義姉は感情を持て余す21
「面倒だな……。忘れてはいけませんか?」
「絶対に忘れないで。いいわね」
気乗りしない様子のナイジェルに念押しをしてから、美しい黒髪を翻しつつエメリナ様は去って行く。
二人きりで話していた要件は、このことだったのだろうか。そして……それだけだったのだろうか。『パーティーにナイジェルを誘う』という話だけなら、わたくしを部屋から出す必要はないように感じる。
首を傾げながら思考していると、首筋に温かな吐息を感じた。ナイジェルがわたくしの首筋に顔を埋めたのだ。滑らかな唇が肌に何度も触れ、少しばかりくすぐったい。
――というか、なにをしてるのよ! この子は!
「くすぐったいからやめなさい!」
「姉様、ご無事でよかったです」
「……マッケンジー卿がいるのだから、無事に決まっているでしょう!」
「その名前は、聞きたくないです。あの方は無条件に姉様に信頼されていて、ずるい……」
「ひゃあ!?」
首筋の薄い肌を吸い上げられ、わたくしは淑女らしくない情けない声を上げてしまう。
「ばか! もう! 離しなさい!」
必死にナイジェルの腕をぱしぱしと叩くと、彼は名残惜しそうにしながらも離してくれた。
じゅうぶんな距離を取って、涙目でナイジェルを睨みながらなんだか熱いような気がする首筋に触れる。
ナイジェルはこちらに近づいてくると、わたくしの頬を優しく撫でた。
「姉様、やっと二人きりですね」
じっと見つめられそんなことを言われて、わたくしは呆れ含みの苦笑を零してしまう。
「ぜんぜん二人きりじゃないわよ。先ほどから、たくさんの人が行き来しているじゃない」
――そう、ここは詰め所で。先ほど事件があったばかりなのもあり、たくさんの兵士たちが往来している。
そんな中でさっきのようなことをされて、恥ずかしいったらないわ。チラチラと見られてしまっているし。
「そうですね、早く寮に戻りましょう。今日はいろいろなことがあってお疲れでしょう?」
ナイジェルの言う通り、いろいろなことがあった。
襲撃も大事件だったけれど自分の気持ちに気づいてしまったことがわたくしにとっては大きな事件で、これからどうするべきなのか悩ましく感じてしまう。
部屋は分かれているとはいえ、意識している男性と一緒に暮らすのもどうなのかしら。だけど今さら部屋を分けたいなんて言って、理由を訊かれたらどう答えたものか――
「姉様?」
「ナ、ナイジェルこそ。あんな大立ち回りをした後だもの。疲れているんじゃなくて?」
「僕は平気です、鍛えておりますから。あれくらいの立ち回りなら、何度あっても大丈夫です」
「……何度もあったら困るわよ」
苦笑いをするわたくしの手を、ナイジェルがそっと握る。そして優しい力で引かれた。
手を繋いで詰め所を出れば乗ってきた馬車が停まっており、御者がわたくしたちの顔を見てほっとしたように息を零した。兵士が連絡をして、ここまで連れてきてくれたのだろう。
馬車に乗り込むと、安堵した心地になり吐息が零れた。慣れない場所にいることに、少しばかり緊張していたらしい。
ナイジェルがわたくしの手を離す様子はない。
この手で、エメリナ様のエスコートもするのね。
公爵家の令息と王族の姫が連れ立って現れるなんて……会場ではきっといろいろな噂が立つのだろう。
「ねぇ、ナイジェル」
「なんです、姉様」
「エメリナ様と、パーティーに行くのね」
「ええ、まぁ。少し、事情がありまして」
訊ねてみれば、彼は明らかに濁しながらそう答えた。
「……そう」
『事情』……ね。
マッケンジー卿は『近い未来に知ることが許される』と言ってくださったけれど。
蚊帳の外は寂しいと……少しだけ思ってしまうのだ。




