義姉は感情を持て余す16
胸を侵食する痛みに喘いでいると、ぽんと頭を撫でられる。いつの間にか俯かせていた顔を上げると、そこには困ったように眉尻を下げたマッケンジー卿が立っていた。
「ウィレミナ嬢。少しだけ、俺と街をぶらぶらしませんか?」
「マッケンジー卿とですか?」
たしかにマッケンジー卿とであれば安全だろう。彼の隣は、この国で一番安全な場所と言っても過言ではないのだから。
「この老体と一緒にが嫌ではなければですが。あの嬢ちゃん……いや、エメリナ様は一度こうと決めたら梃子でも動かないので、言うことをひとまずは聞いておいた方がいいかと」
「……マッケンジー、口が過ぎるわよ」
エメリナ嬢はじとりとマッケンジー卿を睨みつける。そんな表情まで魅力的なのだから、美しい人というのは得なものだ。自分がそんなお顔をしても、『怖い』としか思われないだろう。
「俺の口が悪いのは、いつものことでしょうに」
「それもそうだけれど。もっと王族に敬意を持って欲しいわ」
「いつでも敬意は持っておりますよ、レディ」
マッケンジー卿はにやりと笑うと軽くウインクをする。するとエメリナ様は、眉間に深い皺を寄せてぷいと顔を背けてしまった。
「姉様とマッケンジー卿を二人にするなんて……」
拗ねたようにつぶやくナイジェルの側へ歩み寄りその手を取ると、彼は嬉しそうに笑う。その笑顔を見ていると、先ほど湧いた醜い嫉妬の気持ちも少しずつ萎んでいった。
「ねぇ、ナイジェル」
「はい、姉様」
「マッケンジー卿の側なら安全だし、わたくし行ってくるわ。なにか大事なお話があるのでしょうし」
わたくしの言葉を聞いた途端に、ナイジェルは苦虫を嚙み潰したような顔になった。握った手の上からさらに手が重ねられ、力強い力とともに否定を込められる。
「……姉様のお側にいる以上に、大事な話ではないと思います」
「そんな不敬なことを言わないの!」
『ガザード公爵家』という冠があっても、この場で罪に問われてもおかしくない失礼な発言だ。
……いえ。ナイジェルの場合は本当は『王族』なのだから、不敬に当たらないのかしら。
「こら。肝っ玉の小さいことばっか言って、ウィレミナ嬢を困らせるんじゃねぇよ。そのままだと一生、聞き分けのない弟扱いだぞ」
「聞き分けのない……弟」
マッケンジー卿に強めに小突かれつつそう言われた途端、ナイジェルは萎れたように肩を落とす。そして首根っこを猫のように掴まれ、軽々とわたくしから引き剥がされた。
頼りになるわたくしの騎士が、マッケンジー卿にかかると子猫のようだ。
「……姉様、男らしくちゃんと見送りますので。ええ、男らしく」
「そう。エメリナ様とちゃんとお話をするのよ?」
――二人がなにを話すのか、気にならないと言ったら嘘になるけれど。
後ろ髪を引かれる気持ちで、わたくしはナイジェルとエメリナ様を残して部屋を後にしたのだった。




