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義姉と義弟はパーティーに行く3

 校舎の裏手に森があるとは知っていたけれど、わたくしは立ち寄ったことがない。

 イルゼ嬢に手を引かれつつ入った森は想像よりも鬱蒼としていて、陽光を弾いて煌めく緑が澄んだ色でとても綺麗だった。そして、草いきれのよい香りがする。


「……気持ちいいわね」

「はい!」


 空気を吸い込みながらぽつりと言うと、嬉しそうに返される。イルゼ嬢に導かれるままにしばらく歩くと、開けた場所に横倒しになった丸太がどしりと鎮座した場所にたどり着いた。どうやらここが目的地らしい。

 イルゼ嬢は丸太の上に布を引いてから、わたくしにちょいちょいと手招きをした。


「どうぞ、お姉様。座ってください」

「ふふ。じゃあ、お邪魔するわね」


 丸太がころりと転がらないかと心配になりながらも腰を下ろすと、意外にしっかりと体を支えてくれる。そのことにほっとするわたくしの隣に、イルゼ嬢が腰を下ろした。


「ちょっと、息抜きにいい場所でしょう?」


 明るく言って空を見上げるイルゼ嬢につられて、わたくしも視線を上げる。

 光によって透き通る緑の隙間から綺麗な青空が覗いていて――その青はナイジェルの瞳の色を思い出させた。

 ……こんな時まで、ナイジェルのことを思い出してしまうのね。

 思考がすぐに彼のことに流れてしまう自分に、心底呆れを感じてしまう。


「イルゼ嬢は、どんな時にここに来るの?」

「つらいなーってことがあった時が多いですね」

「つらいこと?」

「はい。家のことをひどく言われると、やっぱりちょっと落ち込みます」


 イルゼ嬢の父親はやり手の商人で、元平民。彼は没落しかけの子爵家を、婚姻という形で買い取り貴族となった。それをよく思わない人々――特に貴族だ――が多い。


「悔しいけれど、父の商売に障るなーって思うと言い返すのは難しくて。……お姉様と一緒にいる時には、なにも言ってこない弱虫たちのくせに」


 イルゼ嬢はそう言うと、愛らしい唇を尖らせた。


「ふふ、じゃあもっと一緒にいないとダメね」

「それはすごーく、助かっちゃいます! 家族の悪口って、聞いて楽しいものではないですから」


 嬉しそうに微笑まれ、つられてこちらも笑顔になる。


「イルゼ嬢は、ご家族を大事にしているのね」

「私、父のことも母のことも大好きなので。世間では父が母と爵位を金で買った、なんて言われてますけど。うちの父母は恋愛結婚なんですよ」


 その言葉を聞いて、わたくしは目を瞠った。そんな話は聞いたことがなかったのだ。


「まぁ、そうなの?」

「はい。二人とも見ていて恥ずかしくなるくらいに熱々なんです」


 嬉しそうに言うイルゼ嬢を見ていると、申し訳ない気持ちが胸に湧く。

 爵位のため、そして今後の商売のための婚姻なのだと……。世間で囁かれるそんな噂を、わたくしは疑わずに飲み込んでいた。そんな自分が恥ずかしい。


「……ごめんなさい。わたくし、世間の噂をそのまま信じていて」

「いえいえ、謝らないでください! 表で起きた事象だけ見れば、そうとしか思えませんからね。裏にどんな事情があるかなんて、実際に蓋を開けるまでわからないものですし」


 謝罪をするわたくしに、イルゼ嬢はあっけらかんと言ってくれる。その優しさが、とても嬉しかった。


「蓋を開けるまでわからない……ね」


 ――ナイジェルのことも、そうなのだろう。

 わたくしからは見えないなにかがたくさんあって、推測が届いていないことが山ほどあるはず。

 その見えていないものは、わたくしにとって都合がいいものなのか、悪いものなのか。

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