義姉は感情を持て余す11
「ダメよ。わたくしは……お前を守らないといけないの」
ナイジェルは大事な家族で、仕えるべき王家の血を引く者で。
――わたくしの、大切な人だ。
身を挺してでも守るべき理由は、山のように存在する。
「大丈夫ですから。私を信じてください」
そう言ってナイジェルは一歩踏み出すと……流れるような動きで剣を振るった。それは刃物を手にして斬りかかってきた男の腹を、横一閃に裂く。男の血が飛び散るのと同時に、わたくしは陰惨な光景に耐えられずぎゅっと目を瞑ってしまう。
「そのまま、目を瞑っていてください。姉様は……こんな醜いものなんて見なくていい」
涼やかなナイジェルの声が耳に届き、続けて男たちの聞くに耐えない悲鳴が次々に上がった。
わたくしは目を閉じたまま、へたりとその場に座り込んでしまう。そして体を丸めるようにして、ただ震えることしかできなくなってしまった。こんな有り様でナイジェルを守らないとだなんて……傲慢なことをよくも言えたものだ。
涙が瞳に滲み、それは次々と頬を伝う。剣戟の音と悲鳴はすぐに止み、軽やかな足音がこちらへと近づいてきた。これは……義弟のものなのだろうか。それとも、暗殺者の?
耳を澄ますと、複数の人間が発しているのだろう微かな呻き声が聞こえる。目の前の惨状を想像してしまい、わたくしは身を竦めた。
「姉様。お見せしたくないものが転がっていますので、そのまま目を瞑っていてくださいね」
義弟の声でのそんな言葉が聞こえたのと同時に、ひょいと軽々と抱き上げられる。ナイジェルが無事であったことに安堵すると涙がさらにせり上がり、わたくしはみっともなくせぐり上げた。
「泣かないでください、姉様」
頬に温かく柔らかなものが触れる。それは涙を拭うように、何度か優しく押しつけられた。
「ナイ、ジェル」
「はい」
「無事ね?」
「無事です、姉様。街の警備兵に報告をしないといけませんね。……マッケンジー卿にも、連絡をしますか」
恐る恐る目を開けると、そこにはふだん通りなんの変哲もないナイジェルがいる。手を伸ばしてぺたりと顔を触ってみると、少し困ったように微笑まれた。
「姉様、目を瞑っていてと――」
「よかったわ、無事で。本当に……」
存在を確かめたくて首に腕を回すようにして抱きつくと、ナイジェルはなぜか体を強張らせる。そして「姉様から、なんて」と小さなつぶやきが零れた。
「私は無事ですから」
「そう、ね。ちゃんと温かいわ」
抱きしめる力を強くすれば、ナイジェルの確かな体温が伝わってくる。その温度は恐怖を少しずつ溶かしていった。
――刺客なんて物騒なものも、当然怖かったけれど。
それよりも、ナイジェルがいなくなったらという恐怖の方が大きかった。
そして……なにもできない自分が歯がゆかった。
「……ナイジェル、お願いだからいなくならないで」
じっと見つめてそう言えば、義弟はなぜか目を見開いて息を呑む。
そして……絶世の美貌が近づいてきたかと思うと、頬に優しく口づけをされた。




