義姉と真実の欠片2
「ウィレミナ」
お父様が真剣なお顔でこちらを見つめる。わたくしは……喉をごくりと鳴らした。
――どうしよう、どうしたらいいのだろう。
わたくしはきっと……何年もの間『間違えて』いたんだ。
そんな確信が胸を過ぎる。その確信を現実のものとして突きつけられるのがとても怖い。
お父様も……ナイジェルも。間違いを犯したわたくしを軽蔑していたのかしら。心臓がドクドクと激しい音を立て、頬を嫌な汗が伝った。
「ウィレミナ、そんな顔をしなくていい。わざと周囲が誤解するように仕向けていたのだからね。こちらこそ君に謝らないといけないんだ」
お父様はそう言って困ったように笑うと、わたくしの頭を優しく撫でた。その手の温かさにほっと息が零れ、思わず泣きそうになる。
「ナイジェルは……まだ詳しくは言えないけれど、隠さなければならない血筋の子でね。私の『不義の子』という誤解を周囲に与えて、それを隠れ蓑にしていたんだ」
隠さなければならない――血筋。
ガザード公爵家を隠れ蓑にできる『血筋』なんて一つしかない。
今の王宮の情勢のことが脳裏をぐるぐると回る。きっと、ナイジェルは……
「お父さ……」
「考えることも、口にすることも止めなさい。今はまだ君は『知らない』。……いいね?」
お父様は優しいけれど、断固とした口調でそう言った。
「わ、わかりましたわ」
血の気が引き、体が手の先から冷たくなっていく気がした。震えが止まらず、どうしていいのかわからない。
震える理由はナイジェルが『やんごとなき血の子』だったからじゃない。
事情があって我が家に来た年端も行かない子供をいじめてしまったことを、はっきりと自覚してしまったからだ。
誤認を誘導された、なんてことは言い訳にもならないわ。真に高貴な者ならナイジェルが本当に『不義の子』だろうと、そんなことはしなかったはずよ。
――わたくしは、公爵家の娘失格だわ。
どうしよう。
考えを改めて、姉として優しく接する機会なんていくらでもあったはずなのに……
「お父様……」
「なんだい、ウィレミナ」
「わたくし、彼に酷いことを……」
「そうなのかい?」
「ええ、そうなの。わたくしは……卑劣なの」
涙が溢れて頬を伝う。それはお父様の大きな手で、優しく拭われていく。
「ナイジェルは、わたくしを憎んでいるわ」
「そんなことはないと思うけれどね」
お父様はそう言ってくださるけれど、そんなわけがないわ。わたくしいつもあの子に酷い態度を取っていたもの。
「わたくし、ナイジェルに謝りたい」
「騎士学校へ入ると家族に会うことは許されないから、二年は難しいね。手紙で謝ることはできるけれど……止めて欲しいかな」
「……どうして?」
聞き返した後にバカなことを訊いたと気づく。
騎士学校へ送られる手紙は、送り手の身分に関わらず検閲される。わたくしが妙な手紙を送ったら、お父様のナイジェルを『隠す』努力が水の泡になってしまうかもしれないのだ。
「二年経ったらまた会えるから、その時に謝ればいい」
二年……それはなんて先の話なんだろう。
「この話は一旦横に置いておこうか。今のウィレミナは体が弱っているから、まずは回復しないとね。重湯からになるけれど……食事を取らないと」
お父様にそう言われて、三週間もまともな食事を取っていないのだということに気づく。
眠っている間にも流動食のようなものは与えられていたのだろうけれど……栄養は確実に足りていないわよね。
「わかりましたわ、お父様」
「うん。早く元気になろうね」
お父様が優しく頭を撫でてくれる。
……ナイジェルもきっと、こんな家族の愛を求めていたはずよね。
それを思うと……わたくしはやりきれない気持ちになった。
義姉とその後悔。




