聖人君子
東京土産、東京ばなな。
恐らく、隣県のここでも場所によれば買えるであろうお菓子を吉田さん家へ土産として買ってきた。それをまさか自分で食べることになるとは思わなかったが、思えばこれを食する機会は滅多になかったことに僕は気が付いた。
「意外と美味しい」
「そう、あたしのクッキーよりマシなのね」
食べてない物とどう比べれば良いのか。
そんな文句の句は、不貞腐れる吉田さん相手に出すことは出来なかった。居た堪れない気持ちになりつつ、口内で舌鼓を打たせるお菓子を噛み続けた。
食が細い影響もあって、一つ食べればしばらくお土産を食べる必要はないなと思ってしまった。
「食べないの?」
しばらくして、一緒に勉強に明け暮れる吉田さんに言われた。
「うん」
頷いて、一言二言フォローしておいた方が良いだろうと思った。とはいえ、これほど不貞腐れる吉田さんは珍しく、なんと声をかけて良いのか、今から言おうとしていることが正しいのかはわからなかった。
「あの……、やっぱり吉田さんのクッキーの方が美味しそうだったかなって」
「慰めはよしてっ」
駄目でした。
「あうぅ……」
僕は怒気交じりに怒鳴られて、唸ってしまった。
しばらく、再び居た堪れない時間が流れた。勉強に集中出来ていないのは、僕が勉強嫌いなせいか、はたまた吉田さんが不貞腐れているせいか。
「ご、ごめん」
これほどの居た堪れなさ、いつもならツンとして文句を言って、ここから逃げ出していてもおかしくなかったのだが、吉田さんには日頃お世話になっているからそうしようとは思わなかった。どうすれば彼女の機嫌が直るのか、そんなことを考えていた。
「……あ、あたしこそ、ごめん」
ただそんなことを悩む間もなく、吉田さんは僕が頭を下げている内に気を取り直したのか、そう言った。ただ、いつも優しい彼女らしくもない、申し訳なさそうな声だった。
「ごめん。くだらないことでカッとなっちゃった。本当、ごめん」
「そ、そんな……大丈夫だよ。僕こそ、ごめん」
「何がよ、あなた何も悪い事してないじゃない」
「……でも君は、いつだって正しい。そんな君が怒ったのだから、僕の行いに間違いがなかったわけではないんだろう」
吉田さんは、いつだって正しい。
しっかり者で、本当にいつも良くしてくれる。そんな彼女が、まさか自分のミスで不貞腐れて怒るだなんて、そんな子供じみたことはしないだろう。
「遠藤君」
「……ん?」
「買い被りすぎ」
そう言って、吉田さんは腹の虫がおさまったのか、微笑んでいた。
「……そんなことは」
「ある。何よ、それ。あたしそんな聖人君子じゃない。ただの女子高生だよ、あたし」
「でも君は、こうして僕なんかにも勉強を熱心に教えてくれるし、しっかり者だ」
「あなたの周り、そんなにしっかり者いなかったの?」
そう言われると黙るくらいには、僕の周囲の人間はまともではなかった。不貞者。虐めっ子。僕を見下す奴。
そんな奴ばかりだった。
なんとなく、今の吉田さんの話をうんと言ってはいけない気がした。それは、いつか抱いていた嶋田先輩への感情に似ていた気がした。実は憧れていたらしいあの人に、僕が理想を押し付けていたと知らしめさせられた一件の時の感情と、とても似ていた。
ただあの時よりも、否定しなければ、と思う気持ちは、どういうわけか強かった。
「買い被ってなんかないよ」
「どうして?」
「……だって、君は頭が良い」
「頭が良いから、あたしは聖人君子なの?」
「少なくとも、馬鹿には務まらない」
「馬鹿だとか頭が良いとか、そういう一つの指標での物差しで決めつけることは間違っていると思うけど」
言いたいことは、なんとなくわかった。だから反論の言葉は出なかった。
「そもそも、頭が良い人ほど、打算的に生きているとあたしは思う」
打算的だから聖人君子ではない。それはまた別問題の話な気がしたが、であれば頭が良ければ聖人君子である、というのも同じ話なのだろう。
「ほら、コンチャークだってイーゴリ公に良くしたのは、彼を取り込みたいからだったでしょ?」
思い出したように、吉田さんは付け足した。
まあ、そう言えなくもないのだろう。その辺は個人の受け取り方次第だ。
「じゃあ、君も打算的に生きているの?」
この辺でこの話題を終わらせない辺り、僕も少しだけ議論に熱が入っていた。
議論の内容は、吉田さんが聖人君子か、そうじゃないか。
恐らく、当人からしたら気恥ずかしくてさっさと終わらせたい内容。
僕からしたら……どういうわけか、そうだと認めさせたい、そんな内容。
「頭が良いかは別として、あたしだって打算的に生きているわよ」
思い通りの言葉を言ってくれない吉田さんに、頭に血が昇っていくのがわかった。
「じゃあ……じゃあさ」
僕は、続けた。
「どうして君は、僕に良くしてくれるのさ」
吉田さんに、言い放った。彼女の言う通りなら、この行いには彼女なりの打算があることになる。
「どうして、君に良くするか?」
「うん」
「……わからない?」
「うん」
本当ならば、ここで頷くことほど情けない話はないだろうが、生憎頷くことを躊躇うほどの恥も外聞も僕にはなかった。吉田さん相手には、既にかなり我を見せていた。それくらい、僕は吉田さんに良くしてもらっているし、信頼をしていた。
「……まあ」
「まあ?」
「それは今は、いいじゃない」
結局、どうやら吉田さんは折れたらしい。
「じゃあ、認めてよ」
「何を?」
「君が聖人君子だって」
吉田さんから、大きなため息が漏れた。
「遠藤君。あなたって、一度これと決めたら、実はかなり頑固よね」
「まあ、間違っていたら、後々君が正してくれるからね」
演奏会のダンス練習の時然り。
夏菜さんと嶋田先輩の関係を周囲に露呈されることを助長した時然り。
彼女はいつも、僕のあやまちを指摘し、正そうとしてくれる。
だから、怒気を孕んでそう言った。
吉田さんは、しばらく煩わしそうにして、何も言わずに苦笑した。
最近後書きで主人公への文句を書き連ねているが、嫉妬やない。これだけはハッキリしとる。
嫉妬やない。
嫉妬やない。
嫉妬や。これだけはハッキリしとる。
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