学園への旅立ち
「とうとう学園へ行くのね」
馬車に詰め込まれた荷物を眺めながら、わたくしはしみじみとつぶやいた。
しばらく家には戻れないのね。それが寂しいと思ってしまうのは、甘えかしら。
「姉様。いよいよですね」
なんだか楽しそうな声音でナイジェルが声をかけてくる。わたくしの護衛というのは、そんなに楽しいものではないと思うのだけれど。特にマッケンジー卿の元で、もっと素晴らしい任務に携わったのだろう義弟にとっては。
そう言えば……わたくし、ナイジェルとの果たしていない約束があったわね。
ふと、そんなことに気づいてしまう。
「ナイジェル。あちらに着いたら部屋を整えてから、少し買い物に行かない?」
「お買い物、ですか? なにか足りないものでも?」
ナイジェルが首を傾げる。わたくしはそんな彼に笑ってみせた。
「騎士学校への入学祝いの贈り物を、買ってあげられていないから。もう遅いかしら?」
薔薇園で約束をしたのに結局果たせないままだった。
騎士学校入学と卒業のお祝い、そして騎士になったお祝いを兼ねてなにか素敵なものを買ってあげましょう。
「姉様……」
青の瞳が大きく瞠られ、口元が嬉しそうに緩む。そんな可愛らしい表情をしたら、令嬢たちが卒倒するわよ。お前は見目がとってもいいのだし。
この子は学園で素敵なお嬢様と恋に落ちたりするのかしら。それを想像すると少し楽しみになってしまうわ。
昔言っていた『想い人』は……さすがにもう想ってはいないでしょうね。
「贈り物……。嬉しいです、姉様」
ナイジェルは頬を染めながらわたくしの手を握る。この子は本当に接触が多いわね。今までは想像してもいなかったけれど……義弟はわたくしのことを本当に好いてくれているのだろう。義姉としては嬉しいことだけれど、こんなふうに触れられたりは気恥ずかしい。
自分の手を握る大きな手をじっと見つめる。今日のナイジェルは白い手袋を嵌めていて、傷はそれに隠れて見えない。次にナイジェルの顔に目を向けると、にこにこと嬉しそうな笑みが浮かべられていた。
わたくしは少し考えて……『手を離しなさい』と言うことを諦めてしまった。
好いてくれるのを、拒絶するのは難しいのね……
「街に行く時には学園に申請を出して、常駐の騎士から護衛を増やしてもらった方がいいかしら」
「いいえ、私一人でじゅうぶんです」
ずいぶんときっぱり言うものだ。わたくしは思わず目を丸くした。
「わたくしを一人で守る自信があるの?」
「あります、姉様」
「そう、ならばそれを信じるわ。お前はわたくしの騎士なのだものね」
そろそろ出発の時間だ。馬車にわたくしが目を向けると、ナイジェルがそっとエスコートをしてくれる。
その紳士的な仕草にも、彼の成長を感じてしまう。
馬車にわたくしたちが乗り込んだところで、お父様がやって来た。ご公務で忙しいのだからお見送りはいいと言ったのに……
「お父様。今日もお忙しいのでしょう?」
「いくら忙しいと言ってもね。娘の旅立ちを見送るくらいはできるよ」
馬車の窓から声をかけるとお父様はそう言って苦笑する。
優しいお父様にしばらく会えないのだと思うと、胸の奥がツンと痛くなった。
「お手紙、たくさん書きますわ。年に一度の長期休暇の際には、ちゃんと帰りますから」
「うん、楽しみにしているね。私の可愛いウィレミナ」
お父様と使用人たちに見送られる中、馬車がゆっくりと動き出す。
「寂しいわね」
小さくぽつりと漏らすと、隣に座っていたナイジェルがそっと手を握ってくれた。
そうね。私の家族は――隣にも居るのだわ。
18時更新分を間違えて14時にしてしまいました…_(:3」∠)_




