義姉は感情を持て余す1
ウォークインクローゼットにずらりと並んだドレスを眺めながら、わたくしは眉間に皺を寄せていた。
「……なにを着て行こうかしら」
今日はナイジェルとお出かけをするのだけれど……どんな服装で行くかで頭を悩ませていたのだ。
わたくしの服は、ふだんはエイリンが選んでいる。
エイリンの服選びのセンスは目を瞠るもので、わたくしの地味な容姿に存在する多くはない長所を、最大限に引き出す服を選んでくれるのだ。今日だっていつもの通りに、彼女に任せていれば丸く収まる。
それは、わかってはいるのだけれど……
――自分で選んでみようかしら。
そう思った結果、ウォークインクローゼットの中でうんうんと唸るはめになってしまったのである。
どうして、服を自分で選ぼうだなんて思ったのかしら。
自分の感情は掌握できている方だと、そんな自負はある。だけどこの『要領が悪い』行動が、どういう感情から生じているのか……自分のことのはずなのにちっとも理解できない。
わからない感情を持て余しながら、一人唸っていると――
「姉様、ここにいたのですね」
「ひゃ!」
背後から勢いよく声をかけられ、びくんと大きく体を震わせてしまった。振り向くと、ウォークインクローゼットの扉の前に満面の笑みを浮かべたナイジェルが立っている。
その表情は『ご主人様、お散歩に行きましょう!』と、紐を咥えてそわそわしている犬のようだ。ご友人の飼っている犬が、いつもそんな様子だったの。
今日のナイジェルは騎士服ではない。白いシャツと灰色のジレを身に着け、その上に濃紺のジュストコールを纏い、黒のトラウザーズを穿いた貴公子然とした姿だ。
いつもの騎士服も似合っているけれど、これもよく似合っているわね。ナイジェルに憧れる女性たちが目にしたら、卒倒してしまうかもしれない。
……かく言うわたくしも、少しだけ見惚れてしまった。義弟は本当に見た目がよすぎる。
「まだ準備中だったのですね。エイリンはどこに?」
未だ部屋着のわたくしを見て、ナイジェルが首を傾げる。それもそうよね。わたくしがウォークインクローゼットにこもってから、結構な時間が経っているのだ。
「エイリンは、使用人サロンで休憩しているわ」
「姉様の支度の手伝いもせずに?」
なんと言っていいのかわからなくて、わたくしは眉尻を下げてしまう。
「その……あの。休憩しているよう私が言ったの」
由来のわからない気恥ずかしさに見舞われながら、もごもごと言いつつ顔を伏せてしまう。するとナイジェルが長い足を動かし側にやって来て、屈みながらわたくしの顔を覗き込んだ。もう! 見ないでよ! ウォークインクローゼットは広くはないから、距離が妙に近くて困ってしまうし……
「顔が赤いですね」
「き、気のせいよ!」
「服が決まらないのでしたら、一緒に選びますか?」
「でも、それじゃ……」
――今日の服は自分で選んだのよって、ナイジェルに言いたかったのに。
するりと出てきたその考えに、わたくしは目を瞠った。
言ってどうするの? 褒めてでも、欲しかったの? どうして、そんなことを思ったの?
自分のことなのに……本当にわからないわ。
感情の整理ができない姉様なのです(/・ω・)/




