義姉と義弟はパーティーに行く2
「……イルゼ嬢」
「気分が悪いのでしたら、保健室までお供しましょうか? 私もちょうど、次の授業をさぼりたかったところですし」
悪びれもせず言って舌を出すイルゼ嬢を見ていると、口角が自然に上がっていく。気持ちが沈んでいる時に、彼女の明るさはありがたい。
「気分が悪いわけじゃないの。少しだけ気持ちが沈んでいただけで」
「気持ちが、沈んで」
「ええ、だから……」
「やっぱり、次の授業はさぼりましょう! うん!」
イルゼ嬢は、遠慮ない力でぐいぐいとわたくしの手を引く。
「ちょっと、イルゼ嬢!」
「元気が出るように、気晴らししましょう。お姉様!」
華奢に見えて、彼女の力は強い。目を丸くする同級たちが見守る中、わたくしはイルゼ嬢に校舎の外へと連れ出されてしまった。
「お姉様、なにかしたいことはありますか?」
「待って、わたくし授業をさぼったことが一度もなくて……。さぼり方がわからないのよ」
イルゼ嬢の足は早い。それに合わせて歩いていると、自然に息が切れてしまう。そんなわたくしの様子に気づいたのか、イルゼ嬢は歩調を緩めてくれた。
「じゃあ私が、お姉様のおさぼりのはじめてをいただくわけですね」
「おさぼりの、はじめて」
「私が……悪いことをたくさん教えてあげます」
そう言って、イルゼ嬢は少し悪い笑みを浮かべた。
『悪いこと』は困ってしまう。わたくしは筆頭公爵家の令嬢という、手本となるべき立場なのだ。
「わ、悪いことは困るわ。わたくしその、一応は皆の規範とならなければいけない身なのだし……」
「お姉様は生真面目で可愛いなぁ」
イルゼ嬢はケタケタと楽しそうに笑った後に、「うーん」と小さくつぶやいて思案顔になった。
「じゃあ、そうですね。食堂でサンドイッチを買って、校舎裏の森でピクニックをしませんか?」
……ピクニック。
下位貴族や庶民の間で流行っている、食べ物を持ち寄って野外で食べる行楽のことよね。
楽しそうだと思いながらも一生する機会がないと思っていたから、イルゼ嬢の提案には少し心が踊ってしまう。
「ピクニックなんてはじめてだわ。……楽しそう」
「お姉様ならそう言ってくれると思ってました! お気に入りの場所があるんです。そこで食べましょう?」
はつらつとした笑顔のイルゼ嬢に連れられまずは食堂へ行き、山盛りのサンドイッチを購入する。それを食堂で借りたバスケットに詰めて、わたくしたちは森へと向かった。
背後から高らかなチャイムの音が聞こえ、次の授業のはじまりを告げる。
不安になって振り返ろうとするわたくしの肩を、イルゼ嬢が強く抱いた。
「お姉様、逃しませんから」
「に、逃げる気はないわよ。ええ」
こくこくと頷くわたくしの手を、イルゼ嬢がぎゅっと握る。
――お友達とこんなふうに過ごすのは、はじめてね。
握られた手を見つめながら、わたくしはそんなことをしみじみと思った。




