義弟は考える(ナイジェル視点)
――ご側室の懐妊、か。
先ほど姉様の部屋を訪れた婚約者『候補』の男が告げた言葉を、頭の中で反芻する。
それは私にとって、吉と出るのか凶と出るのか。お子が男児で無事に育てば、私は『第二王位継承者』なんていう面倒かつ重たいことこの上ないしがらみから解放される。そうなったら、本当に喜ばしいのだが。
きっとこのことは、公爵もご存知なのだろう。彼は一体なにを考えているのか――
一度王宮に顔を出して……エメリナ王女に会うか。もっと正確な状況をたしかめたい。
エメリナ王女はご側室の子で、マッケンジー卿とともに身辺警護の任に就いたことから縁ができた。私にとっては、従姉に当たる女性だ。彼女は私の『正体』を知っている。
隠された王弟の息子と、ご側室の次女。私たちはお互いに微妙な立場である。それもあって気安い気持ちになったのか、たびたびエメリナ王女に呼びつけられていたら――
……私が『王女のお気に入り』だ、なんて噂が立ってしまった。
私には愛する姉様がいる。そんな噂が、姉様の耳に入って誤解でもされたらどうするんだ。迷惑なことこの上ない。
「……ナイジェル、なにを考えているの?」
思考を巡らせていると、愛らしい声で現実に引き戻される。視線を向けると、隣に座っている姉様が長いまつ毛に囲まれた黒の瞳でじっとこちらを見ていた。
……可愛いな。姉様はいつ見ても可愛い。ずっと見つめていたらダメだろうか。
いや、見つめているだけなんて拷問だ。抱きしめて、口づけて、柔らかな感触と華やかな香りを堪能したい。
つい先ほどまでは、真面目なことを考えていたはずなのに。姉様の姿を目にした瞬間、思考が一気に桃色に塗り替えられる。姉様の存在は……本当に罪だ。
「邪魔者がいなくなったので、姉様とお茶をしながらお話をしたいなと考えていました」
私は表情筋を総動員して、にっこりと微笑んだ。
これも嘘ではない。あの男が来た瞬間から、ずっとそのことばかりを考えていた。
姉様とお茶をしながら、お話をするのは私のはずだったのだ。その場をあの男は奪い、さらに『愛の言葉』を姉様に告げた。姉様がそれに対して芳しい反応をしなかったのは救いだが……腹立たしいにもほどがある。
「まぁ! テランス様を邪魔者だなんて……」
呆れたような声音で言うと、姉様は形のいい眉を下げる。しかしすぐに表情をふわりと緩めた。
「たしかに、先約はナイジェルだったものね。そうね。エイリンに新しいお茶を淹れてもらって、お話をしましょう」
「……姉様の淹れるお茶が飲みたいです」
将来女主人になった時に客をもてなす練習として、姉様は手ずからお茶を淹れる時がある。それが欲しいとねだると、愛らしく首を傾げられてしまった。
「わたくしの? 別にいいけれど。エイリンのものより、美味しくはないわよ?」
「姉様のお茶がいいです」
「ふふ。わかったわ」
姉様は笑うと、私の頭をふわりと撫でる。
――幸せだ。
姉様と過ごすこの幸せを、誰かに渡すなんてまっぴらだ。
テランス様にも、マッケンジー卿にも。姉様の隣は渡さない。
ナイジェルの脳内はいつでも桃色です(/・ω・)/




