義姉は感情を持て余す4
「姉様、姉様。ぐっすりお眠りのところ申し訳ないですが、街に着きましたよ」
肩を揺すられ、優しい声をかけられる。ぱちりと目を開けるとナイジェルの整いすぎた顔がすぐ近くにあって、わたくしは思わず後ずさりをした。彼は跪き、こちらを瞬きもせずに見上げている。青い瞳にまっすぐに射抜かれ、それから逃れられないような錯覚を覚えた。
視線を下げると、薄く整った唇が目に入る。
『……愛しています、姉様。この世界の誰よりも』
気絶する前にその唇から紡がれた言葉を思い出して、頬が真っ赤に紅潮した。そんなわたくしを見つめて、ナイジェルは首を傾げた。
「姉様。お加減が悪いのですか?」
「いえ、いいえ! 大丈夫よ!」
まるで子供のようにぶんぶんと首を横に振ると、くすりと小さく笑われる。大きな手が伸びてきて、優しい手つきでふわりと頭を撫でられた。その男性らしい手の感触に心臓がどきりと跳ねる。
「……本当に、平気ですか?」
「ええ。本当に平気、よ」
気遣わしげに見つめられ、絞り出すようにそう返したけれど……
ちっとも、平気じゃない。
だってこんなにも……『義弟』を男性として意識している。
胸が焦げつくように熱くて、溺れているかのように苦しい。こんな気持ちも、こんな時にどうしたらいいのかもわたくしは知らない。
マッケンジー卿と一緒にいる時も、こんなふうになったことはなかった。
テランス様からお気持ちを告げられても、取り乱したりはしなかった。
なのにどうして、ナイジェル相手だとこうなるのだろう。
混乱を抱えながら、差し出されたナイジェルの手を取る。そして馬車から降りると、数度深呼吸をした。
動揺してはダメ。いつも通りに、いつも通りによ。
落ち着いたら、ふだんのわたくしに戻れるわ。
ナイジェルのあの言葉はきっと、『義姉』のわたくしに向けられたものなのだから。
そう考えた瞬間。ひやりと心が冷えて――熱は一気に引いたけれど、代わりに心が軋むように痛んだ。
「姉様、どこに行きましょう?」
ナイジェルが機嫌よさげに笑いながら、恋人同士のように指と指を絡めて手を繋ぐ。絡められた指を見ているとまた熱が立ち上りそうになったので、わたくしは慌てて目を逸らした。
「そ、そうね。菓子店にまずは行きたいのだけれど……」
「菓子店?」
「同級の方々が噂していたの。大通りにある菓子店の店内でしか食べられない、生菓子があるんですって。ガザード公爵家の名前を出して頼めば寮まで持ってきてくれるのでしょうけど……。持っていく過程で傷んでしまってわたくしがお腹でも壊したら、店が処罰されてしまうでしょう?」
こちらからするとなんの気なしにした要求で、平民からすべてを奪う結果になることは往々にしてある。だからこそ、貴族は行動に細心の注意を払わねばならない。『平民なんて』と言う貴族もいるが、わたくしたちの生活は彼らありきで成り立っているのだ。
「なるほど、ではそちらから行きましょう」
「他にもね……」
話しをしているうちに、動揺の波は少しずつ小さくなっていく。
だけどそれはなくなることはなくて、ナイジェルのちょっとした行動でまた波立ち、わたくしを戸惑わせるのだった。
ようやっとおデートです(/・ω・)/
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