義姉は義弟におねだりをされる5
……『可愛い』? それになんなの、今の額への口づけは。
これは……わたくしをからかってるでしょう!
「もう! からかうなら、今夜のお話は無しよ! 護衛寮に帰りなさい!」
「からかっておりませんし、荷物はもう運び終えてしまいました……」
ポカポカとナイジェルの胸を叩きながら憤りを吐き出すわたくしに、ナイジェルが心底困ったという声音の返事をする。彼の胸は厚くて、叩いても叩いてもびくともしない。
疲れ、息を切らせながら、わたくしはナイジェルの胸を叩くことを止めた。……令嬢に人を叩き続ける体力なんてものはないのだ。
「姉様、無遠慮に触れて申し訳なかったです。ああ、手がこんなに真っ赤に」
わたくしの手に触れようとしたナイジェルは、その手をふらふらと彷徨わせる。
触れていいのかわからず、困りきっている様子がそこからは見て取れた。
自分の手に目を向けるとたしかに真っ赤だ。風呂上がりで肌が柔らかくなっていたところをナイジェルの指輪を通した鎖にぶつけてしまったらしく、少し皮が剥けてわずかな血も出ている。
じわりとした痛みに怒りの熱は霧散していく。そして子供のように怒ってしまったことへの気恥ずかしさが、胸に去来した。
「姉様、お手は大丈夫ですか? 少し血が……」
「……痛いわね」
眉尻を下げたわたくしの呟きを聞いて、ナイジェルの顔が泣きそうに歪む。
「少々、お待ちください」
ナイジェルは慌てた様子で隣室へと向かう。そして救急箱らしき箱を持って、居間へと戻ってきた。
「それは?」
「騎士学校に居る時から使っている救急箱です。自分で手当てをすることも多かったので」
彼はそう言うと箱を開いて中身をいくつかローテーブルの上に置く。包帯、軟膏、消毒液かしら。
「少し染みるかもしれませんが……」
ナイジェルは小さな布を消毒液で濡らし、わたくしの手を取ろうとして……情けないくらいに眉尻を下げた。
「……姉様、触れても?」
訊ねるその声は微かに震えている。ここで『嫌』だと言ったら、泣いてしまいそうね。
わたくしは返事の代わりに怪我をした手をそっと差し出す。するとそれは大きな手に優しく握られた。
「姉様を、怒らせるつもりはなかったんです」
ナイジェルは意気消沈した様子で言いながら、傷に消毒液を塗布する。彼の言う通りそれはじわりと傷に染みて、わたくしは眉間に皺を寄せた。次に軟膏が塗られ、器用にくるくると包帯が巻かれていく。本当に手慣れているのね。
「……わたくしも、怒りすぎたわ」
小さな声で謝罪すると、ナイジェルの表情が泣く一歩手前のように歪む。そしてわたくしの手を自分の額に付けると、大きなため息をついた。
「姉様……」
「なにかしら、ナイジェル」
「……僕を、嫌わないでください……」
震える声で告げられた幼子のような言葉に、わたくしは目を丸くした。
照れ隠し姉と、しょんぼりな弟(/・ω・)/




