学園へ
公爵家の邸から馬車で五時間ほど。
王都から少し離れた中規模の都市に貴族たちの通う学園『エイリール』はあった。
じゅうぶんな敷地面積を確保するために、学園は王都から少し離れた場所にある。子息子女だけではなく、その使用人まで収容するのだから広さは必要よね。
馬車酔いでくらくらとしながら学園にたどり着き、ナイジェルの手を取って馬車から降りると……
他の生徒たちの視線が、一気に突き刺さった。
最初は美しすぎる護衛騎士に。次に、ガザード公爵家の馬車から降りてきたわたくしに。
『ガザード公爵家の、ウィレミナ様よ』
『あの騎士様は、義理の弟君の……』
『ナイジェル様がウィレミナ様の護衛に? 二人は不仲ではなかったの?』
『ああ、あれがお噂のナイジェル様。なんて美しい方なの』
『ご婚約者はいらっしゃらないのよね? わたくしを見初めてくださらないかしら……』
そんな声がさざめきのように起こり、わたくしが一瞥すると一気に消える。
そして蜘蛛の子を散らすように生徒たちは散り、遠目でこちらを見るばかりになった。
今年は王族の入学がないため、わたくしが学園の身分最上位だ。皆、『ガザード公爵家の娘』の不興を買いたくないのだろう。
そもそも『不興を買うようなこと』をしなければいいだけの話なのに。
……そう思うと、少し腹が立つわね。
「姉様。ずいぶんと怖がられているようですね」
「わたくしがではなく、ガザード公爵家がよ。だけど、まるで鬼のような扱いね……本当に失礼だこと」
そう言ってぎゅっと目をつり上げるわたくしを見て、ナイジェルはふっと笑う。
「姉様が学園で孤立した場合……。私が姉様の時間を独り占めできますね」
耳元で囁かれた言葉を聞いて、わたくしは目を瞠った。
「わたくしを独り占めなんてして、どうするのよ」
「そうですね。まずは会えなかった四年間の空白を埋めます。守秘義務がある任務のお話以外なら、いくらでもできますよ。私も姉様の話が聞きたいです」
「お前ったら……」
正直、空白の四年間の話は気になるけれど。
この子はわたくしと居ない間、どんなふうに生きていたのだろう。
「マッケンジー卿の寝相が悪い話や、好む食べ物の話なんかもできますね」
「それは、ぜひ聞きたいわね」
マッケンジー卿は寝相が悪いの? なんて可愛いのかしら!
……再婚、なんて話も今のところ出ていないのよね。あんな素敵な方が、これからの一生を一人でいらっしゃるのかしら。
「……姉様はマッケンジー卿の話にすぐに釣られるな。少し妬けます」
ナイジェルは拗ねたように言って唇を尖らせる。
そんなに姉と話したいなんて、変わった子だ。
「お前の話も、聞きたいと思っているわよ?」
……今さらながら、大事な家族だと気づけた義弟のことだもの。ちゃんと知りたいわ。
わたくしの言葉を聞いたナイジェルはなぜか少し沈黙する。どうしたのかしらと見つめていると、彼は口元を少し緩めた。
「姉様。その、嬉しいです……」
ナイジェルの白い頬が赤く染まる。その色香に気圧されて、わたくしは思わず後ずさろうとした。
けれどエスコートでナイジェルに手を取られているので、上手く距離が取れない。
「ナイジェル。……その無駄な色気をしまいなさい」
「無駄な色気、でございますか?」
きょとりと無邪気に首を傾げられ、なんだか腹が立ってきて……
ぺちりとおでこを軽く叩くと、なぜか嬉しそうに微笑まれた。
周囲から見ると、たぶん仲良し姉弟。
面白いと思って頂けましたら、感想・評価などで応援頂けますと更新の励みになります(*˘︶˘*).。.:*♡




