わたくしと義弟の思い出8
「ふっ……ふふふっ。ウ、ウィレミナ姉様っ。くふっ」
「……ナイジェル、なにを笑っているのかしら?」
「だって、姉様……そ、それでは……! ふふっ。お口が大きすぎますっ」
「失礼な子ね! 笑わないで!」
「ご、ごめんな……ふはっ! 目も、そんなふうに描くとお顔から飛び出してしまいます」
「う、うるさいわね! もう、見ないで!」
……ナイジェルがまた笑っている。しかも今度は、声を上げてだ。
先ほど微笑んだだけでも大事件だったのに、笑い声を上げているナイジェルを見ることになるなんて……今日は変わったことが立て続けにあるものだわ。
義弟が笑うこと自体には問題はないの。子供のうちは時には感情を表に出すことも大事なことだもの。貴族なんて大人になれば、ずっと感情を隠すような環境に置かれることもあるのだし。
だけどこの場合……『ナイジェルが笑う原因』が問題なのだ。
「……わたくしの絵って、そんなに下手かしら」
わたくしは机の上に広げた紙束を眺めながら、深いため息をついた。
貴族の令嬢令息たちの容姿をナイジェルに伝えるために、わたくしが取った方法……
それは、絵を描くことだった。
一番伝わりやすいと思ったのよ。狐目で赤毛のリーレン様とサニャ様の区別を文章で説明しても混同すると思ったから、じゃあ絵で描くのが一番いいわねって。そう思いついたのがはじまりだったの。
それで意気揚々と容姿の解説をしながら、参加者たちのお顔を描いていったのだけれど……。笑いを我慢していたらしいナイジェルが、急に笑いはじめたの。
……ショックだったわ。だってわたくし、絵が下手なんて自覚がなかったんだもの。
紙の上にはミミズがのたくったような線で、令嬢令息らしき方々が描かれている。改めて見ると、とても下手ね。これではナイジェルに笑われても仕方ないわ。
本当に嫌になるわね。
わたくしの優れていない部分が、また明らかになってしまった。
わたくしは大きく息を吐くと、似顔絵を描いた紙を乱暴に丸めて捨てようとした。だけどその動きは、ナイジェルの綺麗な手によってそっと優しく止められる。
「……なによ」
じとりと睨みつけると、笑いすぎて頬を薔薇色に染めたナイジェルが困ったように眉尻を下げた。
「……姉様の絵、欲しいです」
「はぁ? あれだけ笑っておいて、なにを言っているの? 参加者の情報は文章にまとめて後で渡すから、それでじゅうぶんでしょう。それに、もうこんなにぐちゃぐちゃに丸めてしまったし」
「嫌です、せっかく姉様が描いてくださったのですから。その絵が欲しいです!」
ナイジェルがめずらしく強情だ。ふだんはなにかをねだるなんてこと、一切しないのに。
もしかして……この絵をお茶会で見せびらかして、わたくしの評判を貶めるつもりなのかしら。そ、そんなことさせないわよ!
「絶対に絶対に、これはあげません!」
「姉様……ください」
「嫌よ!」
ぎゅうっと絵を抱きしめて渡さないぞという意思を強く見せる。だけどナイジェルは諦めず、抱きしめた絵に手を伸ばした。
「あ……」
ナイジェルがバランスを崩してぐらりとよろける。わたくしは咄嗟に手を伸ばして、その体を受け止めようとした。
お姉ちゃんはある意味画伯です。