義姉は感情を持て余す9
パンケーキをぺろりと完食したわたくしとナイジェルは、買い物を済ませた後に馬車へと向かって歩いていた。
ちなみに。パンケーキはあの後も、ナイジェルに給餌をするようにして食べさせられた。
貴族の模範となるべき筆頭公爵家の姉弟なのに、なんたることなのかしら! 叱っても、この子ったら堪える様子がまったくないし。
ちらりと視線をやればナイジェルはそれにすぐさま気づき、にこりと笑顔を向けられる。
その両手は荷物で塞がっていて、行きとは違ってわたくしたちの手は繋がれていない。それが少し寂しいと思えてしまうのは、どうしてだろう。
荷物はすべてナイジェルが持ち、わたくしは一つも持たせてもらえない。
「ねぇ、ナイジェル。重いでしょう? わたくしもなにか持つわ」
何度目かのそんな声をかけると――
ナイジェルは立ち止まり、荷物の中身を漁りはじめる。そして、そっと小さな包みを渡された。
「……可愛い」
包みは先ほどの菓子店のマークが刻印されている薄いピンク色のもので、軽いのできっと焼き菓子なのだろう。赤の綺麗なリボンで口が結ばれたそれを見ていると、口元がふっと緩んだ。いつの間に、こんなものを買っていたのかしら。
「姉様があの店の菓子を気に入られたようだったので。寮でお茶の時間にお出ししようと買ったのです。それをお持ちください、姉様」
……こんな軽い包みを渡されても、ナイジェルの負担の軽減には繋がらないわ。
可愛いし、とても嬉しいけれど。
「いいお店だったから、また行きましょうね」
「はい。……また一緒に」
ナイジェルはそう言うと、心の底からの嬉しそうな笑みを浮かべる。その神々しいくらいに美しい笑みが眩しくて、わたくしは思わず目を細めてしまう。
義弟はまるで女神様のように綺麗で……。取るに足らない容姿の自身がその横に並んでいるのだと改めて感じ、羞恥が胸の奥からこみ上げた。
――ナイジェルの隣が似合うのは、もっと美しい人なのだわ。
そんなことを考えた瞬間。心が端からちりりと焼けて、醜く焦げつく。それが苦しくて、わたくしは唇を引き結んだ。
「その。お菓子をありがとう、ナイジェル」
「姉様に喜んでもらえたのなら、嬉しいです」
焦げた心に蓋をして礼を言えば、義弟は少しはにかんだ顔になる。そしてこちらをじっと見つめ……なにかに気づいたような表情で首を傾げた。
「姉様」
「なに?」
「……なんだか、苦しそうです」
この義弟はどうして、わたくしの感情の揺らぎにすぐに気づいてしまうのだろう。
「そんなことは、ないわ」
ふいと顔を逸して、お菓子の包みをぎゅっと抱き締める。
……わたくしは、ナイジェルに義姉としてとても大事にされている。それだけで、じゅうぶんじゃない。
それ以上の……『なに』を求めるというのよ。
姉様の中で大きくなるアレコレな気持ち。
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