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ペア練習

 我が奈野原高校の吹奏楽部の所属部員数は、実に二百人以上にもいる。全国大会コンクール常連校であるが故、実にたくさんの生徒が憧れを持ちこの学校の吹奏楽部へと入部してくるのだった。

 巨大な部活形態も相まって、我が校吹奏楽部の年間に行う公演数は、実に五十を超える。それ故、ウチの吹奏楽部は負担分散の意味もあって、コンクールメンバー、マーチングメンバー、合唱メンバーの三グループへのグループ分けを行う。それが本入部間もない四月の中頃の話。

 厳正なるオーディションの結果、僕は一年生ながら実力者が集うコンクールメンバーの一員になることが出来た。


 しかしその結果には、当時さほど興味はなかった。

 ただ興味があったのは、夏菜さんがどのグループに配属されるのか。それだけだった。


 コンクールメンバーは、その名の通りコンクール主体に活動を行うグループ。いわば、この吹奏楽部の花形グループだった。

 故にこのグループに所属できる人は、この二百人超えの部活動の中において更に一層の実力者に限られた。

 夏菜さんの実力は、早朝練にたまに合奏、ペア練習をするから知っていた。

 多分、箸にも棒にも掛からぬ実力ではないと思えた。中学時代に全国大会に出場した彼女の実力は、先輩達にだってひけを取らないだろう。


 ただ、もし落ちていたら。

 その時は僕もコンクールメンバーを辞退しようと思っていた。

 僕にとってコンクールメンバーなんて、執着するほどの魅力はないものだった。


 幸い、夏菜さんは一年ながらコンクールメンバーに選抜されていた。

 その時の彼女の嬉しそうな顔は、中々僕の脳裏から離れることはなかった。


 とにかく、良かった。


 何せ、これで夏菜さんとの時間はまた確保出来たのだから。



 ……ただ一つ、憂うことがあるとすれば。



 夏菜さんの兄。嶋田先輩もコンクールメンバーに選ばれたことだろうか。


   *   *   *


 県内屈指のモンスター吹奏楽部の我が校の練習風景は、まず三グループに分かれ、そしてそのグループ内でもパート毎に分かれるところから始まる。そこからまずは音楽室の掃除を下級生である僕達一年が入念に行い、ある程度の時間までは合奏練習。それからは自主練と言う名のパート練習と相成っていた。

 僕が所属するトランペットパートは、別の教室へと移動し、各人が思い思いに練習を開始した。


「今日の合奏、皆としてはどうだった?」


 そんな中声を発したのは、三年でパートリーダーでもある中川先輩だった。


「はい、嶋田」


「そこそこは出来てたかな」


「はい、木澤さん」


「あたし、今日足引っ張ってました。何度も音外してごめんなさい」


「いいのよ、まだ始まったばかりだもの」


 そんな調子で、中川先輩は各パートメンバーに次々と今日の合奏の所感を聞いて回った。


 そして、僕の番。


「はい、遠藤君」


「僕は上手く吹けていたと思います」


「でも君は協調性がないよね。確かに上手いんだけど。あと、暗い。なんかじめじめしてる。梅雨時の湿気が高い外みたい」


 トランペットに対する情熱は軽薄だったが、そうまで言われるのは心外で僕はムッと口をすぼめた。

 そんな僕の様子に、中川先輩が気を留めた様子はなかった。


「はい、じゃあ総括します。あたしとしては、コンクールメンバーとしては今のままでは駄目だと思う。去年のコンクールメンバーの統一感、演奏技量、雰囲気。まだあたし達は何一つとして勝っていない」


 そりゃあ、それこそ中川先輩がさっき言った通り、僕達はまだこのメンバーでの演奏を始めたばかり。顔色を伺って本来の自分を出せなくても何もおかしかない。

 まあ僕は、どうやら地を出しすぎて叱られたらしいが。


「そんなわけで、少しでも早くステップアップする必要があると思うの」


「それで? 中川先輩、何をしたいの?」


 嶋田先輩は、なんだか心当たりがあるように言っていた。


「ペア練習よ」


「ペア練習?」


 まだ名前も覚えていない少女が首を傾げて言った。多分、上履きの色を見る限り同級生だろう。


「ウチの伝統練習だね」


 嶋田先輩が補足してくれた。ということは、多分この一連の流れも伝統行事なのだろう。伝統、文化を重んじるんだ、吹奏楽部は。

 その後、提案者である中川先輩は得意げに僕達にペア練習の概要を説明してくれた。まあ掻い摘んで言えば、ペア練習は密度の濃い合奏練習を行うために、まずはパート。更にはそれより小さなグループで互いの得手不得手を洗い出し改善していきましょう、ということだった。


 他称協調性のない僕は、その一連の話を聞いていくにつれて気が滅入っていっていた。名門の吹奏楽部に入部し、自己を磨き上げなければならない立場で、自分の得手不得手を客観視出来ず、誰かのフォローを借りるだなんてたかが知れていると思った。幸先に、幾ばくかの不安を覚えたのだ。


「じゃあ、ペアどうしよっか」


 しかし、ペア練習の概要を思い出し、心臓が少し高鳴った。

 これは夏菜さんと二人きりで練習出来るチャンスではないだろうか。


「じゃあ、木澤さんと雨宮さんはあたしが受け持つから」


 そう言ったのは、中川先輩。


「よ、よろしくお願いします」


「お願いします……」


 恐縮した二人は、夏菜さんとさっき名前も覚えてない同級生の子だった。


「基本的にこの練習は、一年は上級生と組むのが鉄則なの」


 さいで。

 途端にやる気がなくなった。


 成り行きに任せようと思った僕は、譜面に視線を落としながらさっきの合奏練習で気になった部分にメモ書きを走らせていた。


「よし、じゃあ決まりね」


 そんなマイペースな僕を他所に、どうやら具合は定まったらしい。


「それじゃあ、これから二週間はこれでよろしく」


 二週間後には、コンクールメンバーも演奏する福祉イベントが控えていた。演奏する場を最も重要視する講師の計らいらしいが、表舞台が好きではない僕には興味ない話だった。


 さてと。


 結局一人黙々と練習に励んでいたが、僕は結局誰とペアを組むのだろう。はたまた、ペアなんていなくて済んだのだろうか。


「じゃあ、遠藤。頼むぜ」


 しかし、どうやらそう上手くことは運ばなかったらしい。


 僕のペア練習相手となったのは、恋敵である嶋田先輩だった。

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