義姉は感情を持て余す19
しばらくマッケンジー卿と街をぶらぶらしてから、詰め所へと戻ると――
「本当に馬鹿ね、ナイジェルは」
「馬鹿とはなんですか、馬鹿とは」
「あら。自覚がないのなら、さらに大馬鹿よ」
「エメリナ様にそんなふうに言われる筋合いはありませんよ。エメリナ様だって――」
気安い雰囲気で話すナイジェルとエメリナ様の声が、薄く開いた扉の向こうから聞こえてきた。
……ナイジェルったら。わたくしと話す時よりも、砕けた口調な気がするわ。
身分が釣り合った、美しい見目の男女がこれだけ仲がいいなんて。いかにも『ただならぬ』という感じじゃないの。
胸の奥からもやもやとした気持ちがこみ上げる。その正体なんてわかりきっている。
これは――明確な嫉妬だ。
「……楽しそう」
小さくつぶやいて、ついついお行儀悪くつんと唇を尖らせてしまう。そんなわたくしに、マッケンジー卿はにやりと意地の悪い笑みを向けた。
「こちらも見せつけますか?」
「見せつける?」
「腕でも組みましょうか」
楽しそうな声とともに、太く逞しい腕が目の前に差し出される。
マッケンジー卿ったら、完全に面白がっているわね。
「…………そうですね」
わたくしはしばらくその腕を見つめた後に……自らの腕をそっと絡めた。
ナイジェルがどんな反応をするのか、見てみたいという誘惑に勝てなかったのだ。
……そもそも反応なんてするのかしら。
反応したとして、それはどういう気持からのものなのだろう。
「そういえば……。中に入っても、もう大丈夫なのかしら」
大切な話はもう終わったのかしら。軽い口調での会話から察するに、大丈夫な気はするけれど……
「人の耳を憚るような話は、もう終わっているでしょう」
「人の耳を憚るような話……ね」
わたくしの気持ちを知っていてこういう言い方をするのだから、マッケンジー卿は意地悪だわ。
上目遣いで睨みつけると、楽しそうに笑い声を立てられる。その声を聞きつけたのか、ガタリと椅子を引くような音がして軽い足音がこちらへ向かってきた。
「マッケンジー卿、姉様。お戻りになったのですね!」
そして笑顔のナイジェルが顔を出し――腕を絡めあったわたくしたちを見て表情を凍りつかせた。
「……ナイジェル?」
「姉様、それはダメです」
「ダメ?」
「距離が、近すぎます!」
ナイジェルはそう叫ぶとつかつかとこちらに歩み寄り、マッケンジー卿の腕からわたくしを素早く剥がす。
そして、自分の腕の中にしっかりと囲い込んでしまった。
……こちらの方が問題のある距離だと思うのだけど。
そう思いながらも、必死な力で抱きしめられるのが嬉しくて頬が緩んでしまう。
――嫉妬、からなのかしら?
ちらりと見上げたナイジェルの表情には悲壮感すら漂っていて、内心猛省する。
こんな、人を試すようなことはよくないわね。二度とやらないようにしないと。
結局。どういう感情からのこの反応かなんて……わたくしには判断できないし。
「やっぱり、二人で出かけさせるんじゃなかった。マッケンジー卿の毒牙に姉様が……」
「おいおい、人聞きの悪い。俺はずっと亡妻一筋だぞ」
「自分よりも四十も下の女性と腕を組んで、鼻の下を伸ばしてる男のどこが亡妻一筋ですか!」
「鼻の下なんか伸ばしてねぇよ!」
「姉様は可愛いので、伸びないわけがないんです!」
ナイジェル、なんだか話がおかしい方向に行っているわ。
すっかり逞しくなったわね……と感心してしまう分厚い胸板をぽんぽんと叩く。するとナイジェルは、ハッとした表情でこちらを見た。
「姉様、マッケンジー卿におかしなことはされませんでしたか?」
「されていないわ。マッケンジー卿は紳士だもの」
手の甲に口づけはされたけれど。『おかしなこと』ではないわよね。
「――そうよ。私の遠縁であるマッケンジーが、そんなことをするわけがないでしょう?」
その時。愛らしくも不機嫌そうな声が狭い廊下に響いた。
そちらを見ると、腕組みをしたエメリナ様が鋭い目でこちらを見つめていた。




