義姉と婚約者候補筆頭
「ウィレミナ嬢。なんだか元気がないね」
テランス様が麗しいかんばせに、こちらを気遣うような表情を浮かべる。
わたくしは、はっとしながら表情を引き締めた。ダメね、疲れが顔に出てしまうなんて。
「大丈夫です、お気遣いありがとうございます」
にこりと笑い、お茶を口にする。テランス様に気を使わせてしまって……本当に申し訳ないわ。
今日はテランス様をガザード公爵家へお呼びして、二人だけのお茶会を開いている。
――お呼びして、というのは少々語弊があるけれど。
テランス様の方から『遊びに来たい』とのお申し出があったので、お招きしたのだ。わたくしたちも年頃なのでこういうことをすると、『婚約者がとうとう本決まりになったか』なんて噂になるのは目に見えているのだけれど……
お父様に相談したら『別の婚約者候補とも、近い日取りでお茶をすればいいんじゃないかな。最近のウィレミナは疲れているようだし、たまには誰かとしゃべることも必要だよ』と言われてしまった。
疲れている、か。
そうよ、疲れているわよ。ぐるぐるぐるぐると『ナイジェルにいつ謝れるのだろう』って考え続けているのだもの! しかも何年もよ!
まったく、ナイジェルったら。一度くらい家に帰ってもいいじゃない! わたくしはともかく、お父様にはお世話になったでしょう!?
……これは完全なる八つ当たりね。
「ねぇ、ウィレミナ嬢。悩みがあるなら相談して欲しいのだけれど。将来夫婦になるかもしれない仲なのだし」
テランス様はそう言うと、首を少し傾げた。彼は年を重ねるごとに美しくなっている。ご令嬢が騒ぐ声の大きさも、年々音量が増しているわね。そしてそんな貴公子を、いつまでも『婚約者候補筆頭』として留めおいているわたくしへの批判も増している。
……仕方ないじゃない、家には事情というものがあるのだもの。
それに『婚約者候補』というのは、『婚約者』のように強制力があるわけではない。テランス様が望めば解消し、別のご令嬢とすぐにでも婚約することができる程度のものだ。
華やかなお噂が多いテランス様だけれど、候補の解消を口にされたことはない。
それどころか、こうして『将来』のことを仄めかされる。彼はわたくしとの婚約に前向きなのね。どちらの家にも利があることだし、当然か。
「弟がなかなか戻らないので、それが気になってしまって」
嘘を言っても仕方がない。わたくしがそう言うと、テランス様は少し困ったような顔をした。
「今、彼は忙しくしているみたいだね。噂は聞いているよ」
「ええ。喜ぶべきことだとは、わかっているのですけど……」
ふっと息を吐いて目を伏せる。胸の奥にじわりと寂しさのような感情が滲み出て、心を侵食した。
「彼は第二王女殿下のお気に入りのようだし、出世は間違いないよね」
第二王女殿下の? そんなことは知らないわ。
わたくしが目を丸くすると、テランス様は気まずげな顔になった。
「ほら、アダルベルト様の妹君のマルタ嬢。彼女が王宮の侍女から聞いたそうだよ」
ああ、テランス様のご友人の妹君……
それにしても、侍女が王宮内の噂話を軽々にするなんて。その噂話を簡単にテランス様に伝えるマルタ嬢も問題だし、わたくしに伝えるテランス様も問題よ。皆、マウマウ鳥の羽根のようにお口が軽すぎるわ!!
わたくしは、眉間に深い皺を寄せた。一体皆様どうなっているのかしら。
「あ、えと。行儀が悪いのはわかってるんだけどね」
「いいえ。弟の話が聞けて良かったですわ」
焦るテランス様に、にこりと笑ってみせる。
あの子は、王都の付近には居るのね。
――じゃあどうして帰らないのかしら、本当に!
そんな怒りを覚えて……それはすぐに消沈した。
わたくしが嫌いだからに、決まってるわよね。居心地の悪い家になんて戻る意味がないもの。
思わず深いため息を漏らしていると、そっと手が握られる。顔を上げるとテランス様がこちらを見つめていた。
「テランス様?」
「……憂い顔も可愛いけれど。笑っている貴女が見たいかな」
そうよね。一緒に居るのに……ため息なんて失礼ね。
「そうですわね。申し訳ありません」
謝罪をしてから笑ってみせる。するとテランス様も少し頬を緩めた。
テランス様の気持ち姉様知らず。
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