義姉は義弟におねだりをされる1
「この寮の寝台は、とても広くていいですね」
隣室に自分の荷物を運び終えたナイジェルは、そういうと晴れやかな笑顔を浮かべた。
……この子、昔よりもだいぶ表情筋が動くようになったわね。きっといいことだわ、うん。
そんなことをまるで現実逃避のように考えてしまう。
これからずっと、隣室にナイジェルが居るのね……
「姉様と一緒でも、余裕を持って寝ることができそうです」
「な、なにを言っているの!?」
ナイジェルの一言にわたくしは大きく目を瞠った。するとそんなわたくしを見て、彼はくすくすと優美な笑い声を立てる。もしかしなくても、からかわれたのかしら。
なんて性質の悪い冗談を言う子なの……
「ナイジェ……」
「私たちは姉弟なのですし、一緒に寝るくらい不自然ではないのでは?」
『からかってはダメ』と叱りつけようとしたら、ナイジェルがそんなことを言い出した。
……どうやら、冗談ではなかったみたい。
小さい頃なら自然なのかもしれないけれど、この年齢でやるのは不自然の極みよ!
どれだけ姉べったりなの、この子は。そんなことを思ってつい脱力してしまう。
このべったり加減に長年気づいていなかった自分の鈍感さに、少しだけ呆れてしまうわ……
「この年齢で一緒に寝るなんて……。不自然よ、ナイジェル」
「ですが。今までお会いできなくて寂しかった年数の穴埋めをしたいです」
ナイジェルはそう言って悲しげに眉尻を下げる。
そんな顔をしないで欲しい。つい言うことを聞いてしまいそうになるのだもの。
だけどダメよ……さすがに一緒に寝るのはダメ!
「ダメと言っているでしょう!」
強めに言って睨みつけると、ナイジェルの綺麗な瞳が涙で潤む。
そして飼い主に捨てられた子犬のような絶望の表情で……悲しげに見つめられた。
「……姉様」
ああもう、情けない声まで出して!
「……一緒に寝るのはダメだけれど。眠くなるまでお前の部屋でお話をするくらいなら、してあげてもよくてよ」
いつでも根負けするのはこちらなのだ。
わたくしは大きく息を吐いて、妥協案を口にした。
するとナイジェルの表情がぱっと明るくなる。そしてこちらに駆け寄ると……
「姉様!」
「きゃあ!?」
ものすごい勢いでわたくしに抱きついてきた。なんなの! 躾のなっていない犬のような子ね!
「……ウィレミナ姉様」
ナイジェルの囁く声は蕩けるように甘い。それを聞いていると落ち着かない気持ちになって、わたくしは視線を泳がせた。
「もう、離さないとお話は無しよ!」
「……はい、姉様」
少ししゅんとしながら、ナイジェルが体を離す。ナイジェルの体温が離れていくことに、安堵と同時に少しの寂しさを感じてしまうのが不思議だ。
「お話をする前に、メイドを呼んでお風呂に入らないと……。お前は護衛寮で入るの?」
「あちらの浴場はもう閉まっているでしょうし、姉様の後にお湯をお借りしても?」
「それは別に構わないけれど。きっと冷えているわよ?」
「構いません」
天井から垂れている紐を軽く引っ張る。この紐は使用人の待機室に繋がっており、あちらではベルが鳴っているはずだ。しばらくして扉がノックされ、ナイジェルが来訪者の確認をする。そしてこちらに頷いて、三人のメイドを部屋に通した。
「お湯の準備をしてくださる?」
「承知致しました、ガザード公爵令嬢」
メイドたちはぺこりと一礼をして廊下へと消えていく。今からお湯を沸かしてこちらに運んでくるのだろう。
それをバスタブにお湯が溜まるまで延々と繰り返すのだ。
「入浴の準備というのは、なかなか手間よね。護衛寮の浴場はどうなっているの?」
「温泉を引いていると聞いておりますね」
「まぁ、温泉。どうしてこちらには引いていないのかしら」
「硫黄の香りがするので、生徒たちには好まれないのだとか……」
なるほど、それは嫌がる生徒が多そうだ。
それに……各部屋にパイプを通して引くわけにもいかないものね。
着々と追い込み漁をはじめる義弟なのです(´・ω・`)
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