義姉は感情を持て余す5
指を絡めるようにして繋がれた手は解かれることがなく、菓子店の前に着いても繋がれたままだ。
「ねぇ、ナイジェル」
「なんですか、姉様」
「この手は……もう解いていい気がするの」
繋がれた手のことを指摘すると、ナイジェルは少しだけ眉尻を下げる。その他人から見れば無表情なままにしか見えないのだろう微かな感情表現で、彼の落ち込みを理解できてしまうのはいいことなのか悪いことなのか。
――落ち込んでいることに気づかなければ、罪悪感が胸に湧くこともないのに。
そんなことを考えながら、罪悪感や同情心を胸の奥底へと押し込めようとする。しかしそれは、なかなか上手くいかない。
それに……ナイジェルの気持ちが理解できることが、嬉しいとも感じてしまうから困る。
彼の感情を苦もなく推察できる人間はとても少なく、数少ない人間たちの中でも自分が一番理解度が高い。……そのはずなのだ。
「……姉様は、お嫌ですか?」
ナイジェルは握る手に力を込めながら、こちらの気持ちを測るように目を向ける。その瞳には、『離したくない』という甘えるような色が滲んでいた。
一言だけ『嫌だ』と言えば、この手は離れてしまう。
それを想像すると――驚くくらいに輪郭がはっきりとした寂しいという気持ちが胸に湧いた。
「嫌ではないけれど……」
「では、繋いでいましょう」
ごにょごにょと不明瞭な言葉を返すと、きっぱりと言われ繋いだままの手を引かれる。そしてわたくしはなぜか機嫌よさげな空気を纏う義弟によって、店内へと導かれた。
お菓子といえば、女性に人気のものの大定番だ。パステルカラーが中心の可愛らしい内装の店内は、多くの女性客で賑わっていた。客層は裕福な商家の子女や、学園の生徒なのだろう貴族の令嬢が多いように見える。品台に置かれた持ち帰り用のお菓子の値札を見て、わたくしはなるほどと納得した。華やかな見目の甘味は、庶民が気軽に買えるような値づけではなかったのだ。
とはいえ一生懸命に貯めたお小遣いを握ってやって来たのだろう、素朴な衣類を身に着けた少女たちも中にはいる。その瞳を輝かせながらお菓子を吟味している様子を見ると、微笑ましさに少し口元が緩んだ。
「――見てよ」
「まさか、あれって」
店内にいた女性の一組が……ナイジェルを目にしてつぶやきを零した。ざわめきはどんどん広がり、向けられる視線の数も増えていく。
「学園でお姿を見たことがあるわ。あれは、氷の騎士様よ」
「ではお隣にいるのは、ガザード公爵家のウィレミナ様……」
「ああ、私もあんな麗しい騎士様に守られたいわ」
いつものことながら、こういう瞬間はなんとも気まずい。この義弟の美貌は注目を集めすぎるのだ。
……いっそ仮面でも着けさせようかしら。
装飾がほとんどない、顔の半分を覆うものなんてどうかしら。そんな、なんとも馬鹿馬鹿しいことを考えてしまう。そして、そんなことをしても『仮面をつけていても見目麗しい貴公子がいる』なんて噂になるのだろうと結論づけて、わたくしは思考を打ち切った。
「罪な男ね、ナイジェル。いつでも女性たちを騒がせて」
「……妬きましたか? 姉様」
冗談めかして言うと、そんなふうに問い返される。
『妬く』? ……妬くわけないじゃない。ええ、義弟がモテていたって妬かないわよ。
ちょっとモテすぎなのではないかしら、とは思ったけれど。そしてちょっとだけ、もやもやもしたけれど。妬いてはいないわ。
「……どうして、妬かなければならないのよ」
「妬いてくださると……嬉しいなと思ったもので」
「――ッ!」
真剣な表情でそう言われ、耳まで一気に熱くなる。そんなわたくしに、ナイジェルは嬉しそうな笑みを向けた後に……額に小さく口づけをした。
それを見た周囲の女性たちからは、いろいろな感情が込められたため息が漏れる。学園の生徒らしき令嬢から、小さく『ほんと、このお姉様べったりさえなければ……』というつぶやきが零れ、それに同調するように頷く令嬢たちが見えてわたくしの顔はさらに熱くなった。
周囲の会話からわたくしたちの素性を知った店員が、静かに店の厨房へと行くのが視界に映る。そしてしばらくしてから、慌てふためいた様子の店主らしき男性が現れた。
しばらく毎日更新予定です。
のんびりとお付き合い頂けますと幸いです。




