義姉は感情を持て余す17
「ウィレミナ嬢、すまないですね。疲れてるだろうに、連れ出すようなことになってしまって」
「いいえ。平気です、マッケンジー卿」
詰め所を出た後。マッケンジー卿に気遣うように言われて、わたくしはふるふると首を横に振った。
襲撃は、たしかに精神的なショックが大きい出来事だった。
だけど……過去にも遭遇したものだし、これからも遭遇する可能性があることだ。いつまでも怖がり、震えてなどいられない。
「貴女は、昔からお強い方だ。少し心配になるくらいにしっかりとしている」
マッケンジー卿はそう言ってふっと笑うと、こちらに大きな手を差し出した。その手のひらに手を載せると、案外手慣れた様子で優しく引かれる。
「ふふ」
「どうされました、ウィレミナ嬢」
「いえ。エスコートに慣れてらっしゃるなと。あまり社交にいらっしゃる印象がなかったので、少し意外で」
警備ではよく見かけていたけれど、彼は誰かの手を引く光景は見なかったと思う。少なくとも、以前までは。
「ああ。最近ちょっとうるさいお嬢ちゃん……いや、エメリナ様に、よく付き合わされるので」
マッケンジー卿は困ったように頭をかく。あの美しい王女様は、国一番の騎士様を社交に引っ張り回しているらしい。
「エメリナ様と仲がいいのですね。なんだか意外なことばかりです」
「俺の亡くなった妻がご側室の親戚なんですよ。だからあれが小さい頃から、顔を時々合わせていたもので」
「奥様の……」
マッケンジー卿とはそれなりに長い知り合いだと思っていたのだけれど、本当に知らないことばかりだ。
ナイジェルに関しても、そうだ。
我が家に来る前のことも、騎士学校にいた間のことも、マッケンジー卿のところで働いていた頃のことも。
――エメリナ様と、ナイジェルの関係のことも。
わたくしは、どれもよくは知らないのだ。
「……知らないことがあるのは、寂しいものですね」
すべてをつまびらかにすることばかりが、正しいことだとは思わない。
けれど大切な人のことを知らないことは寂しく思えて……知っている人への嫉妬も感じる。
「それは、ナイジェルのことを知りたいということですか?」
「――ッ」
マッケンジー卿に笑い含みにそう問われ、わたくしの頬は熱くなった。
大きな身長差があるので下を向いていればバレないだろうと顔を伏せていると、「耳が真っ赤ですよ」とからかうように言われてしまう。
「ど、どうして。そう……思ったんですか」
涙目になって見上げながら、赤くなっているのであろう頬を片手で覆う。
そんなわたくしを見て、マッケンジー卿は楽しそうに笑い声を立てた。
「先ほど、エメリナ様とナイジェルのことをなにか言いたげな目で見ていたので。そうなのだろうと思いました」
「そ、そ、そんな目を……わたくししていましたか?」
「していましたよ、ウィレミナ嬢」
「ナ、ナイジェルには……内緒にしてください!」
「なぜ、内緒に?」
「…………恥ずかしいからです」
知りたいと思った理由の根っこには、わたくしの『嫉妬』がある。それをナイジェルに知られるのは、恥ずかしいことだ。
マッケンジー卿は「教えた方があいつは喜ぶと思いますがなぁ」と口元をにやつかせながら言ってまた快活に笑う。
そんなマッケンジー卿を、わたくしはつい睨めつけてしまった。




