義姉とその使用人
寮の部屋に着くと一足先に屋敷を出ていたエイリンとその夫のロバートソンが、家具の設置をしている最中だった。家具は屋敷から持っていくわけにはいかないし、備え付けを使うことも想定されていない。
三大公の娘が、他人が一度でも使ったものを使うわけにはいかないのだ。
実は備え付けでも気になる性質ではないのだけれど。そんなことを言い出したら、人様の家になんて泊まれないわけだし。
……だけどここでは、体面上必要なことだと思っている。
「あっ、お嬢様。到着されたのですね」
作業を中断してエイリンとロバートソンが頭を下げようとする。それをわたくしは「大丈夫」という意思を込めて軽く手で制した。付き合いの長い二人はそれで察し、作業を再開してくれる。
「学園勤めの使用人が、後ほど荷物を運んでくるわ」
この学園には専用の使用人たちがいる。下位貴族の場合だと使用人を連れてこれない場合があるし、このように手が足りない時もあるものね。
と言っても屋敷から連れてきた使用人のように気軽に使えるわけではなく、ある程度の節度は求められている。この学園は王立で彼らは王宮からの派遣なのだから、当然のことだ。
彼らは貴族家の出の者が多く、さんざん顎で使った後に自分よりも上位の家の者だったと知って後の祭り……なんて事例も毎年尽きない。
……そういう見極めも、貴族には大事よね。
「大丈夫ですよ、お嬢様。段取りは頭に入っておりますので」
「ふふ、さすがエイリンね」
「照れますよ、お嬢様」
わたくしが褒めると、エイリンははにかんだ顔をした。
「お嬢様。主室はしばらくこの調子ですので、隣室でお休みになられますか? お休みになるのでしたら、お茶の準備をいたしますが……」
ロバートソンが、まだまだ時間がかかりそうな部屋の様子を示しながら提案する。
「荷物の整理の後にナイジェルと街に行こうと思っていたのだけれど、街に行くのを先にした方が良さそうね。その方が貴方たちも、気兼ねせずに部屋を整えられるでしょう?」
「街にですか! いいですねぇ、しかも素敵な騎士様とだなんて」
エイリンからの微笑ましげな視線が、わたくしとナイジェルに向けられた。屋敷の使用人たちには、昔からこのような目で見られることが多かったわね。皆ナイジェルがわたくしに懐いてくれているのを、察していたのかしら……
……わたくしばかりが、鈍いわね。
だってナイジェルに好意を向けられているなんて、思ってもみなかったのだもの。
「素敵な騎士だなんて光栄です、レディ」
ナイジェルがそう言って一礼すると、エイリンは嬉しそうに微笑んだ。その微笑みは令嬢たちがナイジェルに向ける『色』を含んだものではなく、『慈愛』に満ちたものだ。
わたくしとナイジェルの成長を、一番側で見ていたのはエイリンだものね。
「そうね。素敵な騎士様に守って頂こうかしら」
冗談めかしてそう言いながら、ナイジェルの腕に自分の腕を絡める。
すると彼は――耳まで真っ赤になってしまった。
女性に騒がれているくせに、ずいぶんと初心なのね?
姉様からの褒め言葉に慣れていない義弟なのです。




