義姉は感情を持て余す7
はしたなく開いた口を慌てて閉じて、ナイジェルの赤らんだ顔をまじまじと見つめる。すると、青の瞳が恥ずかしそうに泳いだ。
「……みっともないとお思いでしょう? あんなに嫉妬を剥き出しにしてしまうなんて」
めずらしく拗ねた様子で、ナイジェルはぷいと顔まで背けてしまう。そんな彼にどう声をかけようかと、思案しつつも答えは見つからない。
「えっと……」
みっともない、なんてことは思っていないけれど。先ほどの店主との会話の中に、妬くような要素なんてあっただろうか。そもそも、ナイジェルの『焼きもち』は、どういう気持ちからなの?
「姉様が……あの人に笑顔なんて向けるから。姉様の笑顔は、私だけに向けて欲しいです」
疑問の前半部分の回答は、ナイジェルの言葉によってすぐに明らかになった。
……無茶を言うわね。
一人にしか笑顔を向けないなんて、社交に差し障るじゃないの。
そんなことを冷静に考える自分と、そんなふうに言われて嬉しいという自分が胸の内側でせめぎ合う。ナイジェルの逸らされた顔は耳まで赤く、彼の羞恥が伝播したのかわたくしの顔まで熱くなった。
顔を赤らめ妙な色香を醸し出すナイジェルに当てられたのか、遠巻きにこちらを見ている令嬢たちが口々にため息を零す。その一つ一つは小さいけれど結果的に大きくなったざわめきを耳にしたわたくしは、人目を意識し気を引き締めた。
「それは、その。難しいわね」
そんなふうに言って、メニューに意識を集中させる。しかし文字を追うことにいまいち集中できず、視線はうろうろと紙の上を滑ってしまう。
「笑顔だけじゃないです。姉様のすべてを……私だけのものにしたい」
この子は……本当になにを言っているのかしら。
「それも、その――」
『難しいわ』。そう口にしようとして、本当にそうなのかという疑問が湧く。
わたくしには婚約者候補たちがいる。だけどそれはあくまで『候補』だ。現状ではどの家とも契約関係を結んでいない、口約束にも満たないようなものである。
わたくしたちが互いに望めば、ある意味では互いを独占にするにも等しい婚約者という立場になれるのだろう。
彼は王族で、わたくしは王家筋である筆頭公爵家の令嬢で。互いの立場はこの上ないくらいに釣り合っているのだから。
筆頭公爵家と王族の婚約という、大きな権威の収束に意を唱える貴族も出るだろうけれど。いや。そもそも、ナイジェルの身分はつまびらかにしていいものなのかしらーー
そこまで考えて、わたくしは我に返った。一体、なにを考えているのよ。
これじゃまるで、わたくしがナイジェルと婚姻したがっているみたいじゃない。
ナイジェルが、変なことばかり言うから。ぜんぶこの子のせいだわ!
「……姉様、顔が真っ赤ですが」
いつの間にかこちらを見つめていたナイジェルが、そう言って喜びの滲む笑みを浮かべた。
先ほどまでの拗ねたような様子は、すっかり払拭されている。
「貴方が変なことばかり言うからでしょう!」
「私が、原因なのですね?」
「そ、そうだけど。なによ! どうしてそんなふうに嬉しそうに笑っているのよ! ほら、ちゃんとなにを食べるか選びなさい!」
つんと顔を横に向ければ、気を引くように髪をついとひと房引かれる。そしてその髪に、そっと口づけられる気配がした。
「姉様、ほら。店主が困り顔でこちらの様子を窺っています。注文を早くしてあげないと」
「もう、誰のせいだと……!」
「私のせいですよね。姉様はどれにするのですか?」
「……! 顔が近いわ!」
ずいと近づけられた顔を押しのければ義弟は楽しそうに笑い声を立て、それを見た周囲の令嬢たちが信じられないものを見たというように目を丸くした。
次回は少しテランスさんの視点が入ります。
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