近づく学園入学
「家を離れるというのは、なかなか面倒なものなのね。なにを持っていくかなんて選べないわ」
「そうですねぇ。面倒ですけれど……楽しいこともきっとたくさんございますよ、お嬢様」
学園への入学が近づき、荷物の選別をしながら漏らすとメイドのエイリンにくすりと笑われた。彼女は子爵家の三女で、わたくしが幼い頃からお付きのメイドをしてくれている。わたくしが心を許している使用人だ。
「エイリンは、学園生活は楽しかった?」
思わず子供のような口調で訊ねると、エイリンは何度も頷いた。
「お友達と毎日一緒に過ごすのは楽しかったですね。私はしがらみのない身分だから、というのはあるでしょうけれど」
「しがらみ……そうよね」
「いえ、楽しいです! きっと!」
エイリンは励ますように言ってくれるけれど、『しがらみ』があるわたくしにとっては毎日気の抜けないお茶会やパーティーに行くみたいなものなのよね。それを思うと、気分が落ち込むわ。
「わたくしの護衛はどんな方になるのかしら……」
学園に連れて行ける使用人の数はその身分に応じて決まっている。
わたくしの場合は、使用人二人と護衛一人を連れて行けることになっていた。
使用人はエイリンと、エイリンの夫であるフットマンのロバートソンを連れて行くことが決まっているのだけれど……
わたくしの身を守る護衛騎士が――まだ決まっていないのだ。
「素敵な騎士様だといいですねぇ。ガザード公爵家のご息女の護衛ですし、近衛騎士団から派遣するのでは……なんて噂も聞きましたよ」
「そうね、その可能性は高いと思うわ」
お父様とわたくしには王家の血が流れている。祖母が前王の従妹だったのよね。だから『王家』を守る近衛騎士団から護衛を、なんて話が出てもまったくおかしくはない。
マッケンジー卿……ということはないわよね。彼は近頃とても忙しそうだもの。
ナイジェルが近衛騎士団へ正式に入隊したという話も聞いたけれど。頭角を表してきたとは言え、駆け出しの騎士がガザード公爵家の娘の護衛になることはないだろう。
……それに、彼に守られるのは違うわよね。
隠されているけれどナイジェルは『やんごとなき血』なのだろう。
前王の血なのか、現王の血なのか、はたまた王弟殿下の血なのか……
いけないわ。お父様が隠しているからには、詮索はよしておかないと。
とにかく、ナイジェルは王家の血を引くガザード公爵家を『隠れ蓑』に出来る血筋であることはたしかだ。
こちらが傍系なら、あちらは直系。身を挺してお守りしないといけないのは、臣下であるわたくしの方ね。
「素敵な騎士様だといいですね」
わたくしが幼い頃からマッケンジー卿に憧れていることは、エイリンには知られている。
もう、からかわないで欲しいわ。
「素敵な騎士様がいらっしゃって……恋なんかしたら困るわ。駆け落ちしないといけなくなるもの」
冗談めかしてこちらも返すと、エイリンはくすりと笑った。
「近衛騎士団から派遣の騎士であれば身分もたしかでしょうし……。お嬢様の新しい婚約者候補として用意されている、という可能性もあるんじゃないですか?」
「無くはないとは思うけど……」
物語ではないのだから、恋してしまうような素敵な騎士様が婚約者候補に……なんてことはないと思うわ。
素敵な騎士なんて来るはずがないのです(フラグ)
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