チョロい男
一日一話が限界…。
頼むから仕事早く終われ!
色々と貴重な体験が出来た演奏会も無事終わった。
あの演奏会前後で、僕は変わりたいと思った。好いた少女に振り向いてもらうため、どうすればよいのか。それを教えてくれたのは、恋敵。
前までの僕なら、素直に話を聞き入れたりしないような相手からの言葉を信じられたのは、多分その恋敵が僕のペア練習相手で、お節介で優しい人だと言うことを僕が知れたからなのだろう。
そんな一幕を経て、演奏会を終えた。
演奏会終わり、吹部の皆と打ち上げに出た。件の演奏会が終われば、コンクールメンバーは八月に待ち受ける吹奏楽部コンクールの練習に打ち込むことになり、少しだけこれまでと変わった練習風景が広がることになるそうだ。
だから、惜別と激励を込めての打ち上げだそうだ。
本当は打ち上げに興味もさほどなかったが、親しくなった嶋田先輩、吉田さんに誘われたこと。
そして夏菜さんが出るとあれば、数時間の拘束なんて屁でもなかった。日頃打ち上げなんて人が騒ぐ場所に参加しないたちであった僕だが、その場に行ってみると思ったよりも楽しむことが出来た。
今回の演奏会での僕の頑張りを皆が褒めてくれたことが、何より一番嬉しかった。
思えばこうして、他人にトランペット関連のことで手放しに褒めてもらったことは、自己評価の高さとは乖離して一度だってなかった。
だから僕は、照れるばかりで素直にお礼の言葉も口にすることは出来なかったのだが、どういうわけかツンデレとして定着した部内での僕のイメージよろしく、皆はそんな僕の態度を微笑んで受け入れてくれた。
そうして打ち上げも終わり、たくさんの教訓を得た僕はまた平々凡々な日常へと舞い戻っていった。
吹部の練習。
退屈な授業。
「ほら遠藤君、ここまた間違っている」
そして、辛い勉強会。
少しだけ、変わったことがあった。
それが何より、この吉田さんとの、勉強会だった。
先日の演奏会の一件以降、同じクラスで同じコンクールメンバーである吉田さんと僕との関係は一気に縮まった。
毛嫌いする人から、しっかり者の面倒見が良い人。
現金にも、たった数週間よくされただけで僕の中の吉田さん評はここまで改善されていた。
吉田さんは、しっかり者で面倒見が良かった。
とにかく彼女は、怠け者を放っておけないたちだったのだ。
彼女は、クラスでも人気者だった。僕がもし彼女と同じ性格であれば、もしかしたら過去の辛い事件もなかったのではないかと思うくらい良い人だったから、彼女は人気者だった。
そんな彼女は、恐らく僕の先日の僕の演奏を最も褒めてくれた人だと言って差し支えなかった。だからか、彼女は僕の中間テストを見た時に、思わず絶句したのだ。
そこまで深刻だとは思わなかった。
彼女なら、別にテストの点数を見せても良いだろう。そう思い見せて、呆れられて、僕はその時の自分のしでかした行いを呪った。
こうして怠け者を放っておけないたちな吉田さんによる、僕への勉強会は始まった。
辛い辛い勉強会が始まって……今に至る。
「ほら、また同じ間違いしている。問題文をキチンと見て。方程式を当てはめるだけなんだから、簡単じゃない」
「パッとこの方程式を使うだなんて、わからないやい」
「ややこしく考えるからいけないの」
「出来が悪いんだから仕方ないだろ」
「本当、嫌なことになると途端に饒舌になるわね」
吹奏楽部の練習は、早朝から始まり夜まである。それがない時間も授業があり、おかげで僕達は昼休みを返上して勉強会を開くことになるのだった。
昼、一緒にご飯を食べて、そうして図書館へ行き勉強をする。
喧騒とする廊下と校庭。
幸いにも、騒がしいことは嫌いな僕がそれにうつつを抜かすことはなかったが……さりとてわずかな自由時間を奪われることも嬉しくなかった。
「遠藤君、そんなに勉強嫌い?」
吉田さんは言った。
「嫌い。大嫌いだ」
つい先日、嫌いなことにチャレンジする重要性を知らしめさせられたのに、それにしてはくだらないことを僕は言っていた。
「どうして?」
「……昔、お前は頭が悪いと皆に馬鹿にされたから」
小学校時代は、本当にほんの少しの隙でも見せれば鬼の首を取ったかのように茶化された。浮気者の息子だから頭が悪いんだ。浮気者の息子だからお前は一生上手くいかねえ。
そんなしょうもない暴言を吐かれた回数は、一度や二度ではなかった。
初めは、それに歯向かおうと必死に勉強をし見返そうと思った時期もあったが……いつしかその気も失せて、テストの点数をひた隠しにするようになった。
その点からも、吉田さんにテストの点数を見せたことがどれだけ僕が彼女に心を開いていることかの証明であることは明白だったが、結果は御覧の有様だった。
「思った以上にしょうもないわね」
「しょうもないもんか。徒党を組んだ子供は、無邪気という無慈悲さも相まって大人より厄介極まりない」
「子供、嫌いなんだ」
「子供というか……人が嫌いだ」
言ってから、それにしては僕は吉田さんへは随分心を開いているじゃないかと内心で突っ込んだ。それくらい、僕は彼女のことを信用した。同様、嶋田先輩、夏菜さんも。
「まあ、そこはとやかく言わない」
「そうしてくれると助かる」
「ただ、遠藤君」
「……はい」
「勉強はしっかりしましょう。逃げ出しても良い事はないわ」
「……でも、嫌なものは嫌だ」
堂々巡りしている内心も、嫌になった。
「遠藤君。遠藤君は、勉強に対する成功体験がないから手控えてるだけよ」
「……と、言うと?」
「もし勉強で良い点を取れば、多分遠藤君は勉強を頑張る気になる。生憎これまで勉強で成功してこなかったから、嫌になって逃げているだけ。
トランペットだってそうだったでしょ?」
「……そうかも」
なんだか酷く、腑に落ちた。
「だから、勉強頑張りましょう。必ずあたしが良い点取らせてあげるから」
「……ホント?」
「女に二言はないわ」
信用した吉田さんにそこまで言い切られると、嫌なことでももう少し頑張ってみようと思うのだから僕は簡単な男だった。
「わかった」
「遠藤君、チョロいわね」
「……うっさいなあ」
これまでヘソを曲げたことへの報復か、茶化された。
カーッと赤くなった頬を見せたくなくて、僕はそっぽを向いた。
「……吉田さん」
「ん?」
「ごめん。あの……ありがとう」
「……ツンデレ」
結局僕達は、昼休みいっぱい図書館で勉強に明け暮れた。
多分、女なら典型的ツンデレと呼ばれた主人公。性転換すればええんや。
評価、ブクマ、感想宜しくお願いします。




