わたくしと義弟の思い出4
ナイジェルが我が家にやって来て二年が経ち。彼の成長は目覚ましく、わたくしのやっている授業の範囲にすぐに追いついて……そして追い抜いてしまった。
家庭教師はナイジェルを『天才だ!』と褒めそやし、わたくしは少々ご機嫌斜めである。毎日死ぬ気で頑張っているのに、義弟にすぐに追い抜かれてしまうなんて。本当に屈辱でしかない。
そしてわたくしを追い抜いたくせに……ナイジェルはなぜか未だに一緒に勉強をしたがるのだ。
周囲に他に大人しかいないせいかしら。困るのよ、悔しいけれど教えることがないのだもの。こちらの劣等感ばかり募るじゃない!
ぜんぶあちらの方が上だから、憎まれ口を叩く隙もどんどん無くなっているし! 不義の子は許せないけれど、無いことばかりを言うような矜持の無いいじめ方はしたくないのよね。……これはどうしたものなのかしら。
今日も図書室で自習をしているわたくしのところに、ナイジェルが本を抱えてやってきた。その表紙をちらりと見ると、わたくしが見たこともない教科のものだ。
……本当に、なにをしに来たのよ。
自分をいじめる、嫌いな義姉に当てつけのつもり? 人のことは言えないけれど、ナイジェルも相当性格が悪いわ。
「ウィレミナ姉様、一緒に勉強を……」
「わたくしが教えることなんて、もう無いじゃない。邪魔だからどこかへ行ってくれないかしら?」
苛立ちながら睨めつけても、ナイジェルの無表情は揺らがない。それにも腹が立つ。ちょっとくらい、反応を示しなさいよ!
「ウィレミナ姉様、僕はまだ未熟です。だからお側で学ばせてください」
ナイジェルはそう言うと、わたくしをしっかりと見つめた。……その顔はやっぱり無表情だ。正直言うと、ちょっと怖い。
「嫌よ。邪魔だもの」
「……側に居るだけでいいので」
「邪魔――」
「姉様……」
「ああもう! 無表情で瞳を潤ませるのは止めなさい! 怖いのよ! わかったわよ、居るだけなら許すわ!」
ナイジェルはしつこく食らいついて、今日もわたくしの隣を確保してしまった。
毎日嫌味を言ってもめげないし、被虐趣味でもあるのかしら。いやだわ、そんなものには付き合っていられない。
隣で大人しく本を読むナイジェルをこっそりと盗み見る。
この二年間で……ナイジェルはその美しさにさらに磨きがかかった。
顔立ちは出会った頃より少しシャープになって、彫りの深さが際立ったような気がする。以前は少女めいた美貌だったけれど、今は絵に描いたような美少年だ。
わたくしの家に遊びに来る友人たちも、今ではすっかりナイジェル目当てになっているし。
あの義弟を紹介しろとうるさいから、根負けして紹介したことも何度かあるのだけれど……
ナイジェルは、この家の者以外とはほとんど喋らないことがわかったのだ。
わたくしの前でもじゅうぶん無口な子だと思っていたのだけれど、家人以外の前ではなおさら酷い。『はい』と『そうですか』の二択くらいしか会話のパターンがない。
友人の帰宅後に叱っても『しゃべる必要がないので』なんて澄まし顔で言うのよね。どういうつもりなのかしら、本当に。
ちなみにわたくしの容姿は二年前と同じく冴えないままだ。姉弟なのにどうしてこんなに差が出てしまうのかしら。わたくしのお母様も、それなりに美人だったのに!
姉様は押しに弱いのです。