義姉と義弟は二人で出かける2
「ナイジェル、この店よ。ちゃんと着けたわ!」
地図の通りに歩いて店に着いたわたくしは、ナイジェルに得意げな顔をしてみせた。だって自分で地図を見て歩くのなんて、はじめてだったんですもの。なのになんの問題もなく到着できたのよ。
そんなわたくし見て、ナイジェルは微笑ましげな顔をする。いやだ、恥ずかしくなってきたわね。
考えてみれば、ナイジェルは任務で地図くらいごまんと読んだでしょうし……小さなことで誇らしげにしてしまったわ……
店は煉瓦作りの大きな建物で、女性客の出入りが多い。彼女たちはナイジェルを見て色めきたち、店から遠ざかろうとしていた者たちはわざわざ引き返してまで、遠巻きにこちらを窺いはじめた。……もうこれは仕方ないわね。
わたくしには羨望や嫉妬の視線が刺さり、時折『地味な女のくせに』なんて陰口が耳に入る。しかし誰かの『ガザード公爵家のご令嬢よ』という焦り含みの一言に後に空気が動揺で揺らめき、それ以降は誰も口を開くことはなかった。お茶会で顔を合わせた貴族の娘でも居たのかしら。
……陰口くらいで罰したりしないのに。
そうは思うものの、黙ってくれるのは都合がいい。わたくしだって悪口を聞きたいわけではないのだ。
「口さがないことを言っていた連中の中にはリテン子爵家の者と、サラス伯爵家のご令嬢がいたようですね。ユーリル伯爵家のご令嬢もいるのか。身分もわきまえず、姉様への侮辱をするなど……到底許しがたいです」
人混みに視線を走らせたナイジェルの、低く冷たい声が空気を打つ。そして誰かが逃げるような、忙しない足音がした。
「放っておきなさい。こんな地味な顔なのだもの。覚えていなかっただけでしょう」
陰口くらいで罰していたら、牢屋は令嬢でいっぱいになってしまうわ。
あまりに聞くに耐えないものは見せしめにしないと示しがつかないけれど……今回は『わたくし』だと認識して言ったわけではないのだもの。
「覚えている、覚えていないは関係ないのです。ガザード公爵家のご息女を侮辱した……その事実が問題です。それに姉様はお綺麗です」
……最後のお世辞は聞き流してしまいましょう。
義弟は時々わたくしを褒めるけれど、美的感覚がずれているのかもしれないわね。
今度美術館にでも連れて行って、少しずつ矯正しないと。
「お前に名指しされたものも、名指しされなかったものも、今頃きっと震えているわ。それが罰でいいのでなくて?」
「……姉様は、優しすぎます」
「無駄なことに煩わされたくないだけよ。ほら、店の中にエスコートして」
「わかりました……。それにしても大きな店ですね、素敵なものがあるといいのですけど」
ナイジェルはそう言うと、にこりと愛らしい笑みを浮かべた。
……愛らしい、というのを青年に差し掛かろうとしているナイジェルに言うのはおかしな話なのだろうけど。
わたくしの中では、まだ小さかった『弟』の印象が強く残っているのだ。
「姉様、お手を」
「ナイジェル、ありがとう」
差し出された手にそっと手を乗せると、ぎゅっと握られ優しく引かれた。
令嬢でパンパンになる牢屋は少し見てみたいです(*´﹃`*)
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