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テランスは考える1(テランス視点)

 私、テランス・メイエには意中の女性がいる。

 ウィレミナ・ガザード公爵令嬢。筆頭公爵家のご令嬢だ。

 幼い頃から……清廉な美しさと、誇り高さ。そして心からの優しさを持つ彼女に、私は惹かれていた。

 彼女と私の関係は『婚約者候補の一人と、選ぶ立場のご令嬢』というものである。私はなんとも、心もとない立場なのだ。

 筆頭公爵家という王家に継ぐ権威を持つ家の婚約は簡単に決められるものではない。時勢、各家の状況……それらを長い年数をかけて慎重に吟味することとなる。

 とは言え。ウィレミナ嬢が嫌だと言えば……時世がその時どうであれ、公爵はのらりくらりと理由をつけてその候補を選ぶことはないだろうが。

 ウィレミナ嬢が婚約者候補たちの『誰か』を贔屓にする様子は――今のところ見られない。

 彼女は情勢による『利』のみによって、婿を選ぶだろう。

 それが皆もどかしくもあり、安堵するところでもあったのだけれど……


「……あの弟君は、本当に弟なのかな」


 どこかに出かけるのだろう。仲睦まじい様子で馬車へと乗り込む二人を遠目に見ながら、私はぽつりとつぶやいた。ウィレミナ嬢のところへ立ち寄ろうとしていたのだけれど、無駄足になったようだ。


「と、言いますと?」


 つぶやきを耳聡く聞きつけた私の従僕……オレイアが眼鏡のフレームを指で押し上げる。周囲に視線を走らせ、誰もいないことを確認してから私は声を潜めながらさらに口を開いた。


「考えてみれば……おかしいとは思わないか? あの奥方を溺愛していたガザード公爵が、隠し子なんて。弟君が屋敷にいらした頃は、『そんなこともあるのか』程度にしか考えていなかったけれど……。奥方の没後。何年経っても後妻を娶られる様子はないし、恋人もいらっしゃらない。月命日には欠かさず亡妻の墓参りに行く。そんな彼がだよ?」

「ふむ。一夜の過ちの結果……ということもあり得ますよ? 男の独り身は、なかなか寂しいものですからね」


 独身であるオレイアは妙に実感のこもった口調でそう言いながら、白いの手袋に包まれた細い指で自分の顎を撫で擦る。そのなにかを誤魔化すような仕草からは、彼も『隠し子』の件が腑には落ちていないのだろうことが察せられた。


「まぁ、過ちもあり得るかもしれないけれど。それにしたって……『母親』は誰だ? 誰がナイジェル様の母親か――その噂がなさすぎると思わない?」

「……それは、そうですね」


 貴族の社会を噂が駆け抜けるのは早い。ナイジェル様の母親になんらかのあたりがつけられれば、その噂は風のように貴族社会を駆け巡るだろう。


 しかしその類の噂が……不自然なくらいに起きないのだ。


 一夜の行きずりの相手だったと仮定して。

 ガザード公爵家と縁づける機会なのだから、平民であっても貴族であっても口を噤むはずもない。自分の子はガザード公爵のご落胤なのだと喧伝するはずだ。そして、その噂は誰かの口に上るはず。

 相手がガザード公爵の正体を知らないままなら……親子ともども火種になるものには触れずに放置しておくだろう。いや、もしくは消すか?


「――彼は、『誰』だ?」


 疑問と、好奇心が……胸にふつりと湧き上がる。

 そして、仮説と危機感も。

 彼が血縁であれば……ウィレミナ嬢にどれだけ近かろうと敵ではない。

 しかし、血縁でないとしたら――

 ナイジェル様の前での、ふだんよりも無防備なウィレミナ嬢の表情が脳裏を過る。血縁でないとしたら、あれはまずいな。

 悔しいことに、ウィレミナ嬢はあんなふうに私には心を許していない。そして、男性としても意識をなかなかしてくれないのだ。


「明日、出かけようかな」

「王宮へ宮廷雀たちの噂話を聞きにですか? 相変わらず悪趣味ですね」


 オレイアが呆れたような顔をする。悪趣味は否定しないけれど、噂の収集は処世にも役立っているのだ。そんな顔をしないで欲しいな。


「情報収集は、貴族の嗜みだろう? それに……雀たちに会いに行くのではないよ。マッケンジー卿へのお目通りを願おう。今は遠征や任務には行っていないはずだ」

「マッケンジー卿への……ですか?」

「ああ。彼はナイジェル様の師範で、騎士学校では護衛だった。その後は彼の上官として行動を共にしていた。面白い話が聞けるかもしれないからね。先触れを出してくれ。それと……そうだね。少し、調べものを」


 なんとも食えない、平民出身の騎士の顔を思い浮かべる。

 さて……彼からなにか掴めるといいのだけれど。

眼鏡の従僕は私の趣味です。


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