わたくしと義弟の思い出5
「今度のお茶会には、ナイジェルも行くことになったからね」
お父様から告げられた言葉に、わたくしは目をぱちくりとさせた。
今までお茶会には、わたくし一人で参加していたのに……
最近はお茶会に行こうとするたびに、『ウィレミナ姉様綺麗です』『一緒に行けないのが悔しいです』『……姉様が誰かに目を付けられたら……やっぱり一緒に行きます』なんてよくわからないことを言いながらナイジェルが付きまとってくる。それを長い時間をかけて振り切って一人で出かけるまでが、様式美になっていた。
あの子の考えていることが、本当によくわからないわ。
そんなにお茶会に行きたいものかしら。腹の探り合いばかりで、本当に疲れるだけの場なのに。
……ナイジェルのせいで『探り合い』の原因が一つ増えてしまったし。
ナイジェルが『不義の子』だという公表は当然されておらず、表向きは『不幸があった親戚の子を引き取った』ということになっている。それでも『不義の子なんじゃないか』という噂はしっかりと立っており、お茶会の時にわたくしは探りを入れられていたりするのだ。貴族とは勘ぐる生き物だし、他家の弱みは握っておきたいものね。
その勘ぐりは――すべてきっぱりと否定しているわよ。
『不義の子』だと知れたら、うちの家名に傷がつくもの。王国三大公であるガザード公爵家の家名を守ることは、不義の子へのいじめよりも優先されるのだ。
だってわたくし、誇り高きガザード公爵家の娘ですもの。そんなの当然よ。
それは置いておいて……『ナイジェルと一緒にお茶会』ですって?
あの子ったら、お父様に頼み込んで一緒に行けるようにしてもらったのかしら。本当にワガママな子ね。
「ナイジェルとですか?」
「うん。そろそろいいかと思ってね。マナーもずいぶんと向上したことだし」
「……まぁ、そうですわね」
ナイジェルはお勉強だけではなく、マナーやダンスに関してもとてつもない向上を見せた。その立ち居振る舞いを目にしたら、やんごとなき血筋の貴公子だと皆なんの疑問も持たずに信じるでしょうね。
……悔しいわ。
わたくしはなに一つ『不義の子』に敵わない。
口ばかりで、いじめを働く浅ましい女なんて……わたくしの方がよほどガザードの家名に相応しくないじゃない。それを考えると、どうしていいのかわからないくらいに落ち込んでしまう。
……お父様の愛情が、ナイジェルに奪われたらどうしよう。
そんな不安も……正直あるの。
わたくしには血筋しか取り柄がない。見た目も凡庸だし、頭もそんなに良くはないわ。それを努力で補おうとしてきたけれど、ナイジェルのような本当に出来の良い子にはすぐに追い抜かれてしまう程度の成果しか出ない。
ナイジェルのお茶会参加も彼のワガママなんじゃなくて、義弟に家を任せていこうというお父様の意思表示だったら……
「……お父様」
思わず潤んでしまう目でお父様を見つめると、首を傾げて見つめ返される。
「わ、わたくし……」
「どうしたんだい? 私の可愛いウィレミナ」
お父様はしゃがんで目線を合わせると、優しく微笑んでくれる。そんなお父様に、わたくしはつい抱きついてしまった。
「……ナイジェルよりも出来ない子だけれど、いらない子じゃない?」
瞳に涙がせり上がって、本音と一緒にぼろぼろと頬を落ちていく。
「ウィレミナ、君は私の自慢の娘だよ。それに出来ない子なんかじゃない。ウィレミナはいつでもたゆまぬ努力をしている。それは誰にだってできることじゃない」
大きな手が優しく背中を撫でてくれる。その温かさに押し出されるようにして、涙が次々に零れてしまった。
「それに急にできた義弟にもいつだって優しい、とてもいい子じゃないか」
お父様の言葉に、わたくしは首を傾げた。少し体を離してお父様の顔を見ると、その表情は『娘が可愛くて仕方がない』というように笑み崩れている。
……お父様の愛情は、まだじゅうぶんにあるみたいね。
そのことにほっと胸を撫で下ろしてしまう。
「……わたくし、あの子にいつも厳しいわ。意地悪な義姉なの」
拗ねたように言いながらまた抱きつくと、お父様の上着の高価な布地に涙が染みる。
それが申し訳ないと思いながらも、わたくしは幼子のように泣くのを止められなかった。
優秀な義弟に焦りを覚えるお姉様なのです。