義姉と義弟は二人で出かける1
「思っていたより、人が多いものなのね」
ふだんわたくしは、馬車の窓からばかり街を見ている。何年ぶりかに自分の足で歩く大きな街は、少し怖いくらいに人が多かった。
学園があるのでこの街の警備の人数は多く、治安がかなり良い。治安が良いから人が集まり、安全に商売ができると店が増え、店が増えると『仕事があるかも』とまた人が増え……雪だるま式に人が増えてかなり栄えているとは聞いていたの。だけど実際に見ると、想像していた何倍もすごいわね。
思わずナイジェルの腕にぎゅうとしがみつくと、安心させるように優しい笑みを向けられる。ダメね、これじゃどちらが長子かわかったものではない。
……と言ってもわたくしとナイジェルは、数ヶ月しか生まれが変わらない同い年なのだけれど。
「姉様、安心してください。決して目を離しませんから」
「そう? 本当に?」
「ええ、本当です」
「……ならいいわ。絶対よ」
「ふっ」
少し吹き出すように笑われ、わたくしがむっとするとナイジェルは慌てて表情を取り繕う。いいわよ、聞かなかったことにしてあげるから。その代わりしっかり守ってもらうわ。
「姉様。どちらに向かうのですか?」
「少し待って。地図を持ってきたのよ」
この街は学園の生徒の『普段使い』の街だ。なので生徒には街の案内図が配られている。
「プレゼントを買うのに良さそうなのは……この雑貨屋ね。品が良いといいんだけど……」
「姉様から頂けるなら、どんなものでも嬉しいですけれど」
「もう。どんなものでもなんて言わないで、ちゃんと欲しいものを考えなさい」
そんな会話をしながら歩いている間も、ナイジェルには女性たちからの熱い視線が向けられていた。その中を平然と歩くのだから……よほどこういう視線には慣れているのね。
「ね、ナイジェル」
「なんですか、姉様」
「お前って相変わらず女性に人気よね」
「……そんなものには、なんの意味もありませんよ」
ナイジェルはなんの感情も感じさせない表情で、短くそれだけ返した。
……驚いた。
照れる義弟を想像していたのだけれど、ずいぶんと擦れた返事が返ってくるものだ。
もしかして女性問題でひどい目にでも遭ったのかしら。あり得るわね。身内贔屓じゃなく、これだけの美男なのだし。
「女性問題での揉め事は、早めにガザード公爵家に報告しなさい」
女の恨みは怖い。ナイジェルが悪かろうと悪くなかろうと、悪い噂はすぐに広がってしまうだろう。
そして『やんごとなき血』だと知られたら、どんな面倒事に発展するかわからない。
だけど報告さえしていれば、火種が燃え広がる前にきっとお父様がなんとかしてくれる。
「姉様。私は今まで女性とお付き合いしたことはありません。揉め事なんて起きようがないです」
「まぁ。そうなの?」
「そうです。ガザード公爵家の家名に泥を塗るようなことはしたくありませんので」
義弟は思っていたよりも真面目な性質のようだ。少し安心したわ。
「……姉様は、僕が女性と遊んでいると思ったのですか? ひどいです」
ナイジェルはそう言うと、憂い顔で目を伏せた。
しょげているのかしら……一人称が『僕』に戻っているわね。
「だってお前は美男ですもの。なにもないなんて思わないでしょう?」
「……美男?」
「ええ。美男よ」
目をパチパチとさせた後に、ナイジェルはこちらを凝視する。
「姉様がそんなふうに思って……」
「事実ですもの。変な子ね」
「事実……」
ナイジェルは頬を染めて嬉しそうに口元を緩める。
……この子、案外褒められ慣れていないのかしら。
あざとく行こうと思ったら、義姉の天然が上回りました(´・ω・`)




