義姉と真実の欠片1
――意識の端に、ガタガタという馬車の遠ざかる音が引っかかった。
今日は来客があったのかしら。わたくしったらお出迎えもせずに……あら? そう言えば、どうしてお出迎えをしなかったのだろう。
ふわりと意識が浮上し、瞼がゆっくりと持ち上がる。いつもの部屋の天井が目に入ったけれど、なぜかそれを見たのが久しぶりのような気がした。
「……う」
声を出そうとすると、喉の奥に引っかかって上手く出せない。手足も鉛のように重く、まるで自分のものではないみたいだ。
「あ……」
「お嬢様!?」
もう一度声を出すと、わたくし付きのメイドの驚く声が近くでしてパタパタと忙しない足音が遠ざかっていく。ダメよ、そんなに足音を立てては。貴女はガザード公爵家の使用人で、わたくしのメイドなのだから。
しばらくすると複数人の足音が聞こえて……部屋の扉が少し乱暴に開かれた。
「ウィレミナ!」
部屋に響いたのはお父様の声だった。それはずいぶんと焦ったような声音で、困惑を覚えてしまう。なにかがおかしいわね。……わたくしは今、どういう状況なのかしら。
「ウィレミナ、目が覚めたのか!」
お父様が眉尻を下げながらこちらを覗き込む。その姿は少し痩せたように見えて、わたくしは心配になってしまった。お仕事をお忙しくされすぎなのではないかしら……
「……お父様、わたくし一体……」
「薔薇園に行ったのは、思い出せるかな?」
薔薇園――白い服の日傘の女。鈍い銀色の煌めき。
そうだわ、ナイジェルは……
「ナイジェルは、無事でしたの!?」
叫んで身を起こしたわたくしは、強い目眩に襲われて寝台に倒れ込んでしまった。いやだわ、体が上手く言うことをきかない。
「ウィレミナが庇ってくれたおかげで、ナイジェルは無事だったよ」
「ああ、そうですの。良かったわ……」
わたくしはほっと胸を撫で下ろした。別に義弟を心配したわけではないけれど。目の前で死なれたら、寝覚めが悪いもの。そうよ、ただそれだけなの。
「ウィレミナは刺客の毒のせいで、三週間も寝込んでいたんだ。目が覚めて……本当に良かった」
お父様はそう言うと、心底ほっとしたように眉尻を下げた。
「三週間も……?」
ずいぶんと長く寝込んだものだ。そういえばナイジェルは、どこに居るのかしら。
「お父様、ナイジェルは?」
「……彼は今日、騎士学校に行ったよ。かなりウィレミナを心配していたから、後で手紙で君の目が覚めたことを知らせよう」
「そう……そうですの」
さっきのは、ナイジェルが騎士学校へ行くための馬車の音だったのね。
仕方がないこととはいえ、見送りと……別れの挨拶くらいはしたかったわ。
なにはともあれ、二人とも無事だったのだ。
とっさに義弟を庇ってしまったけれど、わたくし……死ななくて良かったわね。
――庇う? なにかがおかしくないかしら?
そうよ。どうしてわたくしじゃなくて、ナイジェルが狙われたのかしら。
わたくしは公爵家の直系だ。狙われる理由なんていくらでもある。
だけどナイジェルは『不義の子』で、現状だけ言えば公爵家の跡取りになんて話は出ていない。
「ねえ、お父様」
「なんだい? ウィレミナ」
「……どうして、ナイジェルが狙われたの?」
わたくしの問いを聞いたお父様の瞳が、ゆっくりと大きく瞠られる。
隠し事をしていることは、その表情からすぐにわかった。だってわたくし、お父様の娘ですもの。
「……ウィレミナとゆっくり話したいから、席を外してくれ」
お父様が使用人にそう指示を出す。
内密でしかできない話なの……? 胸の奥がざわざわと嫌な音を立てた。
真実の欠片を拾う義姉。
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