…伊月なんですけど、ほんとに大丈夫なんでしょうか?
悠樹:諱美那、俺はじかに都沢を見ていない。
お前は先ほど接触してきたのだろう?
侵食レベルはどの程度進んでいる。
大迫:はぁぁん…。
!あっ、い、今すぐどうこうという事は無いとは思いますが…、
でもこのままいけば、完全に魔導書に乗っ取られるのもそうかからないかと
。
杏梨:え…でもさっきは…!
大迫:それは魔力の許容量の話。黒の魔導書は自分の意思を持っているだけでなく
、所持者の精神を徐々に侵食して、最後には完全に乗っ取ってしまうの。
ここへ来る途中で聞いたけど、都沢さん、魔導書に力を借りて魔術を行使し
たのよね?
杏梨:はい、赤峰先輩と両想いになるために…。
悠樹:そしてお前も遅刻を回避するため、教師の茅田に催眠魔術を使った。
一度でも奴の力を借りて魔術を使えば、精神的なつながりができてしまう。
大迫:そこから黒の魔導書は使用者の精神を蝕んでいくの。
特に都沢さんは現在所持者だから、侵食の度合いも深いはず。
彼女の精神抵抗力が高ければいいんだけど…。
杏梨:っそ、そんな……。
杏梨(N):再び目の前が真っ暗になるのを感じた。
伊月は今、どんな状態で、どうしているのか。
私はこの街の中のどこかにいるであろう、彼女の身を案じた。
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黒魔導書(N):人間どもにはまだ少し肌寒いであろう五月の夜、街の中心にある
鉄塔の上から、我は魔術を使って奴らを探していた。
黒魔導書:大迫の女にみすみす杏梨を奪われるとは…忌々しい。
伊月よ、もっと魔力を寄こせ。街全体に網を張り巡らせねばな。
伊月:!ッぁ…は…ぁ…っ…!
…ま、魔導書さん、も、もうやめてよ…。
黒魔導書:ん?
ふん…探査に力を使ったぶん、侵食と拘束が弱まったか。
伊月:片割れの…、魔導書さんの、ことは…どうにか、するからさ…
杏梨には、手を出さないで、欲しいんですけど…。
黒魔導書:悪いなぁ、伊月よ。事情が変わった。
大迫一族に気づかれ、半身や杏梨までおさえられた以上、こちらもなり
ふり構わず実力行使で、半身を手に入れねばならんのでなぁ。
伊月:いみなん…悪い人じゃ、ないじゃん…。
あたしらを、だましてたん、だね……!
黒魔導書:くくく…お前は扱いやすかったぞ?
人間は色恋というものに盲目だからなぁ。
特に汝のような小娘ほど、だましやすいものは無い・・・。
ふふふ、はははははは!!
伊月:っ…く…うう……!【泣くのをこらえる】
黒魔導書:そう泣くな。
半身を手に入れたあかつきには、杏梨と二人、我の手足として存分に
働いてもらうぞ。
伊月:なに…それ…ハーレム、気どり…?
キモイん、ですけど……!
黒魔導書:さて、おしゃべりは終わりだ、伊月よ。
網は張り終えた。あとは掛かるのを待つだけだ。
いざという時に汝に邪魔されては厄介なのでな。
諸刃の剣だが……、
ーーより深く、喰わせてもらおう。
伊月:ッッ! あ、ぐ、あぁぁうぅああぁぁぁ!!!
黒魔導書:くくく、抵抗するな。苦しいだけだぞ。
“こころをひらけ われのこえだけを きけ”
伊月(N):どろりとした、からめ取るような聲。
頭の中に響いた瞬間、意識が闇にのまれた。
【三拍】
まっくらで、つめたいあなを、おちていく。
どこまでも、どこまでも、はてしなく。
からだとこころを、ぜつぼうがおしつぶそうとする。
まだ、しにたくない、しにたくないよ。
ぎりぎりと、しめあげるちからが、つよくなる。
かんかくが、うすれて、きえてく。
おとにならないこえをふりしぼって、さけんだ。
【二拍】
たすけて。
【三拍】
黒魔導書:くくく、意識が深層の闇へ堕ちたか。
これで前以上に、我が意のままに動く。
侵食対象の性格思考に影響されるのが難点だが、
手段は選んでおれん。
【二拍】
ぐっ…しかし、これは予想外に…!
黒魔導書:伊月の意識と重なり合うのを感じつつ、
【ここだけ伊月役】
”あたしは目を開けた。”
伊月:【悪意に満ちている】
…うふふ、久しぶりの肉の身体ぁ♪
さあってと、杏梨はどこかなぁ?
【三拍】
…んん? あそこ…反応が…。
! い た ぁ ♪
あははっ…待っててね、杏梨ぃ。
今行くよぉ……!
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悠樹:更科…おい、更科!
杏梨:!ッはッ!! う…。
悠樹:大丈夫か? うたた寝しかけていたぞ。
杏梨:す、すみません…考えすぎてぼうっとしてたみたいです…。
大迫:色々ありすぎただろうし、無理もないわね。
杏梨:だ、大丈夫です。
それで、もう片方の魔導書はさっき逃げる時に聞いた限りだと、
大迫さんが見つけ出して力を借りた、というので合ってます?
大迫:えぇ、そうね。と言っても、ホントにただ見つけただけなんだけどね。
杏梨:え…じゃあどうして、魔導書の魔術が使えたんですか?
大迫:あ~あれはね……曽祖父が魔導書から唯一覚えた術法なの。
悠樹:覚えた? 盗み取ったの間違いだろうが…。
それはともかく、白の魔導書の状態はどうだ?
大迫:はい。あれこれ試したのですが・・・未だに反応がないです。
悠樹:ち…マズいな。万が一黒の魔導書に乗っ取られると、
力だけいいように使われるぞ。
杏梨:それで…その、白いほうの魔導書は、どこにあるんですか?
大迫:ああ、それならここにあるわ。
杏梨:これが…ッ!?
杏梨(N):大迫司書がテーブルの上に置いたのは、私が見慣れた方のとは対象的
な色の白い革の装丁を施され、やはり半分に引き裂かれている魔導書
だった。
そして一目見た瞬間、私の胸の内を不思議な感覚が駆け抜けた。
大迫:? どうしたの?
杏梨:! あ、いえ、なんだろう…この魔導書を見たら何かこう、不思議な、
懐かしいような感覚がして…。
悠樹:何…!? おい、諱美那。
大迫:っはい、お師匠様。
更科さん、おそらく貴女、縁があるわ。
杏梨:え、縁…?
悠樹:これまでのお前の話と、いま感じたという感覚。
あらゆる呼びかけに反応しない白の魔導書。
もしかしたら、呼ばれているのかもな。
大迫:今までの経緯から不安を抱くのも無理はないわ。
けれど、かつて黒の魔導書を封印する時、力を貸してくれたのは白の魔導書
なの。
杏梨:そう、なんですか…?
悠樹:だから今回もこいつの力を借りる必要があった。
だが、こいつの曽祖父が実験失敗後、俺の責任追及を恐れて隠ぺいしたあ
げく、雲隠れまでしてくれた。
そのせいで時間を浪費して捜索せざるを得なかったのだ。
大迫:う…申し訳ありません…。
悠樹:目元が笑っているぞ、ドMが。
そうそうエサなどくれてやらん。
それに更科、言ったはずだぞ。お前にも手を貸してもらうと。
だから、手に取って見てくれ。
杏梨:は、はい…。
!!!?ううッッ!?
大迫:ッ更科さん!?
悠樹:! これは…やはりな…因果があったのか。
杏梨:(N):恐る恐る魔導書に触れた瞬間、目の前が歪み、如月先輩の声が遠く
に聞こえ、直後に見覚えのない風景が次々と現れ、まるで走馬灯の
ように切り替わっていく。
奥深い緑の森の中
西洋風の民家
口やかましく鳴くカラス
日本ではないどこかの街の廃墟
うず高く積まれた、人のものと思われる骨の山
何か黒いものを、両手で抱きかかえている自分
【二拍】
気がつくと、真っ白な空間の中に立っていた。
そして目の前には、さっき見た白い魔導書が宙に浮かんでいる。
白魔導書:ようこそ、私に縁のある人。
杏梨:あ、あなたは…。
白魔導書:…人に名を尋ねる時は、まず自分からでは?
杏梨:【声を落として】
いや、人じゃないし…。
白魔導書:聞こえてますよ?
杏梨:あっ、す、すみません…。
更科、杏梨といいます。
白魔導書:サラシナ、アンリ…サラシナ…言いづらいですね。
アンリと呼んでいいですか?
杏梨:いいです、けど…。
白魔導書:私は一般に白の魔導書、と呼ばれています。
長いと思うので、好きに呼んでください。
杏梨:あ、は、はい…、じゃあ……シロさんで。
白魔導書:…犬と同じに見られてる気がするんですが?
杏梨:【声を落として】
好きに呼べって言ったのに…。
白魔導書:安直すぎます。もっとひねって下さい。
杏梨:えぇぇ……わかりました。じゃあ、音読みでハ――
白魔導書:【↑のセリフに被せて】
それ以上はダメです。
杏梨:えっ、ど、どうしてですか!?
白魔導書:大人の事情です。
…仕方ありませんね…シロで良いです。
杏梨:【声を落として】
お、大人の事情ってなに…?
白魔導書:後で説明します。
杏梨:う、そ、そうですか…。
ではシロさん、どうして私はここへ来ることができたのでしょうか?
白魔導書:私に記された魔術に関わりのある方が先祖にいるか、
または生まれ変わりかもしれませんね。
アンリ、ここに来るまでに、いろいろな光景を見ませんでしたか?
杏梨:あ、はい…走馬灯みたいに次々切り替わって…。
白魔導書:ならばやはり、私に収録されている魔術のどれかを、かつてアンリ自身
が編み出したか、もしくはその人物が血筋にいると思われます。
杏梨:わ、私が!?
白魔導書:はい。
まあそれはさておき、私の半身がまた良からぬ事を始めたのですか?
杏梨:ええ、そうですね…だいたい二週間くらい前に図書館の地下で出会いまし
た。誘われたとはいえ、興味本位に封印を解いてしまって…。
白魔導書:なるほど…黒いほうは相手をその気にさせるのが上手い。
それで、のせられてしまったのですね。
杏梨:はい。
その後、願いをかなえてもらった友人がおかしくなってしまって…。
白魔導書:ああ、精神を侵食されているのでしょうね。
それで、再び封印するため私に接触したと。
分かりました。黒い方の仕出かした事の責任は、私の責任でもあり
ます。
協力しましょう、アンリ。
杏梨:あ、ありがとうございます…!
白魔導書:ただ、私は目覚めたばかりで契約者もいない。
それゆえ、力をほとんど行使できません。
アンリ、貴女と契約を結ぶ必要があります。
杏梨:え、契約…?
白魔導書:そうです。…あぁ安心して下さい。
私は黒い方とは違って、精神を侵食するような事はしません。
侵食してしまえば、確かに自分に忠実な操り人形を作ることができま
すが、デメリットの方が大きい。
それにそういう方法、私は好みませんし、そもそも使えません。
杏梨:【声を落として】
嘘を言っているようには見えない…。
【普通に】
そうですか…ちょっとだけ安心しました。
白魔導書:では、私に手を当てて下さい。
杏梨:え、ええ…こう?
【二拍】
ッッ! あ、ッ……!
なに、これ…。
白魔導書:少し気持ち悪い感覚だと思いますが、我慢してください。
【三拍】
いま、魔力のやりとりをする回路…パスを繋ぎました。
これで私は貴女から魔力を分けてもらう事ができ、貴女は私を使って
魔術を行使することが可能になります。
杏梨:でも魔術が使えるようになったとはいえ、どうやって黒の魔導書を封印する
んですか?
白魔導書:……。
【軽い溜息】
アンリ。
杏梨:は、はい!?
白魔導書:他人行儀すぎます。もう私と貴女は、深く繋がり合っているのです。
そうですね…友達感覚で構いません。
杏梨:そ、そう急に言われても…でも、わかったわ。
じゃああらためて…どうすればいいの?
白魔導書:まずは黒いほうが貯め込んだ魔力を、根こそぎ奪う必要があります。
活動できる魔力を残させては、意味がありませんから。
杏梨:具体的には、どうやって?
白魔導書:向こうに魔術をひたすら使わせるのが早道ですが…、
封印が解けてすでに二週間は経過しているという事は、おそらくかなり
の魔力を貯め込んでいるでしょう。
対してこちらはまだ契約を結んだばかり、今確認しましたが、まだ強力
な魔術を使えるだけの魔力はありません。
杏梨:そんな…それじゃあ、どうやって対抗するの?
これ以上悠長にしてたら、伊月が黒の魔導書に…!
白魔導書:完全に取り込まれてしまうでしょうね。
これを阻止し、なおかつ短期決戦を挑むには、少ない魔力で最大の効果
を得る魔術を使う必要があります。
それにもっとも適しているのは……これです。
杏梨:これは…魔方陣?
白魔導書:ええ、この魔方陣魔術なら、触媒を使う事で大幅に術者への負担を軽減
できる、つまり、今のアンリの魔力でもなんとかなるでしょう。
向こうに戻ったら、水晶のさざれ石を大量に用意して下さい。
あとはどこか、適当な広さのある空間にこの魔方陣を描き、そこへ貴女
の友人と黒いほうを誘き寄せれば…こちらの勝ちです。
杏梨:わかった。なんとかするわ。
白魔導書:では、向こうへ戻します。目を閉じ、力を抜いて。
杏梨:う…っ…!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大迫:更科さん…更科さん、しっかり!
杏梨:う……はっ!? こ、ここは…元の…?
悠樹:気が付いたか。
さっきからお前の中に魔力の回路が巡っているのを感じる。
…白の魔導書に、会ったのか?
杏梨:はい…それで、協力するのはいいが、契約者がいないと魔術を使う事も
魔力を貯めることもできない、と言うので契約を…。
大迫:そうだったの…でもこれで白の魔導書は覚醒したのだから、戦局はこちらに
有利になったわ。
悠樹:契約したという事は…、
白の魔導書から何か有効な策を聞いてきたんだな?
杏梨:はい。
あ、そうだ、大迫さん、シロから水晶のさざれ石を大量に用意
してほしいと言われたんですが…。
大迫:水晶…??
ん? し、シロ? シロって…もしかして、白の魔導書の事?
杏梨:え、ええ…好きに呼べっていうので…。
悠樹:く…だからって、シロか…くく…、
更科、なかなかのセンスだな…ははは。
杏梨:う…笑ってますね、先輩。
そんなにセンス無いですか、わたし。
大迫:ぷぷ…ま、まぁ、とりあえず、水晶のさざれ石ね。
それなら売るほどあるわ。ちょっと待ってて。
杏梨:大迫さんまで…! うぅ…って、へこんでる場合じゃない。
先輩、シロと立てた作戦があるんですが…。
悠樹:そうか。よし、聞かせてくれ。
杏梨:実は……
【三拍】
悠樹:なるほど、魔方陣魔術か…。
杏梨:はい。今の私でも使える魔術、という事で、シロから勧められました。
悠樹:確かに魔方陣と水晶を触媒とする魔術なら、お前にかかる負担もさほど多く
はないだろう。
あとは場所か…。
杏梨:ええ。
どこかある程度の広さがあって、人目に付きにくい場所があれば…。
悠樹:!! 更科ッ、窓から離れろッッ!!
杏梨:え?
伊月:【↑やや食い気味に】
見ぃつけぇたぁぁ♪
杏梨:!!?ッひッッ!?
杏梨(N):全身が総毛だつような声を聴いて振り返る。
そこには、窓ガラスへ顔を張り付かせんばかりに室内の私をのぞき込
み、満面の笑みを浮かべている伊月がいた。
どうやってここを突き止めたのか?
つかまる場所もない窓の外に、どうして立っていられるのか?
そんな疑問がどうでもよくなるほどの戦慄を覚えて私は、
思わず二、三歩あとずさった。
悪意が人の姿をして笑うと、こんなにもおぞましい顔になるのだとい
うことに。
伊月:あんりぃ…どうしてそんな顔するのぉ…?
……バケモノでも見たようにしてさあ!!
【ガラスの割れるSEあれば】
杏梨:!!きゃあああ!?
う、うそ…何もしてないのに窓ガラスが、粉々に…!?
悠樹:ちいぃ! だいぶ浸食が進んでいるな…!
このままだと”黒の魔導書”に完全に呑み込まれるぞ…!
杏梨:今のは…伊月、あなたが…!?
伊月:あははっ、すごいでしょお!
魔導書さんと分かり合ったら、こんなにすごいチカラ、手に入っちゃったぁ
。
杏梨:顔や腕に痣のような紋様が…。
魔術を使うたびに鈍く輝いてる…。
ッもうやめて、伊月! 魔導書に騙されてるだけよ!
伊月:なんでぇ? お願いかなえてもらったから協力してるだけだよ?
騙されてるとか、ひどくない?
大迫:どうしてここが…目くらましの結界術をかけていたのに…!?
伊月:はァ? 目くらましぃ??
【二拍】
プッ、アッハハハハハハハハハハ!!!
こぉんな、お粗末なハリボテがぁ!?
ぜんっぜん目隠しにすらなってなかったけどぉ!?
バッカみたい!!
大迫:う、うそ…。
悠樹:…まさか…。
ッ! チッ、いまだにこんな不完全な結界しか張れんのか!!
役に立たん!
杏梨:え…じゃあ、最初から隠せてなかったって言うんですか…?
伊月:【↑の語尾に被せて】
ねぇ、漫才してる暇あったらさぁ、そろそろ魔導書さんの片割れ、渡してく
れないかなぁ。
でないと…黒焦げにしちゃうよォ!!
杏梨:ひ、火の球!!?
まにあわーーー
悠樹:【↑の語尾に被せて】
ッさせるか! 束風ッッ!!
【風の砲弾の発動と、火球と激突し相殺されたSEあれば】
伊月:そ、相殺!!!?な、なによその魔術!? おのれェ邪魔するなァ!!
悠樹:魔術じゃない、巫術だ。
お前のとは毛色が根本的に異なる。
伊月:…ずるいなぁ。
【猫なで声】
あ! そぉだ、如月パイセぇン、一緒に手を組みません?
うちらが手を組めばーー
悠樹:【↑食い気味に】
断る。
伊月:…なにそれ。
即お断りとかマジムカツクんですけどぉ!
悠樹:都沢と意識を重ねているお前に、何を言っても無駄だろう。
伊月:はァ!? あたしがバカって言いたいわけぇ!?
古今東西の魔術を網羅しているあたしが、バカなわけないでしょお!!
悠樹:…いよいよ言動が怪しくなってきたか。
おそらく都沢の方はもう、自分で何を言ってるのかほとんど理解できて
ないかもしれんな。
諱美那!
大迫:!はっはいッ!
悠樹:ここは俺が時間をかせいでやるから、更科の指示に従って動け。
失敗は、許さんぞ。
行けッ!!
大迫:わ、わかりました!
更科さん、いま車を回すわ!
杏梨:えっ、あ、は、はい!
伊月:待てェ杏梨ィ! 逃げるなァ!!!
悠樹:お前の相手は俺がしてやる。
伊月:ああ!? スカした態度、マジイラつくんですけどぉ!!!
「我が手に宿れ、巨山を崩す霊子の大刃、すべてを断ち割り、砕き斬れ!
アストラル・ソード!」
真っ二つにしちゃいますよぉ、如月パイセぇン!
悠樹:【溜息】
【剣同士がぶつかり合うSEあれば】
杏梨:ッッッ!
え、嘘…?
伊月:は? え? ちょっと、何ソレ…!?
悠樹:やれやれ…まさか、正体をさらす事になるとはな…!
杏梨:…せ、先輩…?
姿が…それにいつの間に剣を…?
伊月:!!オマエ、漆黒の住人【エボニー・レジデント】かァ!!
なんでニンゲンごときに味方してるゥ!!
杏梨(N):全身黒ずくめのロングコート。
腰まで伸びた黒髪。
手には西洋のものとは趣が違う両刃の長剣。
そんな姿の先輩が、両手で振り下ろした伊月の大剣をかるがる
と片手で止めていた。
悠樹:何をしている更科、さっさと行けッ!
大迫:こっちよ! 急いで乗って!!
伊月:逃がすかァあ!!
悠樹:悪いがしばらく通行止めだ!
もう少し付き合ってもらおうか・・・!
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大迫:それで更科さん、白の魔導書はなんて言っていたの?
杏梨:あ、はい。シロが言うには、今まで伊月から奪って貯め込んだ魔力をどうに
かしないと封印はできないそうです。
なのでどこか開けた場所に、強制的に魔力を吸収する魔方陣を構築する必要
がある、と言ってました。
大迫:なるほど、さっき頼まれた水晶のさざれ石は、魔方陣の構築と陣の効果を
最大に引き出す為の触媒と言うわけね。
杏梨:はい。魔力を奪いつくしさえすれば、封印は容易だと…。
大迫:わかったわ。それなら、うってつけの場所があるわね。
杏梨:え…でもそこら辺の駐車場とかだと人目に付くのでは?
大迫:【苦笑】
もっといい場所があるでしょ。…学校よ。
それより、お師匠様がどれくらい都沢さんを食い止められるか分からない
わ。
急がないとね。
杏梨:そんな…今の伊月には先輩でも敵わないんですか?
大迫:違うわ。都沢さんを傷つけないように戦ってるからよ。
相手を殺さないように手加減して戦うのは、普通に戦うよりもはるかに
難しいの。殺すのなら、最初の打ち合いで終わってたわ。
さ、飛ばすわよ!
杏梨:え? ちょ、きゃあッ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
悠樹:まったく、面白くない。
ずっと隠してきた正体をこんなところで、しかもつい先日までこちらの世界
を知らなかった更科にまで見られた。
今年は星周りでも悪いのか…?
伊月:如月パイセぇン、そこどいてくれません!?
マジぶった斬りますよォ!!
悠樹:…相手の実力を見極められないというのは、ある意味罪悪だな。
伊月:~~~ッッッとにィ! ムカつくんですが!!?
悠樹:黒の魔導書め、完全に思考や性格が影響を受けてしまっているか。
何がそこまで奴を焦らせたのかは分からんが……ある意味、好都合だ。
伊月:なにブツブツ言ってんですかぁ!
さっさと死んでくださいよォ!
【剣戟音SE】
死ねって言ってんだよクソがァ!!
【連続して剣戟音SE】
悠樹:ッ! くっ! ちィ…ッ!
(一時間弱…そろそろ、向こうも準備できた頃か…。)
手ごわいな…!
伊月:あっははァ!! やっと弱ってきたァ!!
うりゃあああああッッ!!
【ひときわ大きい剣戟音SE】
悠樹:~~~ッッッ!!!
ち…分が悪いか…。
ここは退くとしよう。つかの間の勝利を噛みしめておけ。
伊月:ハァ? 負け犬が負け惜しみ言って負け逃げしてるゥ!
アッハハハハハハ!!
…今行くよォ、あんりィィ…!
【三拍】
悠樹:…行ったか。
ふん、手加減して戦うのも一苦労だ。
虎翼と闘りあっている方がよほどいい。
【携帯を取り出してコールする】
諱美那、俺だ。準備は整っているか?
大迫:はい、ちょうど今しがた終わった所です。
悠樹:よし。いま都沢をわざと逃がした。
おそらくすぐにお前達の居場所をかぎつけるだろう。
今から合流するが、場所はどこにした?
大迫:学校です。
校庭で待ち受けて、最終的に校舎屋上へおびき寄せる手はずです。
悠樹:…そうか、分かった。
すぐに行く。
【携帯を切る】
…今夜でケリをつけねばならんが…学校か。
派手にやりすぎなければいいが…。
封印できそうにない場合にも備えておくか。
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杏梨(N):如月先輩から大迫司書に連絡が入る、少し前。
私はシロの指示に従い、学校内の教室に魔方陣を構築していた。
杏梨:あとは、四方の隅に水晶を……よし、できた。
白魔導書:お疲れ様、アンリ。
ですが、本番はこれからですよ。
杏梨:ええ、分かってる。
でも、魔方陣そのものは一階で、おびき寄せる場所が屋上でも大丈夫なの?
白魔導書:問題ありません。
先ほどの探査の結果、この教室の真上は、ちょうど屋上の
入り口付近になります。
二階にも同様に構築したので、確実に起動できるでしょう。
杏梨:校庭で伊月たちを迎え撃って、そのあと校内におびき寄せる。
この時にまず最初の詠唱をするのね?
白魔導書:そうです。
あの魔方陣に欠点があるとすれば、完全に発動するのに時間が掛かると
いう点です。
今のアンリなら…三分は必要でしょう。
杏梨:三分かあ…それまでに屋上へ伊月を誘き寄せないといけないのか。
むこうも攻撃とかしてくるだろうし、大丈夫かな…。
白魔導書:心配には及びません。身体強化の魔術を付与しておきましょう。
接触後、間違いなく戦闘に発展すると思われるので、備えておく必要が
あります。
杏梨:私は戦闘に参加したら駄目なんだよね?
白魔導書:当然です。
魔方陣の発動に回す魔力が足りなくなります。
なので、アンリは決して戦ってはいけません。
もう一人…オオサコの子孫に頑張ってもらいましょう。
杏梨:あ、そっか。
大迫:どう? そちらの準備は終わった?
杏梨:はい…って、お、大迫さん!? その、格好は…?
大迫:ああ、これ? スカートじゃ動きづらいからね。着替えてきたのよ。
杏梨:いや、あの、そういうことじゃなくて…きわどすぎません?
肌露出も多いですし…まるで、女王様みたいな印象受ける服装なんです
けど…。
大迫:えぇ!? そ、そう…無駄をはぶいた結果のコレなんだけど…。
それより更科さん、もう一度作戦を確認してもいいかしら。
杏梨:あ、は、はい。
まず外の校庭で伊月を待ち受けます。
確実に戦闘になるので、大迫さんに守ってもらいながら校内へ伊月を誘導、
私が魔方陣の起動詠唱を行います。
その後、階段を使って三分以内に屋上まで行きます。
屋上の入り口付近まで伊月を来させることが出来れば…私たちの勝ちです。
大迫:分かったわ。早すぎても、遅すぎてもダメってことね。
杏梨:はい。難しいかもしれませんが…。
大迫:大丈夫、これでも教師のはしくれよ。
生徒は…更科さんは、必ず守ってみせるわ。
杏梨:…………。
大迫:な、なに? せっかくビシっと決めたと思ったのに。
杏梨:いえ、あの…その格好で言われてもちょっと説得力が…。
大迫:ええ!? そんなぁ…んぅぅ。
杏梨:【声を落として】
そういうとこなんだけどな…。
【普通に】
そ、それより先輩の方はどうなったんでしょう?
大迫:そうね、そろそろわざと逃がす頃合いかも…ーー
【↑の語尾に被せてSEあれば適当な着メロかバイブレーション】
っと、噂をすればお師匠様からだわ。
はい、もしもし。
…はい、ちょうど今しがた終わった所です。
杏梨:月があんなに細く…ちょうど二週間前が満月のあの日だったっけ…。
大迫:わかりました。
更科さん、もうすぐ都沢さんが来るわ。
覚悟は…いいわね。
杏梨:…はい。必ず、伊月を助けます…!
うっ、あ、あれは…!
伊月:あ~~~んりっ! 見つけたよぉ!
今度こそ逃がさないからァ!!
大迫:待ちなさい!
更科さんに手を出すなら、まずは私が相手になるわ!
伊月:ハア!? 結界も満足に張れないクソ雑魚術師がえっらそうに!!
大迫:く、クソ雑魚……んふぅ…っゴホン!
い、言ったわね!
クソ雑魚かどうか、その目で確かめなさい!
まずは足止めさせてもらうわ!
巫術・鎖紙ッ!
伊月:うぅッ!? 何これっ、お札が伸びて…絡みつくッ…!
杏梨:すごい…って、見とれてる場合じゃなかった…!
校舎へ入らないと…。
大迫:どう!? 身動き取れないでしょ!
伊月:うぐぐ…、なーんて言うとでも思ったぁ!?
こんな紙きれ、焼け落ちろォ!
大迫:くうっ、や、やるわね…!
伊月:足止めにもならないんですけどォ?
あのさあ、アンタみたいなゴミ術師なんてお呼びじゃないの。
見たとこ、戦うの得意じゃなさそうだしィ?
いいからさっさと白の魔導書を渡せぇ!!
大迫:ゴミ…い、言いたい放題ねえぇ…まだ小手調べよ!
伊月:へえ、じゃあ次はあたしの番ねえ!
今度はきれーいに消し炭に、してあげるッ!
大迫:火球…それも複数…!
ッ、巫術・土楯!
伊月:なっ、火球が…!
大迫:あら、私の術に負けちゃうゴミみたいな火力ねえ。
はーい鬼さん、次はこちらですよー?
伊月:~~ッッ校舎に逃げ込んでどうするのさ! 待てェ!
杏梨:よし、なんとか追ってきたわね…!
【声を抑えて】
「深淵より生命の活力を奪い、枯渇へ導く闇の守り手よ。今ここにその力を
示し給え!」
白魔導書:…!
アンリ、魔方陣が起動を始めました。
杏梨:ええ!
大迫さん! 屋上へ!
大迫:わかったわ!
伊月:ハア? わざわざ逃げ場のない屋上に行くとか、バカなの?
ま、好都合だからいいんですけどォ!
大迫:あら、バカはどっちかしらねえ?
これだけ派手にやってまだ私から更科さんを奪えないの?
伊月:!ッこッの、クソ雑魚術師ィィィ!!!
大迫:ほら、まだまだ行くわよ!
巫術・檻鶴乱ッ!!
伊月:ッか、壁一面の札から折り鶴!?
うッ!
何してくれてんのさァ! 美少女の顔に傷つけてぇ!!
杏梨:【階段を上りながら】
伊月……、二分、三十秒…!
大迫:【階段を上りながら】
ほらほら、どうしたの!?
クソ雑魚術師の術は、足止めにもならないんじゃなかったのかしら!?
伊月:!!ッうがああああああ!!!
紙クズがあああ、邪魔すんなぁぁあああ!!!
杏梨:【階段を上りながら】
…ッ一分、十五秒…!
伊月:ああもうイラつく!!
「我が手に宿れ、大海を割る霊子の大槍、すべてを刺し穿ち、貫き通せ!
アストラル・ジャベリン!」
喰らええええ!!!
大迫:くううッ、鎖紙・弐式ッッ!!
伊月:ハァ!?さっきのやつ、網状にもできんの!?
ホンット、ムカつく!
杏梨:【階段を上りながら】
もうすこし…ッ二十五秒…!
伊月:だったら…!!
「炎の精霊に命ず! 憤怒の炎熱、憤激の爆炎、全て燃え爆ぜろ!
イグニス・エクスプロージョン!!」
大迫:!!危ないッ!!
杏梨:きゃああッ!!
【二拍】
う、いたた…。
大迫:か、間一髪…危うく消し炭になるとこだったわ…。
でも、あんなものまで使えるなんて…!
伊月:ちぇっ、外しちゃったあ。
でもこれでわかったでしょ! あたしの足元にも及ばないんだってこと!
杏梨:三…二…一…ゼロ。
大迫:床に魔方陣が浮かび出た…!?
伊月:な!? こ、これって…!!
杏梨:ごめん、伊月。
動きを制圧させてもらうから。
「彼の者の魔力を持って代償と為し、交わせし盟約を成就せん!」
「ドレインテッド・クォーツピラー!!」
伊月:!!!あっ、ぎっ、あぁぁうぐうああぁあぁあああああ!!!
大迫:水晶の柱…すごい…触媒の補助があるとはいえ、
これほどの魔術を使えるなんて…。
黒の魔導書に狙われるだけあるわね。
杏梨:う…それは嬉しくないです。
それにしても、なんだろう…私、やっぱり以前にもこの魔術を使ったこと
があるような気がするんです。
大迫:シロは生まれ変わりと言っていたのよね?
それが本当なら、そう感じるのも無理はないんじゃないかしら。
杏梨:そうかも、しれません…。
眉唾に感じてたけど、この懐かしさとなじみ深さは…。
! 魔方陣の光が…!
白魔導書:対象の魔力の枯渇まで、あと少しですね。
イツキ、でしたか。
彼女の侵食も解けてきているようです。
杏梨:体中の紋様が、消えていってる・・・。
伊月:ぁ……ぐ……ぅ…!
ぁ、あん…りっ…た、す…け…て…。
白魔導書:!!アンリ! 不用意に近づいては!
杏梨:!…っ伊月!
大迫:!!? さ、更科さん! ダメ! 貴女の魔力も持っていかれるわ!
杏梨:ッうぐううぅ伊月、手を離さないで! 今、こっちに…!
伊月:【悪意に満ちた】
うん、もちろんだよぉ、あぁんりぃ…!
白魔導書:っ、まずい!
杏梨:なっ!!?
大迫:嘘ッ!? まだ侵食が!?
伊月:【悪意に満ちた】
あははぁっ、やぁっと、つかまえたあぁ…!
いま…そっちにいくねえぇ!!
杏梨:!!! あ、うあぁぁあああぁぁ!!!
大迫:更科さんッッ!
悠樹:フン…やはり予想通りの展開になったか。
伊月:な…ッッ!!?
【剣が伊月の手にあった本を貫いて床に縫い付ける。SEあれば。】
黒魔導書:う、うぐおおぉ…剣で、我を縫いつけるなど…書物の扱いが、なって、
ないぞ…!
杏梨:せ、ん…ぱい…?
悠樹:黙れ、有害書物。
貴様にそんな口をきく権利があるとでも思っているのか。
大迫:お、お師匠様!?
悠樹:間にあったか。
よくやった、諱美那…と言いたいところだが、派手にやってくれたな。
復旧にどれだけかかると思っている。この、愚か者が…!
大迫:う・・・申し訳ありません、ご主人様。
都沢さんの力が予想をかなり上回っていたので、加減が・・・。
杏梨:【声を落として】
ええぇ!? ご、ご主人様…!?
悠樹:…まあいい。とりあえず関係各所にすぐ連絡しろ。
伊月:う…うう…。
杏梨:伊月! しっかり!
伊月:? …あんり……?
杏梨:! よかった…無事で…!
黒魔導書:ぐうう、漆黒の住人【エボニー・レジデント】め…
なぜ、我の邪魔をする!
悠樹:貴様がそれを知る必要は無い。
…さて、逆に質問だ。これから俺が何をすると思う?
これが何か、貴様ならわかるだろう?
杏梨:? USBメモリみたいな…でもボディが結晶で出来てる…。
黒魔導書:!!ううう、ま、まさか、それは!
悠樹:こいつは、つないだ相手から情報や記憶を複製できる優れ物でな。
そして相手からの干渉は一切受けない。たとえ、貴様が自分自身を複製して
こちらに移そうとしてもブロックされる。
ただ、今のように無力化する必要があるのと、一回しか使えんのが難点だが
な。
黒魔導書:ま、まて、まってくれ! お前を主として永遠に服従する!
だから、処分しないでくれ!
伊月:きさらぎ、ぱいせん…きいちゃ、だめ…!
悠樹:分かっている。心配するな、都沢。
黒の魔導書、その願いはかなえられないな。仏の顔も三度と言うだろうが。
封印だけで済ますつもりだったが、ここまで来る道中で気が変わった。
…貴様の方にだけ記されている魔術、すべて奪わせてもらうぞ。
黒魔導書:や、やめろ、やめてくれえええぇぇ!!!
悠樹:そら、この結晶が真っ赤に染まった時、お前の知識や記憶は全てデータと言
う形で複製される。
黒魔導書:たのむ! 複製を止めてくれえええ!!
悠樹:…結晶が染まり切ったか。
よし、これで貴様の使える魔術は全ていただいた。
人の世に害なす貴様は、もはや不要だ。
…覚悟はいいな。
巫術・燎炎。
杏梨:あ、炎が…!
黒魔導書:も、燃えるゥゥ……我がァ…消ィえェるゥゥ!
ングゥゥゥワアアアアアア!!!
【三拍】
杏梨:…終わった、の…?
伊月:あんり…ごめん…ごめんね……あたし、バカだ…大バカだ…うっ、うう…
【すすり泣く】
杏梨:もう、いいから…伊月、もういいから…ね?
伊月:うん、うん………う、うぅ…っ。
杏梨:!? 伊月!?
大迫:…大丈夫よ、更科さん。
黒の魔導書に侵食されてた上に、いま魔力を使い果たして気を失ったのよ。
杏梨:そっか…良かった…あ、あれ、めまい、が…?
大迫:当然よ。あの時、都沢さんを助けようとして、腕だけとはいえ魔方陣に
つっこんだでしょう。
その時に魔力を持っていかれたのよ。
悠樹:更科、今は何も気にせず休め。後の事は俺達が始末する。
杏梨:ぁ…は…い……。
白魔導書:お疲れ様、アンリ。
杏梨(N):焼かれた黒の魔導書の断片が、火の粉と共に風に弄ばれ宙を舞う。
それを、ほんの少し綺麗だなと思いながら、私は意識を手放した。
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杏梨(N):数日後。
市内の病院の一室、私は見舞いにきた大迫司書と如月先輩からあの後
の話を伊月と共に聞いていた。
悠樹:現在学校は閉鎖して、あの夜に壊したものを全て元どおりにしている最中
だ。
伊月:派手に壊しちゃったもんねえ…。
階段とか、マジでめちゃくちゃだよ。
大迫:なりふり構わずに来られたから大変だったわ。
悠樹:それをなんとかするのが、お前の役目だったはずだが?
大迫:うう…申し訳ありません…。
杏梨:はあぁ…無遅刻無欠席が…。
悠樹:更科、ずいぶんこだわるな。何か過去にあったのか?
杏梨:いえ…小・中と達成できなかったので、高校こそはと思ってたんです。
悠樹:そうか。
さっき閉鎖とは言ったが、臨時休校のあつかいでもある。
皆勤賞に影響はないだろう。
杏梨:そ、そうなんですか…え、でも、階段だけ閉鎖して授業するとかはしなかっ
たんですか?
悠樹:【溜息】
わからんのか。
校内であれだけ派手に魔術のドンパチをやらかしてくれたんだ。
カンのいい奴、もしくは人間に紛れているこちら側の存在であれば、何かし
ら気づくだろう。魔力の痕跡とかな。
そうさせてはならんのだ。だから学校全体を閉鎖した。
杏梨:…エボニー・レジデント…ですか?
悠樹:そうだ。俺たちの存在は知られてはならない。
ゆえに徹底した証拠隠滅工作を行う。
伊月:でも、うちらみたいな例外もいるんですよね?
大迫:そうね。
まさか、怪談話から魔導書にたどりつくなんて思ってもみなかったけど。
ああいう存在と深くかかわってしまった以上、記憶操作もできないしね。
悠樹:更科、お前には以前言ったが、今この場で改めて言わせてもらう。
一度でも非日常の世界をのぞいた者は、もう以前の日常には決して戻れん。
都沢、お前たち二人は、みずからの好奇心でかけがえのない日常を殺したの
だ。それは自覚しておけ。
伊月:はい…ごめん、杏梨…。
杏梨:謝らないで、伊月。止めなかった私も同じだから。
大迫:とりあえず、学校では今まで通り生活してもらって構わないわ。
けれど、そういう人外の存在と貴女達は関わりやすくなってしまっている。
お師匠様の言った事はこれを意味しているの。
もし、そういう事態に巻き込まれそうになったらすぐに連絡して。
悠樹:さて、医者から聞いてきたが、あと二日ほどで退院になるそうだな。
それまでには後処理も終わるだろう。
杏梨:! そうだ、如月先輩。
悠樹:ん? なんだ。
杏梨:その…先輩達も人間じゃない…んですよね?
悠樹:……。
ああ、そうだ。
諱美那は人間だがな。
伊月:え、じゃあ…如月パイセンって、何者なんですか?
悠樹:…つくづく好奇心に勝てんのだな、都沢。
伊月:えへへ…それほどでもぉ…。
杏梨:‥‥だから伊月、褒められてないって…。
でも、如月先輩、私も気になるんですが…。
大迫:【苦笑】貴女達…。
悠樹:【盛大な溜息】
まあいい。そこも含めて説明、と言ったからな…。
ヒントだけやる。
…B級ホラー映画の花形だ。
行くぞ、諱美那。
大迫:あ、は、はい。
じゃ、二人とも、学校で待ってるわね。
伊月:…B級ホラー映画の、花形…?
杏梨:うそ…、まさか…。
伊月:え、え? 杏梨、わかったの?
杏梨:う、うん…多分、ヴァンパイア、だと思う…。
伊月:え…?
【二拍】
えーーーーーーー!!?
マジ? マジなの!?
杏梨:多分…、学校で私の怪我した指を見た時、雰囲気があからさまに変わっ
てたから…。
伊月:うはあああすごい! 現実に吸血鬼に出会えるなんて、マジヤバぁい!
杏梨:ちょ、伊月、そんなに大声出したら…!
看護師:あなた達! 病院内ではお静かに!!
伊月:ひええ!
杏梨:す、すみません…!
【溜息】
言わんこっちゃない……。
白魔導書:やれやれ…姦しいことです。
【呟くように】
それにしても…まさか数百年の歳月を経て、再びかの魔女と巡り会う時
が来るとは。
これだから面白いのです。
大迫:…? お師匠様? どうされたのですか?
悠樹:…諱美那、パックを二つほど取り寄せておけ。
大迫:!! …久しぶりに、お召しになられるんですね。
悠樹:今晩までに頼むぞ。
大迫:はい。
悠樹(N):こうして、魔導書を巡る一連の騒動は幕を閉じた。
だが、あいつらはこれから苦労するはめになるだろう。
自らの好奇心で、日常を殺してまでつかみ取った結果だ。
しっかりと、噛みしめていってもらおうか。
END
はい。作者です。
・・・・・。
やっと・・・・やっと、完結させた・・・!
最後まで読まれた方は分かるかと思いますが、いろいろリンクさせていく予定です。
ひとまずこのシリーズはここまで。
別のシリーズはそんなに間を開けずに始めるかと思います。
また、その時にお会い致しましょう<m(__)m>
もしツイキャスやスカイプ、ディスコードで上演の際は良ければ声をかけていた
だければ聞きに参ります。録画はできれば残していただければ幸いです。
ではでは!