義姉は感情を持て余す18
「まぁ、意地悪はこのへんまでにしましょうか」
マッケンジー卿はこほんと咳ばらいをすると、おどけたようにウインクをする。その憎めない様子に、わたくしの羞恥からの小さな怒りはすぐに萎んでいった。
彼は表情を引き締め……少しの沈黙の後に口を開いた。
「ウィレミナ嬢……。ナイジェルは自分ではどうしようもない、いろいろな事情に取り巻かれている。なにがあっても、アレを信じてやってください。今の俺にはそれしか言えません」
口下手な騎士は途中で「あー」や「うー」などという唸りを何度も挟みながらそう言うと、眉間に深い皺を寄せてから頭を掻いた。その姿は大きな熊が困っているようで、少し可愛らしく感じてしまう。
『ナイジェルのいろいろな事情』。――マッケンジー卿は、わたくしの知らないナイジェルのことをたくさん知っているのだろう。
彼は昔から『王族』に仕える騎士で、その機密を知っていてもおかしくないものね。
「マッケンジー卿」
「なんです、ウィレミナ嬢」
「わたくし、今は想像でしかナイジェルが置かれている状況のことを測れなくて。それが少し……もどかしく思っています」
「……そうですか」
ぽつりぽつりと胸の内に溜まったものを零すと、マッケンジー卿からの優しい視線が向けられる。わたくしはその視線を受け止め、少しためらった後に再び口を開いた。
「いずれ、わたくしにも知ることを許されるでしょうか」
「ええ、きっと。近い未来に知ることが許されるでしょう」
大きな手が伸びて、わしわしと少し強めに頭を撫でられる。
大柄な体躯の騎士は顔に刻まれた皺を深めながらにかっと笑い、その笑顔につられてわたくしも思わず笑みを零した。
「……マッケンジー卿」
「なんでしょう、ウィレミナ嬢」
「わたくし、貴方に恋をしていた頃があったのですよ」
そう、『恋をしていた』のだ。終わった今だから、こうやって羽根のように軽やかに簡単に口に出せる。
胸の内に今ある想いは表に出すと失ってしまいそうで恐ろしく、やすやすとは口にできない。
マッケンジー卿はきょとりとした顔をした後に、唇の端を上げて悪戯っぽい表情を作る。
「光栄です、レディ」
そしてわたくしの前に跪くと、手の甲にそっと唇をつけた。
――昔から、何度も夢見た光景だ。
恋の残滓が喜びに震え、けれどそれ以上のざわめきが起きることはない。
昔のわたくしだったら……飛び上がって喜んだのでしょうね。マッケンジー卿の浮かべている、ただ『孫』を見るような表情にも気づかずに。
「淑女が勇気を出して、過去の恋を告白したのですよ? 頬のひとつでも染めてくださればいいのに」
「そのお言葉は、白い頬のレディにお返ししましょう」
拗ねたように言ってみせれば、笑いながらそう返される。
「さて、可愛らしいレディ。今はどなたを想っているのです?」
立ち上がり、再びわたくしの手を引くマッケンジー卿が面白がる表情でそう訊ねてきた。
「どうして、わたくしが恋をしていると?」
「……ナイジェルを見る目が、そう語っておりましたので」
堪えきれない笑いとともに告げられた言葉を聞いて、わたくしは数度目をぱちくりとさせ……
頭のてっぺんから煙を噴き出しそうなくらいに、顔を熱くした。
「も、もう! マッケンジー卿!」
「ほら、顔が真っ赤だ」
「な、内緒ですからね」
「そうですな。俺とウィレミナ嬢だけの秘密です」
「絶対にですからね!」
「はい」
ああ、だめだわ。なかなか顔の熱さが引かない。
「うん、あいつには絶対言わない方が……面白いな」
マッケンジー卿がぽつりとつぶやいた言葉は顔を手で扇ぐのに忙しいわたくしには聞こえず、首を傾げるとまた強めに頭を撫でられてしまった。




