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好奇心は日常を殺した

好奇心は日常を殺した【後編】

作者: 霧夜シオン

非日常の渦の中で、必死にあがく。

今はただ、手足をばたつかせてもがくしかない。

たとえその結果がどうなろうとも。



声劇台本:好奇心は日常を殺した【後編】


作者:霧夜シオン


所要時間:約60分


必要演者数:4~6人(1:3:0)

          (1:3:1)

          (1:3:2)

●登場人物


更科 杏梨・(さらしな あんり)・♀:木城 (きじょう)短大付属高校2年。

                   どこか冷めている。伊月とは中学からの

                   付き合いで、毎度彼女が持ってくる話に

                   嫌々ながらも結局は付き合うなど、優し

                   い一面も。

                   なお、一部のセンスが独特。


都沢 伊月・(とざわ いつき)・♀:木城短大付属高校2年。杏梨とは中学から

                  の仲。ノリが軽く、あちこちから怪しげな

                  ネタを仕入れては毎度の如く杏梨を巻き込

                  んで呆れられている。性格的に憎めない部

                  分を持つ為、杏梨との友達仲も長続きして

                  いる。


“黒”の魔導書・♂♀:杏梨と伊月が図書館の奥深くで見つけた、半分に引き裂かれ

          た黒い装丁の皮の表紙を持つ書物。初めは杏梨達に協力的な

          態度を装っていたが、徐々に本性をむき出しにする。


“白”の魔導書・♂♀:黒の魔導書ともともと一つだった、半身とも言うべき存在。

          互いにしか使えない系統の魔術があり、それゆえに黒の

          魔導書から覚醒せぬうちに力だけ奪おうと狙われる。

          白い装丁の革の表紙を持つ。


大迫 緯美那・(おおさこ いみな)・♀:木城短大付属高校図書室の司書。1年

                    前に赴任。以来、広大な図書室の主と

                    なり、集められたまま放置プレイされ

                    ている膨大な数の書籍仕分け作業に勤

                    しむ日々を送っている。ドМ(マゾ)

                    の極み。


如月 悠樹・(きさらぎ ゆうき)・♂:木城短大付属高校と同じ敷地内にある木

                   城短大の1年。昔も今も杏梨と伊月の良

                   き先輩。司書の大迫からはお師匠様、と

                   呼ばれているが・・・。


看護師・♀:台詞が1しかないので、大迫役と兼ね役になります。

      病院内では静かにしましょう。


●キャスト(4人)できなくはないです。

杏梨♀:

伊月♀:

大迫・黒魔導書・看護師♀:

悠樹・白魔導書♂:



●キャスト(5人)多分一番ベスト。

杏梨♀:

伊月♀:

黒魔導書・白魔導書♂♀不問:

大迫・看護師♀:

悠樹♂:


●キャスト(6人)台詞配分悪いです。

杏梨♀:

伊月♀:

黒魔導書♂♀不問:

白魔導書♂♀不問:

大迫・看護師♀:

悠樹♂:



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



伊月(N):失われた日常、訪れた非日常。

      進むしかない道、後戻りできない道。


杏梨(N):君子くんしは、自ら危うきものには近寄らない。

      けれど私達は、火中かちゅうくりを拾ってしまった。


悠樹(N):後悔は先に立たない。

      だが、始末は付けてもらわねばならん。

      火遊びの…代償だ。


大迫(N):「好奇心は日常を殺した」


杏梨(N):魔導書の本当の目的、日常という仮面を取り去った人達から突き付け

      られる現実。

      あまりの目まぐるしい展開に、私の頭は混乱しかけていた。

      けれど、事態は待ってくれない。

      容赦ようしゃなく、躊躇ちゅうちょなく、私は選択と決断を迫られることになる。


大迫:さて、どこから説明したらいいかしら…。

   そうね、まず、あの魔導書について話しましょうか。

   …今さらこの世に魔法は…なんてことは言わないわね?


杏梨:否定したいところですけど、もうすでに色々見てきてますので…。


大迫:そうね。あの魔導書…さっきも言ったけど、

   名は誰も知らないから通称、“黒の魔導書”と呼ばれてるわ。

   本来はお師匠様…如月きさらぎ君の所有だったのだけど…。

   ………。


悠樹:【溜息】

   …いちいちこっちの様子をうかがうな…。

   言い直さなくていいから続けろ。


大迫:は、はい。

   それである時、私の曽祖父そうそふ…うちの高校の初代校長ね。

   曽祖父そうそふがお師匠様から研究を口実に借りてたのだけど、

   ある時、実験に失敗しちゃってね。


杏梨:伊月いつきから聞いた怪談の方だと、魔導書の力を使って好き放題した、となって

   ましたけど…。


大迫:【苦笑しながら】まさか。

   曽祖父そうそふは優れた魔術師ではあったけど、あの魔導書を制御するには力量不足

   だったの。


悠樹:…優 れ た?


大迫:っ、っ、っ、ゴホン!

   おまけに知ってるだろうけど、魔導書のあの性格でしょ。

   実験を逆に利用されかけたのよ。

   それでも途中で気づいて曽祖父そうそふは抵抗した。

   で、実験は失敗、魔導書は半分に分かれたあげく、あなたがこれまで関わっ

   た方が暴走し始めた。

   責任を感じた曽祖父そうそふは、みずからの命と引き換えに、二つに分かれた魔導書

   をそれぞれ別の場所に封印したの。


杏梨:それを私たちが解いてしまった、と…。


悠樹:更科さらしな、それは気に病まなくていい。

   もともと”未熟”な術師が施した、”半端”な封印だ。

   経年劣化けいねんれっかは早かっただろう。

   現に黒の魔導書は自然覚醒して、お前達に接触をはかってきたのではないか?


杏梨:確かにそうですけど…。


大迫:そ、そんな…ひいおじい様をそこまでぇ…んぅぅ…。


悠樹:なじられるのが自分でなくてもいいのか、救いようのない奴め。

   ああ、気にするな。

   こいつは生粋きっすいのドMマゾでな。少しばかりこうされただけで、このザマだ!

   ッ!!

   【頬をねじりあげる】


大迫:んぎィッ!!……ん、んふぅぅ…。


杏梨:(うわあ…頬をねじられてうっとりしてる……ヤバい…。)

   と、とりあえず、魔導書が封印された経緯けいいは分かりました。

   それで、その…伊月いつきなんですけど、ほんとに大丈夫なんでしょうか?


悠樹:諱美那いみな、俺はじかに都沢とざわを見ていない。

   お前は先ほど接触してきたのだろう?

   侵食レベルはどの程度進んでいる。


大迫:はぁぁん…。

   !あっ、い、今すぐどうこうという事は無いとは思いますが…、

   でもこのままいけば、完全に魔導書に乗っ取られるのもそうかからないかと

   。


杏梨:え…でもさっきは…!


大迫:それは魔力の許容量の話。黒の魔導書は自分の意思を持っているだけでなく

   、所持者の精神を徐々に侵食して、最後には完全に乗っ取ってしまうの。

   ここへ来る途中で聞いたけど、都沢とざわさん、魔導書に力を借りて魔術を行使し

   たのよね?


杏梨:はい、赤峰あかみね先輩と両想いになるために…。


悠樹:そしてお前も遅刻を回避するため、教師の茅田かやたに催眠魔術を使った。

   一度でも奴の力を借りて魔術を使えば、精神的なつながりができてしまう。


大迫:そこから黒の魔導書は使用者の精神をむしばんでいくの。

   特に都沢とざわさんは現在所持者だから、侵食の度合いも深いはず。

   彼女の精神抵抗力が高ければいいんだけど…。


杏梨:っそ、そんな……。


杏梨(N):再び目の前が真っ暗になるのを感じた。

      伊月いつきは今、どんな状態で、どうしているのか。

      私はこの街の中のどこかにいるであろう、彼女の身を案じた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



黒魔導書(N):人間どもにはまだ少し肌寒いであろう五月の夜、街の中心にある

        鉄塔の上から、我は魔術を使って奴らを探していた。


黒魔導書:大迫おおさこの女にみすみす杏梨あんりを奪われるとは…忌々しい。

     伊月いつきよ、もっと魔力を寄こせ。街全体に網を張り巡らせねばな。


伊月:!ッぁ…は…ぁ…っ…!

   …ま、魔導書さん、も、もうやめてよ…。


黒魔導書:ん?

     ふん…探査に力を使ったぶん、侵食と拘束こうそくが弱まったか。


伊月:片割れの…、魔導書さんの、ことは…どうにか、するからさ…

   杏梨あんりには、手を出さないで、欲しいんですけど…。


黒魔導書:悪いなぁ、伊月いつきよ。事情が変わった。

     大迫おおさこ一族に気づかれ、半身や杏梨あんりまでおさえられた以上、こちらもなり

     ふり構わず実力行使で、半身を手に入れねばならんのでなぁ。


伊月:いみなん…悪い人じゃ、ないじゃん…。

   あたしらを、だましてたん、だね……!


黒魔導書:くくく…お前は扱いやすかったぞ?

     人間は色恋というものに盲目だからなぁ。

     特になんじのような小娘ほど、だましやすいものは無い・・・。

     ふふふ、はははははは!!


伊月:っ…く…うう……!【泣くのをこらえる】


黒魔導書:そう泣くな。

     半身を手に入れたあかつきには、杏梨あんりと二人、我の手足として存分に

     働いてもらうぞ。


伊月:なに…それ…ハーレム、気どり…?

   キモイん、ですけど……!


黒魔導書:さて、おしゃべりは終わりだ、伊月いつきよ。

     網は張り終えた。あとは掛かるのを待つだけだ。

     いざという時になんじに邪魔されては厄介やっかいなのでな。

     諸刃もろはの剣だが……、

     ーーより深く、喰わせてもらおう。


伊月:ッッ! あ、ぐ、あぁぁうぅああぁぁぁ!!!


黒魔導書:くくく、抵抗するな。苦しいだけだぞ。


     “こころをひらけ われのこえだけを きけ”


伊月(N):どろりとした、からめ取るようなこえ

      頭の中に響いた瞬間、意識が闇にのまれた。


      【三拍】


      まっくらで、つめたいあなを、おちていく。

      どこまでも、どこまでも、はてしなく。

      からだとこころを、ぜつぼうがおしつぶそうとする。

      まだ、しにたくない、しにたくないよ。

      ぎりぎりと、しめあげるちからが、つよくなる。

      かんかくが、うすれて、きえてく。


      おとにならないこえをふりしぼって、さけんだ。


      【二拍】


      たすけて。


      【三拍】


黒魔導書:くくく、意識が深層の闇へ堕ちたか。

     これで前以上に、我が意のままに動く。

     侵食対象の性格思考に影響されるのが難点だが、

     手段は選んでおれん。


     【二拍】


     ぐっ…しかし、これは予想外に…!


黒魔導書:伊月いつきの意識と重なり合うのを感じつつ、


     【ここだけ伊月役】

     ”あたしは目を開けた。”


伊月:【悪意に満ちている】

   …うふふ、久しぶりの肉の身体からだぁ♪

   さあってと、杏梨あんりはどこかなぁ?


   【三拍】


   …んん? あそこ…反応が…。


   ! い た ぁ ♪


   あははっ…待っててね、杏梨あんりぃ。

   今行くよぉ……!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



悠樹:更科さらしな…おい、更科さらしな


杏梨:!ッはッ!! う…。


悠樹:大丈夫か? うたた寝しかけていたぞ。 


杏梨:す、すみません…考えすぎてぼうっとしてたみたいです…。


大迫:色々ありすぎただろうし、無理もないわね。


杏梨:だ、大丈夫です。

   それで、もう片方の魔導書はさっき逃げる時に聞いた限りだと、

   大迫おおさこさんが見つけ出して力を借りた、というので合ってます?


大迫:えぇ、そうね。と言っても、ホントにただ見つけただけなんだけどね。


杏梨:え…じゃあどうして、魔導書の魔術が使えたんですか?


大迫:あ~あれはね……曽祖父そうそふが魔導書から唯一覚えた術法なの。


悠樹:覚えた? 盗み取ったの間違いだろうが…。

   それはともかく、白の魔導書の状態はどうだ?


大迫:はい。あれこれ試したのですが・・・未だに反応がないです。


悠樹:ち…マズいな。万が一黒の魔導書に乗っ取られると、

   力だけいいように使われるぞ。


杏梨:それで…その、白いほうの魔導書は、どこにあるんですか?


大迫:ああ、それならここにあるわ。


杏梨:これが…ッ!?


杏梨(N):大迫おおさこ司書がテーブルの上に置いたのは、私が見慣れた方のとは対象的

      な色の白い革の装丁そうていを施され、やはり半分に引き裂かれている魔導書

      だった。

      そして一目見た瞬間、私の胸の内を不思議な感覚が駆け抜けた。


大迫:? どうしたの?


杏梨:! あ、いえ、なんだろう…この魔導書を見たら何かこう、不思議な、

   懐かしいような感覚がして…。


悠樹:何…!? おい、諱美那いみな


大迫:っはい、お師匠様。

   更科さらしなさん、おそらく貴女あなたえんがあるわ。


杏梨:え、えん…?


悠樹:これまでのお前の話と、いま感じたという感覚。

   あらゆる呼びかけに反応しない白の魔導書。

   もしかしたら、呼ばれているのかもな。


大迫:今までの経緯から不安を抱くのも無理はないわ。

   けれど、かつて黒の魔導書を封印する時、力を貸してくれたのは白の魔導書

   なの。


杏梨:そう、なんですか…?


悠樹:だから今回もこいつの力を借りる必要があった。

   だが、こいつの曽祖父そうそふが実験失敗後、俺の責任追及を恐れて隠ぺいしたあ

   げく、雲隠れまでしてくれた。

   そのせいで時間を浪費して捜索せざるを得なかったのだ。


大迫:う…申し訳ありません…。


悠樹:目元が笑っているぞ、ドマゾが。

   そうそうエサなどくれてやらん。

   それに更科さらしな、言ったはずだぞ。お前にも手を貸してもらうと。

   だから、手に取って見てくれ。


杏梨:は、はい…。


   !!!?ううッッ!?


大迫:ッ更科さらしなさん!?


悠樹:! これは…やはりな…因果いんががあったのか。


杏梨:(N):恐る恐る魔導書に触れた瞬間、目の前がゆがみ、如月きさらぎ先輩の声が遠く

       に聞こえ、直後に見覚えのない風景が次々と現れ、まるで走馬灯の

       ように切り替わっていく。



       奥深い緑の森の中


       西洋風の民家


       口やかましく鳴くカラス


       日本ではないどこかの街の廃墟


       うず高く積まれた、人のものと思われる骨の山


       何か黒いものを、両手で抱きかかえている自分


       【二拍】


       気がつくと、真っ白な空間の中に立っていた。

       そして目の前には、さっき見た白い魔導書が宙に浮かんでいる。


白魔導書:ようこそ、私にゆかりのある人。


杏梨:あ、あなたは…。


白魔導書:…人に名を尋ねる時は、まず自分からでは?


杏梨:【声を落として】

   いや、人じゃないし…。


白魔導書:聞こえてますよ?


杏梨:あっ、す、すみません…。

   更科さらしな杏梨あんりといいます。


白魔導書:サラシナ、アンリ…サラシナ…言いづらいですね。

     アンリと呼んでいいですか?


杏梨:いいです、けど…。


白魔導書:私は一般に白の魔導書、と呼ばれています。

     長いと思うので、好きに呼んでください。


杏梨:あ、は、はい…、じゃあ……シロさんで。


白魔導書:…犬と同じに見られてる気がするんですが?


杏梨:【声を落として】

   好きに呼べって言ったのに…。


白魔導書:安直すぎます。もっとひねって下さい。


杏梨:えぇぇ……わかりました。じゃあ、音読みでハ――


白魔導書:【↑のセリフに被せて】

     それ以上はダメです。


杏梨:えっ、ど、どうしてですか!?


白魔導書:大人の事情です。

     …仕方ありませんね…シロで良いです。


杏梨:【声を落として】

   お、大人の事情ってなに…?


白魔導書:後で説明します。


杏梨:う、そ、そうですか…。

   ではシロさん、どうして私はここへ来ることができたのでしょうか?


白魔導書:私に記された魔術に関わりのある方が先祖にいるか、

     または生まれ変わりかもしれませんね。

     アンリ、ここに来るまでに、いろいろな光景を見ませんでしたか?


杏梨:あ、はい…走馬灯みたいに次々切り替わって…。


白魔導書:ならばやはり、私に収録されている魔術のどれかを、かつてアンリ自身

     が編み出したか、もしくはその人物が血筋にいると思われます。


杏梨:わ、私が!?


白魔導書:はい。

     まあそれはさておき、私の半身がまた良からぬ事を始めたのですか?


杏梨:ええ、そうですね…だいたい二週間くらい前に図書館の地下で出会いまし

   た。誘われたとはいえ、興味本位に封印を解いてしまって…。


白魔導書:なるほど…黒いほうは相手をその気にさせるのが上手い。

     それで、のせられてしまったのですね。


杏梨:はい。

   その後、願いをかなえてもらった友人がおかしくなってしまって…。


白魔導書:ああ、精神を侵食されているのでしょうね。

     それで、再び封印するため私に接触したと。

     分かりました。黒い方の仕出かした事の責任は、私の責任でもあり

     ます。

     協力しましょう、アンリ。


杏梨:あ、ありがとうございます…!


白魔導書:ただ、私は目覚めたばかりで契約者もいない。

     それゆえ、力をほとんど行使できません。

     アンリ、貴女あなたと契約を結ぶ必要があります。


杏梨:え、契約…?


白魔導書:そうです。…あぁ安心して下さい。

     私は黒い方とは違って、精神を侵食するような事はしません。

     侵食してしまえば、確かに自分に忠実な操り人形を作ることができま

     すが、デメリットの方が大きい。

     それにそういう方法、私は好みませんし、そもそも使えません。


杏梨:【声を落として】

   嘘を言っているようには見えない…。

   【普通に】

   そうですか…ちょっとだけ安心しました。


白魔導書:では、私に手を当てて下さい。


杏梨:え、ええ…こう?


   【二拍】


   ッッ! あ、ッ……!

   なに、これ…。


白魔導書:少し気持ち悪い感覚だと思いますが、我慢してください。


     【三拍】


     いま、魔力のやりとりをする回路…パスを繋ぎました。

     これで私は貴女から魔力を分けてもらう事ができ、貴女は私を使って

     魔術を行使することが可能になります。


杏梨:でも魔術が使えるようになったとはいえ、どうやって黒の魔導書を封印する

   んですか?


白魔導書:……。


     【軽い溜息】

     アンリ。


杏梨:は、はい!?


白魔導書:他人行儀たにんぎょうぎすぎます。もう私と貴女あなたは、深く繋がり合っているのです。

     そうですね…友達感覚で構いません。


杏梨:そ、そう急に言われても…でも、わかったわ。

   じゃああらためて…どうすればいいの?


白魔導書:まずは黒いほうが貯め込んだ魔力を、根こそぎ奪う必要があります。

     活動できる魔力を残させては、意味がありませんから。


杏梨:具体的には、どうやって?


白魔導書:向こうに魔術をひたすら使わせるのが早道ですが…、

     封印が解けてすでに二週間は経過しているという事は、おそらくかなり

     の魔力を貯め込んでいるでしょう。

     対してこちらはまだ契約を結んだばかり、今確認しましたが、まだ強力

     な魔術を使えるだけの魔力はありません。


杏梨:そんな…それじゃあ、どうやって対抗するの?

   これ以上悠長にしてたら、伊月いつきが黒の魔導書に…!


白魔導書:完全に取り込まれてしまうでしょうね。

     これを阻止し、なおかつ短期決戦を挑むには、少ない魔力で最大の効果

     を得る魔術を使う必要があります。

     それにもっとも適しているのは……これです。


杏梨:これは…魔方陣?


白魔導書:ええ、この魔方陣魔術なら、触媒を使う事で大幅に術者への負担を軽減

     できる、つまり、今のアンリの魔力でもなんとかなるでしょう。

     向こうに戻ったら、水晶のさざれ石を大量に用意して下さい。

     あとはどこか、適当な広さのある空間にこの魔方陣を描き、そこへ貴女

     の友人と黒いほうを誘き寄せれば…こちらの勝ちです。


杏梨:わかった。なんとかするわ。


白魔導書:では、向こうへ戻します。目を閉じ、力を抜いて。


杏梨:う…っ…!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



大迫:更科さらしなさん…更科さらしなさん、しっかり!


杏梨:う……はっ!? こ、ここは…元の…?


悠樹:気が付いたか。

   さっきからお前の中に魔力の回路が巡っているのを感じる。

   …白の魔導書に、会ったのか?


杏梨:はい…それで、協力するのはいいが、契約者がいないと魔術を使う事も

   魔力を貯めることもできない、と言うので契約を…。


大迫:そうだったの…でもこれで白の魔導書は覚醒したのだから、戦局はこちらに

   有利になったわ。


悠樹:契約したという事は…、

   白の魔導書から何か有効な策を聞いてきたんだな?


杏梨:はい。

   あ、そうだ、大迫おおさこさん、シロから水晶のさざれ石を大量に用意

   してほしいと言われたんですが…。


大迫:水晶…??

   ん? し、シロ? シロって…もしかして、白の魔導書の事?


杏梨:え、ええ…好きに呼べっていうので…。


悠樹:く…だからって、シロか…くく…、

   更科さらしな、なかなかのセンスだな…ははは。


杏梨:う…笑ってますね、先輩。

   そんなにセンス無いですか、わたし。


大迫:ぷぷ…ま、まぁ、とりあえず、水晶のさざれ石ね。

   それなら売るほどあるわ。ちょっと待ってて。


杏梨:大迫おおさこさんまで…! うぅ…って、へこんでる場合じゃない。

   先輩、シロと立てた作戦があるんですが…。


悠樹:そうか。よし、聞かせてくれ。


杏梨:実は……


   【三拍】

      

悠樹:なるほど、魔方陣魔術か…。


杏梨:はい。今の私でも使える魔術、という事で、シロから勧められました。


悠樹:確かに魔方陣と水晶を触媒しょくばいとする魔術なら、お前にかかる負担もさほど多く

   はないだろう。

   あとは場所か…。


杏梨:ええ。

   どこかある程度の広さがあって、人目に付きにくい場所があれば…。


悠樹:!! 更科さらしなッ、窓から離れろッッ!!


杏梨:え?


伊月:【↑やや食い気味に】

   見ぃつけぇたぁぁ♪


杏梨:!!?ッひッッ!?


杏梨(N):全身が総毛だつような声を聴いて振り返る。

      そこには、窓ガラスへ顔を張り付かせんばかりに室内の私をのぞき込

      み、満面の笑みを浮かべている伊月いつきがいた。

      

      どうやってここを突き止めたのか?


      つかまる場所もない窓の外に、どうして立っていられるのか?


      そんな疑問がどうでもよくなるほどの戦慄せんりつを覚えて私は、

      思わず二、三歩あとずさった。


      悪意が人の姿をして笑うと、こんなにもおぞましい顔になるのだとい

      うことに。


伊月:あんりぃ…どうしてそんな顔するのぉ…?

   ……バケモノでも見たようにしてさあ!!


【ガラスの割れるSEあれば】


杏梨:!!きゃあああ!?

   う、うそ…何もしてないのに窓ガラスが、粉々に…!?


悠樹:ちいぃ! だいぶ浸食が進んでいるな…!

   このままだと”黒の魔導書”に完全に呑み込まれるぞ…!


杏梨:今のは…伊月いつき、あなたが…!?


伊月:あははっ、すごいでしょお!

   魔導書さんと分かり合ったら、こんなにすごいチカラ、手に入っちゃったぁ

   。


杏梨:顔や腕にあざのような紋様もんようが…。

   魔術を使うたびに鈍く輝いてる…。

    ッもうやめて、伊月いつき! 魔導書にだまされてるだけよ!


伊月:なんでぇ? お願いかなえてもらったから協力してるだけだよ?

   だまされてるとか、ひどくない?


大迫:どうしてここが…目くらましの結界術をかけていたのに…!?


伊月:はァ? 目くらましぃ??


   【二拍】


   プッ、アッハハハハハハハハハハ!!!

   こぉんな、お粗末なハリボテがぁ!?

   ぜんっぜん目隠しにすらなってなかったけどぉ!?

   バッカみたい!!


大迫:う、うそ…。


悠樹:…まさか…。

   ッ! チッ、いまだにこんな不完全な結界しか張れんのか!!

   役に立たん!


杏梨:え…じゃあ、最初から隠せてなかったって言うんですか…?


伊月:【↑の語尾に被せて】

   ねぇ、漫才してる暇あったらさぁ、そろそろ魔導書さんの片割れ、渡してく

   れないかなぁ。

   でないと…黒焦げにしちゃうよォ!!


杏梨:ひ、火の球!!?

   まにあわーーー


悠樹:【↑の語尾に被せて】

   ッさせるか! 束風たばかぜッッ!!


【風の砲弾の発動と、火球と激突し相殺されたSEあれば】


伊月:そ、相殺!!!?な、なによその魔術!? おのれェ邪魔するなァ!!


悠樹:魔術じゃない、巫術ふじゅつだ。

   お前のとは毛色けいろが根本的に異なる。


伊月:…ずるいなぁ。

   【猫なで声】

   あ! そぉだ、如月きさらぎパイセぇン、一緒に手を組みません?

   うちらが手を組めばーー


悠樹:【↑食い気味に】

   断る。


伊月:…なにそれ。

   即お断りとかマジムカツクんですけどぉ!


悠樹:都沢とざわと意識を重ねているお前に、何を言っても無駄だろう。


伊月:はァ!? あたしがバカって言いたいわけぇ!?   

   古今東西ここんとうざいの魔術を網羅もうらしているあたしが、バカなわけないでしょお!!


悠樹:…いよいよ言動が怪しくなってきたか。

   おそらく都沢とざわの方はもう、自分で何を言ってるのかほとんど理解できて

   ないかもしれんな。

   諱美那いみな


大迫:!はっはいッ!


悠樹:ここは俺が時間をかせいでやるから、更科さらしなの指示に従って動け。

   失敗は、許さんぞ。

   行けッ!!


大迫:わ、わかりました!

   更科さらしなさん、いま車を回すわ!


杏梨:えっ、あ、は、はい!


伊月:待てェ杏梨あんりィ! 逃げるなァ!!!


悠樹:お前の相手は俺がしてやる。


伊月:ああ!? スカした態度、マジイラつくんですけどぉ!!!


   「我が手に宿れ、巨山を崩す霊子の大刃たいじん、すべてを断ち割り、砕き斬れ!

   アストラル・ソード!」


   真っ二つにしちゃいますよぉ、如月きさらぎパイセぇン!


悠樹:【溜息】


   【剣同士がぶつかり合うSEあれば】


杏梨:ッッッ!


   え、嘘…?


伊月:は? え? ちょっと、何ソレ…!?


悠樹:やれやれ…まさか、正体をさらす事になるとはな…!


杏梨:…せ、先輩…?

   姿が…それにいつの間に剣を…?


伊月:!!オマエ、漆黒の住人【エボニー・レジデント】かァ!!

   なんでニンゲンごときに味方してるゥ!!


杏梨(N):全身黒ずくめのロングコート。

      腰まで伸びた黒髪。

      手には西洋のものとはおもむきが違う両刃もろはの長剣。

      そんな姿の先輩が、両手で振り下ろした伊月いつきの大剣をかるがる

      と片手で止めていた。


悠樹:何をしている更科さらしな、さっさと行けッ!


大迫:こっちよ! 急いで乗って!!


伊月:逃がすかァあ!!


悠樹:悪いがしばらく通行止めだ!

   もう少し付き合ってもらおうか・・・!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



大迫:それで更科さらしなさん、白の魔導書はなんて言っていたの?


杏梨:あ、はい。シロが言うには、今まで伊月いつきから奪って貯め込んだ魔力をどうに

   かしないと封印はできないそうです。

   なのでどこか開けた場所に、強制的に魔力を吸収する魔方陣を構築こうちくする必要

   がある、と言ってました。


大迫:なるほど、さっき頼まれた水晶のさざれ石は、魔方陣の構築こうちくと陣の効果を

   最大に引き出す為の触媒しょくばいと言うわけね。


杏梨:はい。魔力を奪いつくしさえすれば、封印は容易だと…。


大迫:わかったわ。それなら、うってつけの場所があるわね。


杏梨:え…でもそこら辺の駐車場とかだと人目に付くのでは?


大迫:【苦笑】

   もっといい場所があるでしょ。…学校よ。

   それより、お師匠様がどれくらい都沢とざわさんを食い止められるか分からない

   わ。

   急がないとね。

   

杏梨:そんな…今の伊月いつきには先輩でもかなわないんですか?


大迫:違うわ。都沢とざわさんを傷つけないように戦ってるからよ。

   相手を殺さないように手加減して戦うのは、普通に戦うよりもはるかに

   難しいの。殺すのなら、最初の打ち合いで終わってたわ。

   さ、飛ばすわよ!


杏梨:え? ちょ、きゃあッ!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



悠樹:まったく、面白くない。

   ずっと隠してきた正体をこんなところで、しかもつい先日までこちらの世界

   を知らなかった更科さらしなにまで見られた。

   今年は星周りでも悪いのか…?


伊月:如月きさらぎパイセぇン、そこどいてくれません!?

   マジぶった斬りますよォ!!


悠樹:…相手の実力を見極められないというのは、ある意味罪悪だな。


伊月:~~~ッッッとにィ! ムカつくんですが!!?


悠樹:黒の魔導書め、完全に思考や性格が影響を受けてしまっているか。

   何がそこまで奴を焦らせたのかは分からんが……ある意味、好都合だ。


伊月:なにブツブツ言ってんですかぁ!

   さっさと死んでくださいよォ!


【剣戟音SE】


   死ねって言ってんだよクソがァ!!


【連続して剣戟音SE】


悠樹:ッ! くっ! ちィ…ッ!

   (一時間弱…そろそろ、向こうも準備できた頃か…。)


   手ごわいな…!


伊月:あっははァ!! やっと弱ってきたァ!!

   うりゃあああああッッ!!


【ひときわ大きい剣戟音SE】


悠樹:~~~ッッッ!!!

   ち…分が悪いか…。

   ここは退くとしよう。つかの間の勝利を噛みしめておけ。


伊月:ハァ? 負け犬が負け惜しみ言って負け逃げしてるゥ!

   アッハハハハハハ!!

   

   …今行くよォ、あんりィィ…!


   【三拍】


悠樹:…行ったか。

   ふん、手加減して戦うのも一苦労だ。

   虎翼こよくりあっている方がよほどいい。

   【携帯を取り出してコールする】


   諱美那いみな、俺だ。準備は整っているか?


大迫:はい、ちょうど今しがた終わった所です。


悠樹:よし。いま都沢とざわをわざと逃がした。

   おそらくすぐにお前達の居場所をかぎつけるだろう。

   今から合流するが、場所はどこにした?


大迫:学校です。

   校庭で待ち受けて、最終的に校舎屋上へおびき寄せる手はずです。


悠樹:…そうか、分かった。

   すぐに行く。

   【携帯を切る】


   …今夜でケリをつけねばならんが…学校か。

   派手にやりすぎなければいいが…。

   封印できそうにない場合にも備えておくか。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



杏梨(N):如月きさらぎ先輩から大迫おおさこ司書に連絡が入る、少し前。

      私はシロの指示に従い、学校内の教室に魔方陣を構築こうちくしていた。


杏梨:あとは、四方の隅に水晶を……よし、できた。


白魔導書:お疲れ様、アンリ。

     ですが、本番はこれからですよ。


杏梨:ええ、分かってる。

   でも、魔方陣そのものは一階で、おびき寄せる場所が屋上でも大丈夫なの?


白魔導書:問題ありません。

     先ほどの探査スキャンの結果、この教室の真上は、ちょうど屋上の

     入り口付近になります。

     二階にも同様に構築したので、確実に起動できるでしょう。


杏梨:校庭で伊月いつきたちを迎え撃って、そのあと校内におびき寄せる。

   この時にまず最初の詠唱をするのね?


白魔導書:そうです。

     あの魔方陣に欠点があるとすれば、完全に発動するのに時間が掛かると

     いう点です。

     今のアンリなら…三分は必要でしょう。


杏梨:三分かあ…それまでに屋上へ伊月いつきおびき寄せないといけないのか。

   むこうも攻撃とかしてくるだろうし、大丈夫かな…。


白魔導書:心配には及びません。身体強化の魔術を付与しておきましょう。

     接触後、間違いなく戦闘に発展すると思われるので、備えておく必要が

     あります。


杏梨:私は戦闘に参加したら駄目なんだよね?


白魔導書:当然です。

     魔方陣の発動に回す魔力が足りなくなります。

     なので、アンリは決して戦ってはいけません。

     もう一人…オオサコの子孫に頑張ってもらいましょう。


杏梨:あ、そっか。


大迫:どう? そちらの準備は終わった?


杏梨:はい…って、お、大迫おおさこさん!? その、格好は…?


大迫:ああ、これ? スカートじゃ動きづらいからね。着替えてきたのよ。


杏梨:いや、あの、そういうことじゃなくて…きわどすぎません?

   肌露出も多いですし…まるで、女王様みたいな印象受ける服装なんです

   けど…。


大迫:えぇ!? そ、そう…無駄をはぶいた結果のコレなんだけど…。

   それより更科さらしなさん、もう一度作戦を確認してもいいかしら。


杏梨:あ、は、はい。

   まず外の校庭で伊月いつきを待ち受けます。

   確実に戦闘になるので、大迫おおさこさんに守ってもらいながら校内へ伊月いつきを誘導、

   私が魔方陣の起動詠唱きどうえいしょうを行います。

   その後、階段を使って三分以内に屋上まで行きます。

   屋上の入り口付近まで伊月いつきを来させることが出来れば…私たちの勝ちです。


大迫:分かったわ。早すぎても、遅すぎてもダメってことね。


杏梨:はい。難しいかもしれませんが…。


大迫:大丈夫、これでも教師のはしくれよ。

   生徒は…更科さらしなさんは、必ず守ってみせるわ。


杏梨:…………。


大迫:な、なに? せっかくビシっと決めたと思ったのに。


杏梨:いえ、あの…その格好で言われてもちょっと説得力が…。


大迫:ええ!? そんなぁ…んぅぅ。


杏梨:【声を落として】

   そういうとこなんだけどな…。

   【普通に】

   そ、それより先輩の方はどうなったんでしょう?


大迫:そうね、そろそろわざと逃がす頃合いかも…ーー


   【↑の語尾に被せてSEあれば適当な着メロかバイブレーション】


   っと、うわさをすればお師匠様からだわ。

   はい、もしもし。

   …はい、ちょうど今しがた終わった所です。


杏梨:月があんなに細く…ちょうど二週間前が満月のあの日だったっけ…。


大迫:わかりました。


   更科さらしなさん、もうすぐ都沢とざわさんが来るわ。

   覚悟は…いいわね。


杏梨:…はい。必ず、伊月いつきを助けます…!

   うっ、あ、あれは…!


伊月:あ~~~んりっ! 見つけたよぉ!

   今度こそ逃がさないからァ!!


大迫:待ちなさい!

   更科さらしなさんに手を出すなら、まずは私が相手になるわ!


伊月:ハア!? 結界も満足に張れないクソ雑魚ざこ術師がえっらそうに!!


大迫:く、クソ雑魚……んふぅ…っゴホン!

   い、言ったわね!

   クソ雑魚ざこかどうか、その目で確かめなさい!

   まずは足止めさせてもらうわ!

   巫術ふじゅつ鎖紙くさりがみッ!


伊月:うぅッ!? 何これっ、お札が伸びて…絡みつくッ…!


杏梨:すごい…って、見とれてる場合じゃなかった…!

   校舎へ入らないと…。


大迫:どう!? 身動き取れないでしょ!


伊月:うぐぐ…、なーんて言うとでも思ったぁ!?

   こんな紙きれ、焼け落ちろォ!


大迫:くうっ、や、やるわね…!


伊月:足止めにもならないんですけどォ?

   あのさあ、アンタみたいなゴミ術師なんてお呼びじゃないの。

   見たとこ、戦うの得意じゃなさそうだしィ?


   いいからさっさと白の魔導書を渡せぇ!!


大迫:ゴミ…い、言いたい放題ねえぇ…まだ小手調こてしらべよ!


伊月:へえ、じゃあ次はあたしの番ねえ!

   今度はきれーいに消し炭に、してあげるッ!


大迫:火球…それも複数…!

   ッ、巫術ふじゅつ土楯つちたて


伊月:なっ、火球が…!


大迫:あら、私の術に負けちゃうゴミみたいな火力ねえ。

   はーい鬼さん、次はこちらですよー?


伊月:~~ッッ校舎に逃げ込んでどうするのさ! 待てェ!


杏梨:よし、なんとか追ってきたわね…!


   【声を抑えて】


   「深淵しんえんより生命の活力を奪い、枯渇こかつへ導く闇のり手よ。今ここにその力を

   示したまえ!」


白魔導書:…!

     アンリ、魔方陣が起動を始めました。


杏梨:ええ!

   大迫おおさこさん! 屋上へ!


大迫:わかったわ! 


伊月:ハア? わざわざ逃げ場のない屋上に行くとか、バカなの?

   ま、好都合だからいいんですけどォ!


大迫:あら、バカはどっちかしらねえ?

   これだけ派手にやってまだ私から更科さらしなさんを奪えないの?


伊月:!ッこッの、クソ雑魚ざこ術師ィィィ!!!


大迫:ほら、まだまだ行くわよ!

   巫術ふじゅつ檻鶴乱おりづるらんッ!!


伊月:ッか、壁一面の札から折り鶴!?

   うッ!

   何してくれてんのさァ! 美少女の顔に傷つけてぇ!!   


杏梨:【階段を上りながら】

   伊月……、二分、三十秒…!


大迫:【階段を上りながら】

   ほらほら、どうしたの!?

   クソ雑魚ざこ術師の術は、足止めにもならないんじゃなかったのかしら!?


伊月:!!ッうがああああああ!!!

   紙クズがあああ、邪魔すんなぁぁあああ!!!


杏梨:【階段を上りながら】

   …ッ一分、十五秒…!


伊月:ああもうイラつく!!


   「我が手に宿れ、大海を割る霊子れいし大槍おおやり、すべてを刺し穿うがち、つらぬき通せ!

   アストラル・ジャベリン!」


   喰らええええ!!!


大迫:くううッ、鎖紙くさりがみ弐式にしきッッ!!


伊月:ハァ!?さっきのやつ、網状あみじょうにもできんの!?

   ホンット、ムカつく!


杏梨:【階段を上りながら】

   もうすこし…ッ二十五秒…!

   

伊月:だったら…!!


   「炎の精霊に命ず! 憤怒ふんぬ炎熱えんねつ憤激ふんげきの爆炎、全て燃えぜろ!

   イグニス・エクスプロージョン!!」


大迫:!!危ないッ!!


杏梨:きゃああッ!!


   【二拍】


   う、いたた…。


大迫:か、間一髪…危うく消し炭になるとこだったわ…。

   でも、あんなものまで使えるなんて…!


伊月:ちぇっ、外しちゃったあ。

   でもこれでわかったでしょ! あたしの足元にも及ばないんだってこと!


杏梨:三…二…一…ゼロ。


大迫:床に魔方陣が浮かび出た…!?


伊月:な!? こ、これって…!!


杏梨:ごめん、伊月いつき

   動きを制圧させてもらうから。


   「の者の魔力を持って代償とし、わせし盟約めいやく成就じょうじゅせん!」


   「ドレインテッド・クォーツピラー!!」


伊月:!!!あっ、ぎっ、あぁぁうぐうああぁあぁあああああ!!!


大迫:水晶の柱…すごい…触媒しょくばいの補助があるとはいえ、

   これほどの魔術を使えるなんて…。

   黒の魔導書に狙われるだけあるわね。


杏梨:う…それは嬉しくないです。

   それにしても、なんだろう…私、やっぱり以前にもこの魔術を使ったこと

   があるような気がするんです。


大迫:シロは生まれ変わりと言っていたのよね?

   それが本当なら、そう感じるのも無理はないんじゃないかしら。


杏梨:そうかも、しれません…。

   眉唾まゆつばに感じてたけど、この懐かしさとなじみ深さは…。

   ! 魔方陣の光が…!


白魔導書:対象の魔力の枯渇こかつまで、あと少しですね。

     イツキ、でしたか。

     彼女の侵食もけてきているようです。


杏梨:体中の紋様もんようが、消えていってる・・・。


伊月:ぁ……ぐ……ぅ…!

   ぁ、あん…りっ…た、す…け…て…。


白魔導書:!!アンリ! 不用意に近づいては!


杏梨:!…っ伊月いつき


大迫:!!? さ、更科さらしなさん! ダメ! 貴女あなたの魔力も持っていかれるわ!


杏梨:ッうぐううぅ伊月、手を離さないで! 今、こっちに…!


伊月:【悪意に満ちた】

   うん、もちろんだよぉ、あぁんりぃ…!


白魔導書:っ、まずい!


杏梨:なっ!!?


大迫:嘘ッ!? まだ侵食が!?


伊月:【悪意に満ちた】

   あははぁっ、やぁっと、つかまえたあぁ…!

   いま…そっちにいくねえぇ!!


杏梨:!!! あ、うあぁぁあああぁぁ!!!


大迫:更科さらしなさんッッ!


悠樹:フン…やはり予想通りの展開になったか。


伊月:な…ッッ!!?


【剣が伊月の手にあった本を貫いて床に縫い付ける。SEあれば。】


黒魔導書:う、うぐおおぉ…剣で、我を縫いつけるなど…書物の扱いが、なって、

     ないぞ…!


杏梨:せ、ん…ぱい…?


悠樹:黙れ、有害書物。

   貴様にそんな口をきく権利があるとでも思っているのか。


大迫:お、お師匠様!?


悠樹:間にあったか。

   よくやった、諱美那いみな…と言いたいところだが、派手にやってくれたな。

   復旧にどれだけかかると思っている。この、愚か者が…!


大迫:う・・・申し訳ありません、ご主人様。

   都沢とざわさんの力が予想をかなり上回っていたので、加減が・・・。


杏梨:【声を落として】

   ええぇ!? ご、ご主人様…!?


悠樹:…まあいい。とりあえず関係各所にすぐ連絡しろ。


伊月:う…うう…。


杏梨:伊月いつき! しっかり!


伊月:? …あんり……?


杏梨:! よかった…無事で…!


黒魔導書:ぐうう、漆黒の住人【エボニー・レジデント】め…

     なぜ、我の邪魔をする!


悠樹:貴様がそれを知る必要は無い。

   …さて、逆に質問だ。これから俺が何をすると思う?

   これが何か、貴様ならわかるだろう?


杏梨:? USBメモリみたいな…でもボディが結晶で出来てる…。


黒魔導書:!!ううう、ま、まさか、それは!


悠樹:こいつは、つないだ相手から情報や記憶を複製できるすぐれ物でな。

   そして相手からの干渉は一切受けない。たとえ、貴様が自分自身を複製して

   こちらに移そうとしてもブロックされる。

   ただ、今のように無力化する必要があるのと、一回しか使えんのが難点だが

   な。


黒魔導書:ま、まて、まってくれ! お前を主として永遠に服従する!

     だから、処分しないでくれ!


伊月:きさらぎ、ぱいせん…きいちゃ、だめ…!


悠樹:分かっている。心配するな、都沢とざわ

   黒の魔導書、その願いはかなえられないな。仏の顔も三度と言うだろうが。

   封印だけで済ますつもりだったが、ここまで来る道中で気が変わった。

   …貴様の方にだけ記されている魔術、すべて奪わせてもらうぞ。


黒魔導書:や、やめろ、やめてくれえええぇぇ!!!


悠樹:そら、この結晶が真っ赤に染まった時、お前の知識や記憶は全てデータと言

   う形で複製される。


黒魔導書:たのむ! 複製を止めてくれえええ!!


悠樹:…結晶が染まり切ったか。

   よし、これで貴様の使える魔術は全ていただいた。

   人の世に害なす貴様は、もはや不要だ。

   …覚悟はいいな。


   巫術ふじゅつ燎炎りょうえん


杏梨:あ、炎が…!


黒魔導書:も、燃えるゥゥ……我がァ…消ィえェるゥゥ!

     ングゥゥゥワアアアアアア!!!


     【三拍】


杏梨:…終わった、の…?


伊月:あんり…ごめん…ごめんね……あたし、バカだ…大バカだ…うっ、うう…

   【すすり泣く】


杏梨:もう、いいから…伊月いつき、もういいから…ね?


伊月:うん、うん………う、うぅ…っ。


杏梨:!? 伊月いつき!?


大迫:…大丈夫よ、更科さらしなさん。

   黒の魔導書に侵食されてた上に、いま魔力を使い果たして気を失ったのよ。


杏梨:そっか…良かった…あ、あれ、めまい、が…?


大迫:当然よ。あの時、都沢とざわさんを助けようとして、腕だけとはいえ魔方陣に

   つっこんだでしょう。

   その時に魔力を持っていかれたのよ。


悠樹:更科さらしな、今は何も気にせず休め。後の事は俺達が始末する。


杏梨:ぁ…は…い……。


白魔導書:お疲れ様、アンリ。


杏梨(N):焼かれた黒の魔導書の断片が、火の粉と共に風に弄ばれ宙を舞う。

      それを、ほんの少し綺麗だなと思いながら、私は意識を手放した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



杏梨(N):数日後。

      市内の病院の一室、私は見舞いにきた大迫おおさこ司書と如月きさらぎ先輩からあの後

      の話を伊月いつきと共に聞いていた。


悠樹:現在学校は閉鎖して、あの夜に壊したものを全て元どおりにしている最中

   だ。


伊月:派手に壊しちゃったもんねえ…。

   階段とか、マジでめちゃくちゃだよ。


大迫:なりふり構わずに来られたから大変だったわ。


悠樹:それをなんとかするのが、お前の役目だったはずだが?


大迫:うう…申し訳ありません…。


杏梨:はあぁ…無遅刻無欠席が…。


悠樹:更科さらしな、ずいぶんこだわるな。何か過去にあったのか?


杏梨:いえ…小・中と達成できなかったので、高校こそはと思ってたんです。


悠樹:そうか。

   さっき閉鎖とは言ったが、臨時休校のあつかいでもある。

   皆勤賞に影響はないだろう。


杏梨:そ、そうなんですか…え、でも、階段だけ閉鎖して授業するとかはしなかっ

   たんですか?


悠樹:【溜息】

   わからんのか。

   校内であれだけ派手に魔術のドンパチをやらかしてくれたんだ。

   カンのいい奴、もしくは人間に紛れているこちら側の存在であれば、何かし

   ら気づくだろう。魔力の痕跡こんせきとかな。

   そうさせてはならんのだ。だから学校全体を閉鎖した。


杏梨:…エボニー・レジデント…ですか?


悠樹:そうだ。俺たちの存在は知られてはならない。

   ゆえに徹底した証拠隠滅工作を行う。


伊月:でも、うちらみたいな例外もいるんですよね?


大迫:そうね。

   まさか、怪談話から魔導書にたどりつくなんて思ってもみなかったけど。

   ああいう存在と深くかかわってしまった以上、記憶操作もできないしね。


悠樹:更科さらしな、お前には以前言ったが、今この場で改めて言わせてもらう。


   一度でも非日常の世界をのぞいた者は、もう以前の日常には決して戻れん。

   都沢とざわ、お前たち二人は、みずからの好奇心でかけがえのない日常を殺したの

   だ。それは自覚しておけ。


伊月:はい…ごめん、杏梨あんり…。


杏梨:謝らないで、伊月いつき。止めなかった私も同じだから。


大迫:とりあえず、学校では今まで通り生活してもらって構わないわ。

   けれど、そういう人外の存在と貴女あなた達は関わりやすくなってしまっている。

   お師匠様の言った事はこれを意味しているの。   

   もし、そういう事態に巻き込まれそうになったらすぐに連絡して。


悠樹:さて、医者から聞いてきたが、あと二日ほどで退院になるそうだな。

   それまでには後処理も終わるだろう。


杏梨:! そうだ、如月きさらぎ先輩。


悠樹:ん? なんだ。


杏梨:その…先輩達も人間じゃない…んですよね?


悠樹:……。

   ああ、そうだ。

   諱美那いみなは人間だがな。


伊月:え、じゃあ…如月きさらぎパイセンって、何者なんですか?


悠樹:…つくづく好奇心に勝てんのだな、都沢とざわ


伊月:えへへ…それほどでもぉ…。


杏梨:‥‥だから伊月いつきめられてないって…。

   でも、如月きさらぎ先輩、私も気になるんですが…。


大迫:【苦笑】貴女あなた達…。


悠樹:【盛大な溜息】

   まあいい。そこも含めて説明、と言ったからな…。

   ヒントだけやる。


   …B級ホラー映画の花形だ。


   行くぞ、諱美那いみな


大迫:あ、は、はい。

   じゃ、二人とも、学校で待ってるわね。


伊月:…B級ホラー映画の、花形…?


杏梨:うそ…、まさか…。


伊月:え、え? 杏梨あんり、わかったの?


杏梨:う、うん…多分、ヴァンパイア、だと思う…。


伊月:え…?


   【二拍】


   えーーーーーーー!!?

   マジ? マジなの!?


杏梨:多分…、学校で私の怪我した指を見た時、雰囲気があからさまに変わっ

   てたから…。


伊月:うはあああすごい! 現実に吸血鬼に出会えるなんて、マジヤバぁい!


杏梨:ちょ、伊月いつき、そんなに大声出したら…!


看護師:あなた達! 病院内ではお静かに!!


伊月:ひええ!


杏梨:す、すみません…!

   【溜息】

   言わんこっちゃない……。


白魔導書:やれやれ…かしましいことです。

     【呟くように】

     それにしても…まさか数百年の歳月を経て、再びかの魔女と巡り会う時

     が来るとは。

     これだから面白いのです。



大迫:…? お師匠様? どうされたのですか?


悠樹:…諱美那いみな、パックを二つほど取り寄せておけ。


大迫:!! …久しぶりに、お召しになられるんですね。


悠樹:今晩までに頼むぞ。


大迫:はい。


悠樹(N):こうして、魔導書を巡る一連の騒動は幕を閉じた。

      だが、あいつらはこれから苦労するはめになるだろう。

      自らの好奇心で、日常を殺してまでつかみ取った結果だ。

      しっかりと、噛みしめていってもらおうか。



END




はい。作者です。

・・・・・。


やっと・・・・やっと、完結させた・・・!


最後まで読まれた方は分かるかと思いますが、いろいろリンクさせていく予定です。

ひとまずこのシリーズはここまで。

別のシリーズはそんなに間を開けずに始めるかと思います。

また、その時にお会い致しましょう<m(__)m>


もしツイキャスやスカイプ、ディスコードで上演の際は良ければ声をかけていた

だければ聞きに参ります。録画はできれば残していただければ幸いです。

ではでは!


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