義姉は感情を持て余す14
「大変でしたね、ウィレミナ嬢。怖かったでしょう?」
マッケンジー卿は大股で近づいてくると、わたくしの前に跪く。そして優しく手を握ってくれた。傷だらけの大きな手は皮膚がかさりと乾いていて、優しい温かさを持っている。こちらを見つめる青の瞳は穏やかな海のように凪いでおり、見つめ返していると心の奥底にまだ滞留していた恐怖が和らぐのが不思議だ。
以前のわたくしであれば、こんなことをされれば心をときめかせたのだろう。だけど、今はその優しさと気遣いに心が温かくなるのみだ。
ちらりとナイジェルに視線を向けると、不機嫌そうな表情でマッケンジー卿を睨んでいる。これも先ほどと同じで『焼きもち』なのかしら。そう思うと、胸の奥がなんだかくすぐったい。
マッケンジー卿は、わたくしの手の甲を安心させるように数度優しく叩いてから立ち上がる。そして頭をくしゃくしゃと少し乱暴に撫でられた。……慰めようとしているのだろうけれど、レディに対する慰め方じゃないわね。そのお気持ちは、とても嬉しいけれど。
わたくしは手櫛で髪を整えてから、マッケンジー卿に笑みを向けた。
「たしかに怖かったですけれど。わたくしの騎士が立派に守ってくれましたので怪我もありませんし、もう平気です」
「そうですか。まだまだ未熟なあれでも役に立ちましたか」
「ええ、役に立てましたよ。姉様の騎士は私が立派に務められます」
唸るような声で言いながら、ナイジェルがわたくしとマッケンジー卿の間に割り込んでくる。そんなナイジェルの額を、マッケンジー卿は指で強めにつついた。
「生意気なんだよ、一度くらい守れた程度で」
「一生お守りできます、絶対に」
「ああ、そうかい。言ってろ小僧」
乱雑な口調で言いながら、マッケンジー卿はナイジェルの頭を荒々しい乱暴な手つきでかき混ぜる。髪をぐちゃぐちゃにされ不服そうに眉を顰めながらも、ナイジェルから漂うのは『満更でもない』という雰囲気だ。
なんだかんだと、この二人の仲はいいのだろう。
二人の様子はまるで親子のようで、微笑ましい光景につい笑みが零れてしまう。
「そろそろ、よろしくて?」
鈴の鳴るような、愛らしい声が空気を打った。
マッケンジー卿に声をかけられうっかり挨拶をし損ねていたけれど、この場には第二王女殿下がいらしているのだ。
彼女は元子爵令嬢である母を持つエメリナ様だ。数度しかお会いしたことはなく、その人品に関しての印象は薄い。
わたくしは慌てて立ち上がるとカーテシーしようとする。しかしそれは挙げられたエメリナ様の華奢な手によって遮られた。
「ガザード公爵家のご令嬢に頭を下げていただくような身ではないわ」
「そんなわけには……」
ご側室が子爵家の出であることで、側室とそのお子たちの立場は王宮で低く見られている。政治的な立場だけで言えば、我が家の方が明らかに強い。だけどそんなことで、礼を失していいわけがないのだ。
それに――
『ご側室が四年ぶりに懐妊された。ご側室の侍女殿経由だから間違いない話だ。もう少し安定してからの発表になるみたいだね』
テランス様から聞いた話を思い出す。
お腹の子の性別次第では――ご側室は大きな権威を握ることになるだろう。




