義弟の回想3(ナイジェル視点)
公爵と事前に口裏を合わせ、『僕は公爵の不義の子』というふうを装うことになった。
と言っても、口でわざわざ言いふらすわけじゃない。
公爵いわく『公爵がどこからか子供を連れて来て養子にした』という事実だけで、噂好きの貴族という生き物は勝手に下世話な憶測をし、それを広めてくれるのだそうだ。便利というか……面倒というか。
僕の実態は立場がふわふわとした『居候』なのだけれど、それは絶対に誰かに知られるわけにはいかない。だから公爵の実の娘にも、きちんとした説明はしないということになった。
「そうすると、あの子もきっと貴方が『不義の子』だと思い込むでしょう。とても気に病むでしょうから可哀想ですが……貴方のお立場を知れば、あの子にも危険が及ぶかもしれませんしね」
公爵はそう言うと、悲しげなため息をついた。
この食えない公爵は、娘に対しては心の底からの愛情を持っているらしい。彼にも人間らしさがあるのだと思うと、安堵の気持ちが心に広がった。一切腹が読めない人物と一緒に過ごすのは、さすがにつらい。
「二人きりの時以外は、私は貴方を『息子』として扱いますので。その無礼をお許しください」
「……無礼もなにも。僕は平民のようなものですので」
いきなり貴族すら飛ばして王族だと言われても、実感なんてものは湧かない。
「いいえ、貴方は王弟殿下の血を引く尊いお方です。それは努々忘れませぬように」
公爵は真剣な表情で、僕を見つめながらそう言った。
……僕にとっては『王家の血』なんてものは面倒の元でしかない。
そう思いつつも、僕は素直に頷いた。『王弟』の息子だから、面倒事はあるにしても安定した生活を保障してもらえるのだ。
父が亡くなってからは一年。母が亡くなってからはまだ一ヶ月。
二人の死の悲しみから立ち直ってもいないのに、僕の環境は大きく変わろうとしている。
急激な変化が続きすぎて、心がまったくそれに追いつかない。
……僕はルンドグレーン王国で上手くやっていけるのだろうか。
馬車に乗せられ、一ヶ月半ほどをかけて国境を二つ越える。本来なら二ヶ月以上かかる旅程らしいけれど、馬をこまめに取り替え続けての贅沢な、そして急ぎでの道行きなのだそうだ。こんなに長く国を離れて大丈夫なのかと訊ねると、「優秀な代理をちゃんと置いておりますので」と公爵はおっとりとした笑みを浮かべながら言った。この腹黒が信用しているのなら、それはかなりの優秀な人物なのだろう。
僕の住んでいた街は、それほど大きな街ではなかった。
だからルンドグレーン王国の王都に着いた時には……本当に驚いた。
立派な建物が密集しており、人は多く怖いくらいに活気がある。人々の服装はなんだかお洒落で、大通りの屋台に出ている食べ物は見たことがないものばかりだ。
物珍しいそれらを馬車の窓からこっそり眺めていると、公爵になんだか面白がるような表情で観察されていることに気づいた。
「……なんですか?」
「いや、賢く大人びた方だと思っていましたが。子供らしいところもあるのだなと」
それはそうだろう、子供なんだから。
少しむっとしながら窓から目を背けるとくすりと小さく笑われ、僕はさらに不機嫌になった。
ナイジェルはこんな経緯でお家にやってきたのです。




