義弟の旅立ち2(ナイジェル視点)
マッケンジー卿からアドバイスをもらいながら荷物をまとめて、僕は騎士学校へと入学する準備をした。荷物は驚くほどに小さいけれど、学校の近くに中規模の街があるからいつでも買い出しには行けるとマッケンジー卿は言っていた。
学園への入学は明日へと迫っている――しかし、姉様は未だ目を覚ましていない。
行く前に、姉様に守ってくださったことのお礼を言いたかった。
……そして守れなかったことを謝りたかった。
一縷の望みを託して、僕は姉様の部屋へと行く。音がしないように注意しつつ扉を開けると、中からはふわりと花の香りが漂った。姉様はまだ目を覚ましていないけれど、メイドが気を使って毎日花を変えているのだ。
姉様が起きた時にいつもと様子が違えば悲しむかもしれないから、とメイドは言っていた。優しい彼女は使用人たちにも好かれている。
分厚い絨毯を踏みしめながら、姉様が寝かされている寝台へと向かう。するといつもの通りに、寝息を立てる姉様の姿があった。
顔色は相変わらず悪いけれど、前よりも呼吸は落ち着いている。
……そろそろ、姉様は目を覚ますのかもしれない。
「姉様……今日のご気分はいかがですか?」
囁きながら姉様の頬に触れる。肌は仄かに温かくて、姉様の命が感じられてほっとした。
「僕は明日、騎士学校へ行きます。必ず強くなって戻ります。そして今度こそは姉様を守りますので――姉様の騎士にしてください」
ぽたりと姉様の白い頬に雫が落ちた。それが自分の涙だと気づく頃には、僕の頬はたくさんの涙で濡れていた。涙は止めたくても止まらない。僕はシャツの袖で、何度も何度も顔を擦った。
「ごめんなさい、姉様。資格はないかもしれませんが……貴女を愛しています」
屋敷に来てからのことを思い返す。
この屋敷に来た頃――僕は幸せになれないと思っていた。
僕は利用されるためだけに連れてこられた存在で、誰かの代替品だから。
家族としての愛情なんてものは、与えられないのだと思っていた。
けれど姉様が――僕に愛情をくれた。
姉様は『お前になんて愛情を注ぐわけがないでしょう!』と怒りながら否定をすると思う。
だけど僕にとっては、たしかに愛情だったんだ。
家族のように叱って、家族のように褒めてくれた。側に居たいと甘えると、仕方ないという顔をしながらいつも一緒に居てくれた。
姉様はいつでも優しくて、誇り高い素敵な女性だった。
「姉様、姉様……」
白い手を取ってそれに頬を擦り寄せる。
姉様と再会した時、僕を取り巻く状況がどう変わっているかわからない。
だけど僕は、それをすべて跳ね返せるくらいに強くなる。
姉様を守れる男になったら……僕の本当の『素性』と気持ちを伝えるんだ。
姉様の長い黒髪を一束取り、鋏でほんの少しだけ先を切って紙に包む。女性の髪を勝手に切るなんて、バレたら怒られるかもしれないな。
これは騎士学校での……僕のお守りだ。
「姉様、行ってきますね」
僕はそう囁いて、姉様の頬に口づけをした。
そんなこんなでひと時のお別れです。




