おいしい水が飲みたい
はじめまして。初投稿です。
ノリと勢いで書き始めたので不定期更新です。
目を瞬いたら違う場所にいた。
寝て起きたら知らない天井が見えた。
扉を開けた先に見たことをない景色が広がっていた。
……1歩踏み出した瞬間、視界に映っていた景色が変わった。
友人たちと卓ゲでよく見聞きしたフレーズだ。物語の中のことで、自身には縁のないことだと思っていた。
今もそうであれと願っている。願うことくらいは許されるはずだ。
凡そ人智の範囲を超えた現象を目の当たりにして人間が何を思うか、感じるか、考えるか、答えは一つである。
「………ここ何処だ?」
大学から帰るところだったので手持ちはそこそこにあるが、おそらくそのどれもが役に立たないであろうことは嫌でも理解できた。
だって山の中なのだ。見渡す限り木。
茶色と緑しか見えない。クソが。
肩に掛けた鞄を抱え直す。ついでにベタだが夢なら痛覚は無いだろうと頬を抓った。痛い。
どうやら夢じゃないらしい現実にため息しか出てこなかった。これがゲームならクリア条件を達成すれば帰れるが、現実ならそうも行かない。
まあゲームだったとしても死亡する可能性は普通にありえるのだが。
安全な場所かすら判断できない登山ド素人としては一刻も早く誰かと合流したいところだが、人が存在しない可能性も視野に入れたほうがいい。
「電波が無いとかもうダメ。死を覚悟したくないんだけど俺」
つい1ヶ月ほど前に新調したピカピカのスマホは無情にも圏外を示している上、時計もなんだかバグっている気がする。富士の樹海は磁場がおかしいらしいし、もしかするともしかしてしまうのかもしれない。
スマホ以外の中身もそのままなのだろうかと鞄を漁れば、6限までミッチリ詰め込まれた講義に使う荷物がこれまたミッチリと詰め込まれている。そんなものより今は野宿できそうなセットが欲しかった。あとコンパス。
この富士の樹海(推定)ではきっと財布も無用の長物だろうが、うっかりこのまま死んで遺体だけ見つかったときに身分証がないと困るので持っておく以外の選択肢しかないだろう。
ライターがあることに気がついてテンションがブチ上がった。紙があるのでガスがある限りは火がつけられる。こちとら平成の若人なので原始的な方法で火をつけることはできないのだ。ありがとう文明の力。木を擦って摩擦熱で火をつけられるのはひと握りだけだ。
小学生の頃、夏の自由研究で火をつけようとした経験があるが、俺には無理だった。半泣きで父さんに任せた記憶があるし、なんなら父さんも無理だった。現実はそう上手く行かない。
タバコは全く吸わないのでライターだけ持っていると放火魔みたいだな、と思わないでもない。大学生と言うものは圧の強いチャラついたサークルの先輩のタバコに火をつけることもあるのでセーフ。まあそのサークルも少し前に退部…退会?したのだが。
時々教授がライター忘れてくることもあるしなんなら講義で使うから決して犯罪者予備軍ではない。放火したいなんて欲はないのだ。
いない誰かに言い訳をしつつ所持品を漁る。鞄の中に入っていた食べ物と飲み物はエナドリ数本とスポドリと携帯食でした。後さっきコンビニ寄って買った酒。アホめ。流石に不摂生を極める大学生活と言えど、流石に野菜は買うべきだったと後悔した。ツマミすら買っていない。
数分前の自分を殴りたいが、数分前の自分はよもやこんなことになるとは想定もしていなかったので無罪である。生活習慣については無事生きて樹海から人里に降りれたら改善すると心に決めた。
まあ、見える未来は餓死か凍死なので先行きは真っ暗である。
「全くなんも良くねぇけど歩くか」
なお靴は革靴である。トレッキングシューズ?そんな準備良く履いてきている訳がない。誰が大学帰りに道路歩いている所をいきなり山に放り出される想定で準備するんだ。
地面がぬかるんでいないことが不幸中の幸いと言うか、これで雨が降った後なら早々に死を覚悟するしかない。革靴はめちゃくちゃ湿気が溜まるし防水とかではない。乾したところでそんなかんたんに乾かない。
ひとまずの目標は川の捜索だ。見た所高低差がある訳ではないため、このままではどちらが上か下かわからない。川さえあれば水場も確保できる上確実に川下へと降りられる。俺ってば超天才。
そうと決めたら行動あるのみ。どこに進むかは全く決まらないので木の枝が倒れた方向にしようと思う。これで川がなくても俺のせいではない。倒れた木の枝が悪い。
「富士山に熊っていんのか…?歌いながら歩きゃ良いのか?」
エリート大学に通っているわけでは無いので生き物の分布とかわからないし、エリート大学生も分野違いだったらきっとわからないので仕方がない。
とりあえず枝が向かって右斜め下くらいに倒れたのでそっちへ向かう事にした。ついでにちょっと長めの枝を入手。蛇とかいたら怖いので進む方向の草むらをペシペシと叩きながら移動することにした。
へっぴり腰なのは許してほしい。
「水だ……!」
歩き始めて恐らく3時間ほど。決して良くない足場に苛つきながら歩き続け、幸運にも水場を発見した。ちなみにスポドリは全部飲んだ。日陰だろうと脱水症状になるので仕方がない。
求めていたのは川だったのだが、どういうわけか湖に出ていた。富士山に湖ってあっただろうかと一瞬不安になったが、富士五湖をテレビで観たことがあるので大丈夫だと思う。多分。
ただ、若干どころかめちゃくちゃ嫌な予感がしている。富士五湖と言えば、確か富士山が見える麓にある筈だ。急勾配がなかったのはそのせいだろうと推察はできるが、疑問点がない訳ではない。
「富士五湖から富士山……見えるよな……」
歩いたせいではない汗が頬を伝う。そのまま首筋を通っていく感触が嫌に気持ち悪かった。
もしかしたら富士山ではなく他の山の可能性もある。圏外になるのは何も富士の樹海だけではない。けれど、歩いてきた山中を思えばこそ、心のうちに灯った嫌な予感を無視できなかった。
日本の山と言えばスギだとかヒノキだとか、いわゆる針葉樹が主だ。あとは日陰を好む木。ヤシの木やバナナの木みたいなものは日本の山に自生していない。
そう。自生していないはずなのだ。
ギギギ、とブリキ人形のように首を動かし、視線を手元へと向ける。左手に抱えたそいつはどこからどう見ても南国にありそうな果実だ。
まだ食べていないのでヨモツナンチャラではないが、そもそもヨモツ…黄泉にはバナナとかないからカウント外だと思う。日本の食べ物になってから出直してきてくれ。
「緑のバナナって美味しくないよな……」
どう考えても街まではまだまだ時間がかかるだろうし、太陽は西に傾いている。空が赤くなっているのがその証拠だろう。
と、そこまで考えて、大学を出たときもう外が真っ暗だったことを思い出した。
1から6限目まで詰め込まれた講義。しかも6限は延長戦がある。講義が終わって大学を出る頃には他の学部生はサークルに行っているし、街灯もつき始めている。
つまり夜道を歩いていたらいきなり明るくなった訳なのだが、どうして今まで気が付かなかったのだろうか。二徹目だからだろうか。判断力の欠如がヤバイ。三徹目は教授にめちゃくちゃ怒られるのでやらないようにしているのだが、実質これは三徹目かもしれない。寝たい。
どの道このまま暗くなって危険度が増すだろう山を歩くほど馬鹿ではない。肉食の野生動物だって昼間はコンニチハしなかったが、夜行性の場合だって十分ありえる。動物は火を怖がるらしいし、もうこのまま火を焚いて一晩明かすしかない。
幸いなのは草食動物っぽい生き物がこのバナナっぽいのを食べているのを見つけられたことだろう。虫が居ないかはわからないが、毒のない食べ物を見つけられたのは本当に良かった。
ド素人が山菜を採って食って食中毒になるニュースは、頻度は高くないがそこそこある。残念ながら山っ子じゃない俺は草の見分けとかつかない。せいぜい筍がわかるくらいだ。食べれるかわからないものは口にしないに超したことはない。素人判断ほど危険なものはないのである。
「ちょっと怖いけど火通せばいける…よな?」
そうと決まれば日のあるうちに行動しなければならい。とりあえずなんかちょっと手頃な石を見繕い、なんかそれっぽく並べる。
枝は生木と枯れ木で何が違うのかわからないが、水分がない方が燃えやすそうなので落ちているものを集めた。ついでに落ち葉も集めた。スマホを見た。圏外だった。クソ。
正直なところ、夜道歩いてたらいきなり昼の山だったことに気がついたせいで、どれくらいの時間が経っているのかわからない。歩いているところを誘拐されて立った状態で山に放置されることは無いだろうが、その場合だと既に12時間以上は経過している筈だ。
ほぼ丸1日連絡が取れないともなれば誰か怪しんでくれると思いたいが、そんな頻度で連絡を取っている知人などいない。友達と仲が悪いとかではないが、1日くらい連絡がつかなくても俺は心配しないので多分向こうも心配しないんじゃないだろうか。
1週間か2週間くらい連絡が取れなくて捜索願いが出されるだろうと仮定すると、当分救助が見込めない。泣きそう。
できれば体を洗いたいし温かい風呂に入りたいが、 湖に何がいるのかわからなくて怖いのでやめた。ケツから入ってくるタイプの寄生虫もいるし皮膚から入ってくるタイプの寄生虫もいる。無理。もちろん水は濾過する。
空になったペットボトルと捨て忘れたペットボトルがあるのでなんとかなるだろう。本当は濾過した上で煮沸消毒したいがそんなこと言っていられる状態ではない。と言うか鍋もヤカンもない。
火のおかげでだいぶ熱くなった石の上に適当にバナナっぽいやつを置いて火を通す。木の棒に刺せればよかったが、取ってき忘れたので諦めた。
鞄の中から文具ケースを探しあて、カッターを取り出す。ペットボトルの底を切って逆さにし、ちょっと大きめの石、小さい石、砂っぽいやつの順に入れていく。水を注ぐものがなかったのでエナドリ1本を消費。
ソロリソロリと湖に近づいて付近に何もいないことを確認し、エナドリ缶で即席濾過装置に水を注ぎ込んだ。匂いの方も嗅いだ感じ淡水っぽかったので多分大丈夫だと思いたい。
バナナっぽいやつを突いたら結構熱かったのでひっくり返した。食べるタイミングが分からない。よく某産業革命国のメシマズをネタにしてきたが、今なら彼らの気持ちがわかる。火が通ってないって怖い。平成生まれの胃はそんなに丈夫じゃないのでお腹を痛める可能性が高すぎてウケる。全然笑えないけど。
イケるかイケないか全然わからないが、食べないとそのうち死ぬのでめちゃくちゃ熱くなったバナナっぽいやつを手にとって皮を剥く。やっぱこれバナナっぽいやつじゃなくてバナナだと思う。
食べたら食えなくは無い味だったので安心した。美味しくはない。
モゴモゴと口を動かして最後のひと欠片を飲み込みつつ、鞄の中身をもう一度検める。火が落ちたせいで少し肌寒くなってきた。上着くらいは入っていなかっただろうか。
キャンプには行かないけれど寝袋自体は持っているのだが、残念ながら大学のロッカーに置いてきている。山を降りるか救助されるまでは火を焚きつつ寒さに耐えて夜を凌ぐしかない。
苦し紛れに鞄の中を漁っていると、何か弾力のあるものに触れた。そう、寝袋のような。
「はン!?」
お前昼見たときなかったじゃん。
何なんですかね、これ。