義姉のわずかで大きな変化
イルゼ嬢と別れて寮の部屋に帰ると、ナイジェルが大きなため息をつきながらその場にしゃがみ込んでしまった。
「ナイジェル?」
貧血でも起こしたのかと心配になって近づくと、強い力で手首を掴まれる。そして、縋るような目を向けられた。わたくしは首を傾げながら、ひとまず彼と目線が合うように身を屈ませた。
「ナイジェル、具合でも悪いの?」
掴まれていない方の手を彼の額に当ててみるけれど、伝わる体温は熱くも冷たくもない……これは平熱よね。ナイジェルは沈黙を保ったままじっとこちらを見つめていて、口も利けないくらいに気分が悪いのかと不安になる。
「ねぇ、お医者様を呼んだ方がいい?」
「姉様……」
囁き声とともに額に当てていた方の手首も掴まれ、互いにしゃがみ込んだまま見つめ合うというおかしな状況になってしまう。整いすぎた美貌があまりに間近にあり、こちらを真剣に見つめている。それがゆっくりと近づいてきたので……わたくしは焦りを覚えた。
「ナ、ナイジェル!?」
額に一回、頬に一回。優しい口づけをされる。なぜこんなことをされるのかわからず混乱しながら反射的に目を瞑ると、しばらくの間を置いてから鼻先に一つ口づけされた。だ、だめよ! なにをしてるの! 姉弟なのに、姉弟……
――姉弟では、ないのよね。
今さらながらにそんなことを思い出し、なおさらどうしていいのかわからなくなった。心臓がばくばくと大きな音を立てながら跳ねている。顔が高熱でも出たかのように熱い。きっと、真っ赤になっているわ。
両手がそっと解放されて、その代わり強く抱きしめられる。解放からのさらに強い拘束に、わたくしは戸惑いを覚えた。そして――
「あの女のように、貴女の優しさに惹かれる人間はこれからも増えるでしょう。……それは、困るんです。誰にも、姉様を渡したくない」
ため息とともに告げられた義弟の言葉に、肩の力が一気に抜けた。近頃は放課後をイルゼ嬢と過ごすことも多いから、きっとそれに拗ねているのね。
一瞬でも『義弟』を『男性』として意識してしまったことが恥ずかしくなり、わたくしは内心反省をした。
それにしたって……
「ナイジェル、そんなに寂しいの?」
思わず呆れる口調で言うと、抱きしめる力がさらに強くなった。
「えっと、いや。その…………寂しいです」
「もう、バカね」
くすくすと笑いながら寂しがりやな義弟を抱き返し、大きな背中をぽんぽんと叩く。すると『子供扱いするな』と言わんばかりの不満げなため息をつかれて、肩口に頭をぐりぐりと押しつけられた。その拗ねた子供のような所業に、ついまた笑ってしまう。
「ナイジェル、拗ねないの。明日はお休みだしお出かけしましょう?」
「お出かけ? ……二人で?」
ナイジェルはぱっと身を離すと、期待する眼差しをわたくしに向ける。そんな彼に、わたくしはうなずいてみせた。
「ええ、二人で。買い足したいものもいろいろあるし」
「なんでも買ってください。どんな重いものでも、持ちますから」
「そんなに大きなものは買わないわよ。ほら、立って」
先に立ち上がって手を引くと、ナイジェルは素直に立ち上がる。
「楽しみです、姉様」
そして……心の底から嬉しそうな笑みを弾けさせた。
それを目にした瞬間。目の前がきらきらと輝いたような気がして、わたくしは瞬きをした。
――なにかしら、今のは。
首を傾げながら何度も目を擦ると、大きな手にそっと手を取られる。
「姉様、擦ってはいけません。腫れてしまいます」
「そう……そうね」
握られた手の感触に、先ほど手首を掴まれ頬や鼻先に口づけをされたことを思い出してしまう。じりじりと顔が熱せられて、わたくしは思わず目を伏せた。
「そんな顔は、ずるい……」
ナイジェルは眉間に皺を寄せて小さくなにかをつぶやいてから、なんらかの感情を堪えるような息を吐いた。
9万文字を越えてようやく、姉様の心に灯るなにか。
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