義姉と義弟の学園生活2
「ナイジェル様のことを、あれから観察したのですけど。顔と家格以外にいいところが、ぜんぜん見つからないんですよね」
「まぁ。……そうなの?」
わたくしは今――学園のカフェテリアでイルゼ嬢とお茶をしていた。
なぜ、こんなことになったのかしら。声をかけたあの日以来、なぜか懐かれてしまったのよね。後ろをちょこちょことついて回って嬉しそうに話しかけてくるものだからなかなか突き放し難くて、気がつけばこうして一緒にお茶をするような機会も増えてしまった。
『打算』や『悪意』がある相手なら、いくらでも突き放したり相手にしなかったりができるのに。純粋な『好意』を剥き出しにされると、どうにも拒みづらい。ナイジェル相手もそうだけれど、まとわりつく子犬を足蹴にするような罪悪感が湧いてしまうのよね。
それにしても……ナイジェルの『いいところ』が見つからないなんて、おかしなことを言う子。
なんだかとても苦い顔をして、背後に控えているナイジェルをちらりと見る。彼はわたくしと目が合うと、その表情をぱっと華やがせた。ちょいちょいと手招きをすると、機嫌のいい犬のように軽快な足取りでこちらへとやって来る。
「姉様。その女とのお茶会を切り上げて、寮へ戻る気になりましたか?」
そしてイルゼ嬢を横目で睨みながら、そんなことを言い出した。ナイジェルはイルゼ嬢と、どうにも反りが合わないらしい。
「うわ。今日も相変わらず姉べったりですね」
「大切な方にべったりで、なにが悪いんです?」
「まぁ、ウィレミナ様にべったりしたくなる気持ちはわかりますけど。私もこんなお姉様が欲しかったなぁ」
「……あげませんから」
「ウィレミナ様は、ナイジェル様の所有物じゃないでしょう?」
イルゼ嬢はナイジェルに向けて思い切り舌を出す。その令嬢らしからぬ様子を見て、わたくしはついくすくすと笑ってしまい、慌てて表情を引き締めた。
「イルゼ嬢。淑女がそんな仕草をするものではないわ」
「でも、こうして明るくしてる方が大抵の男の人は喜んでくれますよ? 私、いい婚家を見つけたいので。女性の評価よりも男性の評価の方が大事です」
イルゼ嬢のお口は……いつでも正直だ。彼女はこの学園で、よい連れ合いを見つけるつもりらしい。
パロラ子爵家は、特殊な成り立ちの家だ。イルゼ嬢の父親はやり手の商人で、元平民である。彼は没落しかけのとある子爵家を……爵位欲しさに『婚姻』という形で『買い取り』貴族となった。なのでパロラ子爵家は『貴族もどき』と、よく陰口を叩かれる。そういう事情もあって、イルゼ嬢は『貴族らしくない』のだろう。
とはいえパロラ子爵家の『経営手腕』は大したものなようなので、領地経営や商売に疎い貴族家が縁を結びたがっても不思議ではない。
ただ……
「家格の高い家と関係を結びたいのなら、礼節と腹芸は大事だわ。せっかく素敵な男性を捕まえても、『不適格』とされて家に反対されれば婚約までたどり着けないもの。貴族は『異質』を嫌うから。特に……女性たちは」
「でもお姉様は、高貴な女性なのにこうして私を拒まず優しいですよ。他のご令嬢たちの心が、狭いだけでは?」
――勝手に『お姉様』にされてしまった。まぁ、それはともかく。
わたくしだって、他のご令嬢と比べて『心が広い』わけではない。現にこうして、イルゼ嬢の『貴族らしからぬ』態度に対して小言を言っているのだし。
「わたくしだって、優しくなんてないわ」
「いいえ、お姉様は優しいです!」
「……誰が、お前の姉様だ」
ナイジェルはわたくしの手を握るイルゼ嬢をべりっと片手で剥がしながら、もう片手でわたくしを抱きしめた。ナイジェルを鑑賞するために近くの席に陣取ったご令嬢たちが、この光景を見て目を丸くしている。この子は、公共の場でなにをしているのかしら!
「ナイジェル、離れて」
「嫌です、姉様。寮へ戻りましょう!」
「ちょっと、お姉様は私と話をしてる最中なんですからね!」
……懐く犬が二匹に増えた気がするわ。
目の前で吠え合う二人を見て、わたくしは小さくため息をついた。
わんこ二匹に取り合われる姉様なのです。




