義姉は義弟におねだりをされる3
わたくしは居間の長椅子に腰を下ろした。そしてメイドに二人分の紅茶をお願いする。
ナイジェルが浴室から出る頃には冷めてしまっているでしょうけど、仕方がないわね。
「ありがとう。帰っていいわ」
紅茶を受け取ってからそう声をかけると、メイドたちは礼をしてから静かに去って行く。
すると部屋には、ナイジェルが湯を使っている音だけが響いた。
……なぜかしら、緊張するわ。
ナイジェルとは屋敷で一緒に暮らしていたけれど、生活音がここまで聞こえる環境ではなかった。
だから……きっとそのせいね。
そんなことを考えながら紅茶を口にしていると、街歩きの疲れからか瞼がとろりと落ちてくる。
ダメ。ナイジェルと、お話をする約束をしているのだから――
『ウィレミナ……』
義弟の優しい声で、名前を呼ばれた気がした。
だけどこれは夢ね。だって彼はわたくしを『ウィレミナ』なんて呼ばないもの。
頬に大きな手が触れる感触がする。少しかさついたその感触はなんだかリアルだ。
手のひらはわたくしの頬の感触を堪能するようにしばらく添えられたままで、その後何度も優しく撫でる動きをした。
夢の中なのに、まるで現実みたいな感触ね。
そんなことを思っていると――
『ウィレミナ、愛しています』
とんでもない言葉が空気を震わせた。そして頬に柔らかな感触が落ちる。
待って……なんなのこの夢は。夢には願望が表れることがある――なんて話を聞いたことがあるけれど。
こ、これがわたくしの願望だなんてダメよ!
「ダ、ダメ!」
思わず叫びを上げながら目を開ける。すると少し驚いた表情のナイジェルが目の前に居た。
彼の首筋には髪から滴る水滴が流れ、風呂上がりのせいか頬が赤い。
わたくしはそんな彼と、しばらくの間見つめ合ってしまった。
「え、えと……。お風呂から上がったの?」
「ええ。……姉様、悪夢でも見ましたか?」
静かにどこか緊張を含む口調で問われて、わたくしは首を傾げた。
「悪夢? 悪夢では、ないのだけれど」
そう『悪夢』ではない。けれどいい夢でもないのよね。
『義弟』相手の不埒な夢を見てしまうなんて! わたくしはなんて、はしたない女なんだろう。
ああもう……どうしてあんな夢を見たのかしら!
「そうですか。悪夢でなくてなによりです」
ナイジェルはにこりと微笑むと、指先で軽くわたくしの頬に触れる。それは先程の夢の感触を想起させ、頬を熱く熱した。
「ナ、ナイジェル。髪がちゃんと拭けていないじゃないの」
わたくしは恥ずかしさをごまかすように、ナイジェルを睨みながら言葉を口にする。
すると彼は水滴が滴る銀色の髪を指先で弄んだ。
「ああ、これですか。そのうち乾きますよ」
騎士団は当然男所帯だから、こういうところは雑なのかもしれないわね。
だけどそれでは、せっかくの綺麗な髪が傷んでしまうわ。
「拭いてあげるから、隣に座りなさい」
ため息をつきながら隣をぽんぽんと叩くと、ナイジェルは素直にそこに座る。
ナイジェルに首にかかっていたタオルを手にして、わたくしは彼の髪の水気を拭き取りはじめた。
久しぶりの続きになりました。




