親の呪い
顧問が一人しかいない都合上、合唱メンバーがこの時間に合奏練習を音楽室でしていることは知っていた。
早足で、廊下を歩いた。上履きの裏地のゴムが鳴る音が、耳障りだった。
音楽室に着くと、鳴り響く声色、音色に気にも留めず扉を乱暴に開けた。
途端、声色と音色が止んだ。
一斉に、僕に視線が集中した。
気にも留めず、僕は音楽室内を見回して……さっきの女の元へと迫った。
「……おい、遠藤。練習中だぞ」
顧問の武田先生が、注意してきた。
「木澤さんをイジメてるのは、あんたか」
女に向かって、吐き捨てるように言った。
「……何のこと? 知らない」
惚ける中、一瞬見せた邪悪な笑みで確信した。この女だ。この女の今の顔は、かつて僕をイジメた連中が見せた顔と一緒だった。
「あんたの名は?」
「は?」
「良いから、答えろよ」
「……宮城エミ」
「彼女の教科書に悪戯書きをしたそうだな」
「だから、知らない」
「シュシュ、捨てたんだよな」
「知らないって言ってんだろ」
「……僕の教室にシュシュを捨てるあんたを、僕は偶然見てたんだ」
ホラを吹いた。
一瞬、女は驚いた顔をして……そうして、邪悪に微笑んだ。
「何よ、あたしを断罪しに来たの?」
「それ以外に何がある」
「悪いのはあっちでしょ」
責任転嫁する女は、再びイジメっ子の顔と重なった。
「木澤さん、嶋田先輩の妹なんでしょ?」
音楽室から、驚愕の声が上がった。
しめしめと女はご満悦な顔だった。
「それが?」
「だからぁ、木澤さんは嶋田先輩の妹なのよ」
「だから、それがなんだよ。それは他人に嫌がらせをする理由なのかよ」
女は、一瞬怯んで眉をひそめた。
「だからっ、あの女は嶋田先輩の妹だからコンクールメンバーに選ばれたって言ってんのよっ」
女は怒声を上げて、叫んだ。
「ふざけないで欲しいよ、本当に。そんな理由で……あたしは合唱メンバーであの子はコンクールメンバーだなんて、納得いかない!」
「だから、イジメた?」
「そうよ。悪い?」
「悪いに決まってる。あまりにも話にならない」
「それは兄の立場を利用したあの女だろっ!」
「それが、あんたの大義名分か?」
「……あ?」
「それがあんたの言い訳にもならない、くだらない大義名分かって聞いてるんだ」
そう言うと、女は嘲笑うように笑った。
「くだらなくなんてない。あの子が嶋田先輩の妹だから、あの子はコンクールメンバーになれた。それは事実じゃない。頑張ったあたし達は何だったのよ。不公平よ、不公平!」
……同調したのは、合唱メンバーの全員だった。
嶋田先輩と、夏菜さんの境遇を知り、彼女らが手を組んだと思って文句を言った。
くだらない文句を、吐いていた。
「……あんたは夏菜さんが、嶋田先輩の妹だからコンクールメンバーに選ばれたって言いたいわけか?」
「そうよっ!」
「……西田良治って知ってるか」
忌々しい名前を口にして、苛立ちが一層膨らんだ。
突然の僕の問いかけに、一瞬女は呆気に取られた。しかし突然くだらないことを言った僕を、女は再び嘲笑った。
「知ってる。日本でも一、二を争うトランペット奏者ね」
「そうだ。その西田良治だ。
妻がいるにも関わらず不貞行為を働いて、妻と息子を捨てて不倫相手と結婚した、西田良治だ」
「それが、何よ……?」
「……あの忌々しい男に捨てられた息子が、この僕だ」
女は呆気に取られていた。周囲は、静まり返っていた。
「もう一度、言ってみろよ」
「……え?」
「あんたは夏菜さんが、嶋田先輩の七光りでコンクールメンバーに選ばれたと思ったんだろ? だったら僕に同じことを言ってみろ。
僕は西田良治の息子。
あの男と血が繋がっている七光りだからお前はコンクールメンバーに選ばれた。
そう、言ってみろよ。
僕にも同じことを言ってみろっ!」
怒声を上げると、女は言葉を失った。
「どうした、なんで言えない。彼女なんかよりもよっぽど僕の方が七光りだ。なのにどうして同じことを言えない!
言ってみろよ。
彼女と同じようにお前はインチキ野郎だ。そう言ってみろよ!
本当はわかってるんだろ。
ただ、自分が劣っているだけってことを。
それを認めたくなくて、重箱の隅をつつくように嫌がらせをしているだけだろ、あんたはっ!」
再び怒声を上げると、返す言葉を失くした女は悔しそうに俯いていた。
「……あんた、いつも何時に学校来てるんだよ」
「……え」
「良いから、言えよ」
「……七時半」
「そうか、そうかよ。僕や夏菜さんは、いつも六時には学校に来てトランペット吹いてるよ」
最早、女に文句を言うだけの余力は残されていなかった。
「彼女、言ってたよ。コンクールメンバーに選ばれて、周囲の人達の上手さを目の当たりにして、それでも頑張らなきゃって、そう言ってたよ。だからどんなに辛くても朝早くに学校に来て練習してる。
君と違って、他人の足を引っ張って蹴落とそうだなんて、そんな醜いことは一切考えていないんだ!!!
それでも君は夏菜さんがコンクールメンバーに選ばれたことが可笑しいと言えるのかっ!!!
彼女より自分の方がコンクールメンバーに相応しいと、本当に言えるのかっ!!!!!」
自分からバラすんかーい
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