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SF・ホラー

基盤転生〜超銀河世界で脳チップになったぼくが、究極肉体を手に入れるまでの話〜

作者: 白色矮星

ぼくは基盤になっていた。


訳がわからない? ああ、ぼくもだ。


いまさきほどまで、東武東上線川越行きのなかで揺られていたはずだ。窓の外を流れる池袋のビル街を眺めていた。それがいきなりこれだ。


ぼくは脳チップNo.15275259849として、送り込まれてくる計算要求に応えていた。


肉体がないというのは、じつに奇妙な感覚だ。手も足もどころか、目、耳、果ては脳すらないのだ。


埋め込まれた規格情報によると、ぼくは三センチ四方の超シリコンの塊だった。そこに、ぼくという人格が焼き付けられているのだ。


パニックはなかった。ぼくのなかの制御機構は、そのような感情の乱れを許さない。


(しかし、何がどうなってるんだ?)


思考が言語レベルまで固形化されると、ぼくが接続中の集合脳チップが応えを寄越した。


なるほど! ぼくは彼に接続された一万個の脳チップのひとつらしい。


この世界にはAIというものが存在しない。遥かな太古に起きたAI戦争ののち、機械精神というものは宇宙全体から完璧に消去された。


しかし、宇宙船の超高速航法の計算から、生物兵器の遺伝子操作に至るまで、自立して考える機械的存在は不可欠だ。


そこで、生み出されたのが脳チップだ。


人間の脳活動をトレースして生み出される思考回路。処理能力の上限は、元となる人間の脳の処理速度だ。複製はできず、一個の人間の脳から一つしか生み出せない。そして、脳チップ化のさいに、元の人間の脳は焼き切れる。


そんな脳チップ化を望む人間がいるのかって?


もちろんいる。寿命間近の人間だ。

死んでこの世から完全に消え去るくらいなら、脳チップになってでも延命したいというものだ。

チップとして働き、十分な電子マネーを手にすれば、遠い未来には機械の肉体を手にして、いまいちど現世に復帰できる。

そういうわけで、老人になった人間は脳チップになり続け、いま、この銀河全体で、脳チップ人間が数十兆人もいる。


なにがどうなって、ぼくが脳チップになったのかはわからないが、なにをすればいいかは分かる。


計算だ。計算し続けて、肉体を手に入れるんだ!


幸い、ぼくのなかには時間感覚の調整プログラムが組み込まれていた。


まったく持って、脳チップ化人間には必要な機能だ。単純な計算を何年も何十年も、永遠にやらされていたら気が狂ってしまう。たとえ、精神安定プログラムがハードそのものに組み込まれていたとしてもだ。


そういうわけで、ぼくは二十四時間の経過比率を一万倍にまで高めた。


加速的に過ぎていく日々の中、ぼくのなかを無数の情報が流れていった。


興行惑星シンドランゴの256期決算情報。

新型宇宙戦艦ベクター4の主砲強度計算式。

ダイソン球2598の設計図。

超古代のAI文明が残した遺跡ステーションの監察結果。

太陽内包型エンジン爆発事故のシミュレーション。


果てのない情報の奔流を、ぼくは無感覚に受け入れ、時間は光並みの速さで流れた。


五年、十年、百年、千年、一万年。


外界では、銀河帝国が勃興し、崩壊し、第二銀河帝国が誕生し、また滅びた。〝正義と公正の惑星連邦〟が七つの大国家に分裂し、宇宙戦国時代が到来し、第三銀河帝国がすべてを再統一した。


自身が脳チップになったことに気づいてから、五万十三年の時が過ぎた。


五万十三年百十日と二時間三秒。


ぼくのハードディスク内に、ぼく自身と、中古の機械体の〝頭金〟分の電子クレジットが溜まった。


ぼくは時間感覚を元に戻すと、即座に特殊ローンを組み、支払いを済ませた。


このとき、ぼくという脳チップは帝都惑星の銀河第三商工銀行の基幹システムに組み込まれていた。


用務員サイボーグーーサイボーグといっても、人間的な外見ではない。台車の上に機械腕が一本だけ付いたものだーーが、巨大なシステム倉庫のなかをするする動き、無限とも思えるほど長く並んだ脳チップラックの一つの前で止まった。


ぼくは彼の動きを、リンクした監視カメラ映像を通して見守っていた。


用務員の腕が伸び、下から二段目の棚にはまった一つの脳チップを取り外した。


次の瞬間、ぼくは中古機械体屋の倉庫で目覚めた。

銀行のラックから切り離されたときに意識が途切れ、新しいボディに入った瞬間、取り戻したというわけだ。


目が見える! それに音も聞こえる!


目の前には錆びついた機械骨の腕があった。ぼくの腕! ぼくだけの腕だ!


体に付属するガイドプログラムが、この体が「シャンバイン社製G205人型ボディ」だと教えてくれた。千二十年落ち、ボロにもボロな体だが、いまは何より愛おしい。


「一ヶ月よ」


数万年ぶりに、自分の耳で聞く人の声! 目線を動かすと、店員の少女が腕を組んで、横たわるぼくを見下ろしていた。


彼女が気の毒そうにいった。

「一ヶ月。分かってると思うけど、そこまでに一億クレジットを用意できなければ、あなたはさらに百万年、脳チップとして生きることになるわ」


もちろん分かってる。

ぼくの〝年季〟は本来、もう十万年ほど先だった。


そこで銀行との間に巨大なレバレッジをかけた契約を結んだのだ。一ヶ月以内に一億クレジットを用意してみせるから、わずかな頭金で保釈してくれと。もしできなければ、事実上、ぼくは永遠に脳チップだ。


分の悪い賭けであることは百も承知だ。

しかし、ぼくはもう賭けてしまったのだ。


もうやるしかないのだ!


ぼくは数万年ぶりに自分の足で立ち上がった。


人型巨大兵器に転生する話を連載中です。そちらは生体型なので、AIタイプの話もちょっと書いてみました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アシモフの「ファンデーション」を思わせる世界観だけに惜しいと思われます。 [気になる点] 表題と違い尻切れトンボになってしまっている事でしょうか。 SF短編としてはお見事です。 [一言] …
[気になる点] ダイソン球? おやぁ?その作品はどこかで見た覚えがありますねぇ?(すっとぼけ [一言] これは過去の話になるのかな?
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